第四十一話 宿場町ローゼン
魔物の群れを退けたその日の夕方。
一行は街道最大級の宿場町、ローゼンへ到着した。
辺境とは比べものにならないほど大きな町だった。
石畳の大通り。
三階建ての宿屋。
左右に並ぶ露店。
行き交う荷馬車。
商人。
傭兵。
冒険者。
旅人。
様々な人々が忙しなく行き交っている。
「……すご。」
カイゼルは思わず立ち止まった。
「人、多っ!」
ルセリも辺りを見回して目を輝かせる。
「これ全部宿場町?」
「そうですよ。」
エルネストが微笑む。
「王都へ向かう者も、王都から帰る者も必ずと言っていいほど立ち寄ります。」
「王国有数の交通の要所です。」
グラムは興味もなさそうに宿を指差した。
「荷物置いてこい。」
◇
宿へ荷物を預ける。
ガレスが全員を集めた。
「二時間自由行動。」
「日没までには戻れ。」
「了解!」
ルセリが真っ先に立ち上がる。
「行こ!」
「どこへ?」
「市場!」
「休憩じゃないのか?」
「市場を見るのが休憩なの!」
意味はよく分からなかった。
◇
二人は町を歩く。
辺境では見たこともない店ばかりだった。
教国の銀細工。
南方の香辛料。
帝国製の工具。
東方皇国の茶器。
「世界中の物が集まってるみたいだな。」
「だから宿場町は面白いのよ。」
ルセリは店先のアクセサリーへ一直線だった。
「かわいい!」
「見てこれ!」
「これも!」
「これも!」
カイゼルは横から覗き込む。
「全部同じじゃないか?」
ルセリが固まる。
ゆっくり振り向く。
「……最低。」
「え?」
「全然違うから。」
「どこが?」
「全部。」
「分からん。」
「分からなくていい。」
「なんでだよ。」
「男だから。」
「理不尽だ。」
ルセリは笑いながら店を後にした。
◇
そのまま武器屋へ入る。
壁一面に剣が並んでいる。
カイゼルは自然と一本を手に取った。
何度か軽く振る。
店主が声を掛ける。
「兄ちゃん。」
「鍛冶師か?」
「違います。」
「剣士です。」
「そうか。」
店主は笑う。
「なら遠慮なく見てくれ。」
カイゼルはさらに数本を握る。
重心。
重さ。
刃の反り。
柄の握り。
一本一本確かめていく。
「この剣。」
「少し重心が前ですね。」
店主が頷く。
「そうだ。」
「叩き斬る用だ。」
「あと。」
カイゼルは刃を光へ向けた。
「焼き入れが左右で少し違います。」
「右側の方が硬い。」
店主の笑顔が止まった。
「……分かるのか?」
「何となく。」
「あと柄も。」
「少しだけ軸がずれてます。」
店主はしばらく黙っていた。
やがて苦笑する。
「兄ちゃん。」
「何者だ?」
カイゼルも苦笑した。
「辺境です。」
店主は豪快に笑った。
「辺境は怖ぇな!」
「そんな若造がそこまで見るとは!」
ルセリが横で笑う。
「この人、変なところだけ細かいの。」
「変って何だ。」
「褒めてる。」
「絶対違う。」
◇
武器屋を出ると、大きな建物が目に入った。
剣と盾の看板。
中から大勢の笑い声が聞こえてくる。
「何だあれ?」
カイゼルが尋ねる。
「冒険者ギルド。」
ルセリが答えた。
「辺境にはなかったでしょ。」
「へぇ。」
興味本位で中へ入る。
酒を飲む者。
依頼を眺める者。
受付で話す者。
活気に満ちていた。
壁には依頼書がぎっしり貼られている。
魔物討伐。
護衛依頼。
薬草採取。
遺跡調査。
カイゼルは受付嬢へ聞いた。
「騎士と何が違うんですか?」
受付嬢は慣れた様子で答える。
「騎士は国を守る人。」
「冒険者は依頼を受ける人です。」
「所属も違います。」
「なるほど。」
カイゼルは感心した。
「面白そう。」
「登録する?」
ルセリが笑う。
「いや。」
「怒られる。」
「間違いなく。」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
その頃。
グラムは酒場にいた。
「爺さん!」
「飲み比べしねぇか!」
大男たちが笑う。
「いいぞ。」
十分後。
全員床で眠っていた。
グラムだけが静かに酒を飲んでいる。
酒場の主人が呟く。
「……また樽一本空いた。」
◇
一方。
エルネストは古書店を訪れていた。
静かな店内。
埃を被った古い魔導書。
一冊ずつ丁寧に目を通していく。
その時。
棚の奥。
革表紙の古い本が目に留まる。
題名は削れて読めない。
開く。
古代帝国文字。
エルネストはゆっくり読み始めた。
『魔力とは世界の理を借りる力。』
次の頁。
『闘気とは己の魂を極める力。』
さらに頁をめくる。
最後の一文だけが残されていた。
『二つの理を一つと成す者あり。』
老人の目が細くなる。
「……やはり。」
静かに本を閉じる。
何も言わず、その本を購入した。
◇
夕方。
宿へ戻る途中。
広場では大道芸人が芸を披露していた。
火を吹き。
玉を操り。
最後は初級魔法で小さな火の鳥を作り出す。
子供たちが歓声を上げる。
「すごーい!」
ルセリも一緒になって拍手していた。
「こういうの好き。」
「平和だな。」
カイゼルが笑う。
「だから旅って好きなの。」
ルセリも笑った。
◇
夜。
宿の食堂。
四人で夕食を囲む。
ふと。
ルセリが呟く。
「静かね。」
カイゼルも周囲を見回す。
「確かに。」
「レオンがいたら今頃うるさい。」
「絶対『俺ならもっと派手に倒せた!』とか言ってるわ。」
二人は吹き出した。
「フィアは?」
「『勇者様、少し静かにしてください』って困ってる。」
「それで結局レオンは聞かない。」
「いつもの流れね。」
少しだけ。
寂しかった。
カイゼルは窓の外を見る。
「また会えるかな。」
ルセリは迷わず頷く。
「会えるわよ。」
「だって。」
「私たち、同じ時代を生きてるんだから。」
カイゼルは静かに笑った。
「そうだな。」
宿場町の夜は賑やかだった。
旅人たちの笑い声。
酒場の音楽。
馬車の音。
そのどれもが、辺境では聞いたことのない音だった。
王都まで。
あと六日。
旅はまだ続く。




