第四十話 冬の街道
冬の訪れは早かった。
辺境の山々は薄く雪化粧をまとい、吐く息は白い。
まだ本格的な積雪ではない。
それでも朝の冷え込みは厳しく、街道には霜が降りていた。
辺境伯城の正門。
遠征隊二十騎が静かに並ぶ。
先頭にはグラム。
エルネスト。
騎士団長ガレス。
そしてカイゼルとルセリ。
「行ってきます!」
アルトゥスは静かに頷いた。
「王都へ向かう道も王国の一部だ。」
「辺境騎士として恥じぬ働きをしてこい。」
「はい!!」
号令と共に一行は馬を進める。
冷たい冬風が頬を撫でた。
◇
旅は順調だった。
街道には旅人が行き交い、荷馬車が列をなし、各地の商人たちが王都を目指している。
辺境では見かけない品も多い。
南方の果物。
教国のワイン。
帝国製の工具。
「面白いな。」
カイゼルは荷馬車を眺めながら呟く。
「世界って広い。」
エルネストが微笑んだ。
「まだ入口ですよ。」
「王都へ着けばもっと驚きます。」
ルセリは露店で売られている焼き菓子を見つめていた。
「寄りたい。」
「寄れ。」
「やった。」
グラムが即答すると、ルセリは一瞬固まる。
「……え?」
「一個だけだ。」
「師匠が優しい。」
「勘違いするな。」
「俺も食う。」
「ですよね。」
◇
昼を少し過ぎた頃だった。
山間部へ入った街道。
突然。
風に悲鳴が乗った。
「助けてくれぇぇ!!」
「魔物だ!」
「護衛が押されてる!」
ガレスが手を上げる。
「停止!」
前方には大型商隊。
十台以上の荷馬車。
護衛騎士たちが必死に応戦していた。
だが。
数が違う。
森の中から次々と現れる。
ゴブリン。
コボルト。
牙狼。
さらに。
オークまで混じっていた。
ざっと百体近い。
「こんな数……!」
騎士が息を呑む。
グラムは腕を組んだ。
「坊主。」
「はい。」
「ルセリ。」
「はい。」
「全部お前らでやれ。」
二人は同時に振り返る。
「え?」
「修行だ。」
「いや多くない?」
「多いな。」
「ですよね!」
「だから修行になる。」
反論は却下だった。
グラムは笑う。
「死ぬなよ。」
「軽っ!」
◇
ルセリが先に動いた。
「行く!」
闘気が全身を包む。
「闘技――神速。」
ドンッ!!
雪煙だけが残る。
姿が消えた。
ゴブリンの群れへ飛び込む。
キィン!
キィン!
キィィン!
銀色の閃光が縦横無尽に駆け抜ける。
一匹。
二匹。
十匹。
二十匹。
魔物たちは何が起きたかも分からないまま倒れていく。
護衛騎士が目を見開いた。
「速すぎる……!」
◇
「こっちは任せろ!」
カイゼルも剣を抜く。
風が集まる。
「魔剣技――断空閃!」
ヒュンッ!!
三日月状の風の刃が一直線に飛ぶ。
牙狼五頭。
コボルト四体。
そのまま後方のゴブリンまでまとめて切り裂いた。
「まだまだ!」
続いてオークの群れ。
数十体が一斉に突撃してくる。
カイゼルは剣を地面へ突き立てた。
「魔剣技――鋼牙!」
ゴゴゴゴゴ!!
街道が震える。
次の瞬間。
無数の鋼鉄の棘が地面を突き破った。
ズドッ!
ズドドドドッ!!
鋼の牙が次々と突き上がる。
オークたちは避ける暇もなく串刺しになった。
護衛騎士たちから歓声が上がる。
「すげぇ!」
「地面が……!」
「鉄になった!」
◇
しかし。
森の奥から咆哮が響く。
ドォォォン!!
巨大なオーガだった。
身長は三メートル近い。
手には大木をそのまま棍棒代わりに持っている。
「グオォォォ!!」
棍棒が振り下ろされる。
地面が砕けた。
「硬そうね。」
ルセリが着地する。
「斬れる?」
「やってみる。」
「私が隙を作る。」
「頼む。」
◇
ルセリが消える。
「闘技――神速!」
オーガの周囲を高速で駆け回る。
右。
左。
背後。
視界が乱される。
オーガは怒り狂って棍棒を振り回す。
しかし。
当たらない。
「こっちよ!」
「遅い遅い!」
「こっち!」
完全に翻弄されていた。
「今!」
ルセリが叫ぶ。
カイゼルが踏み込む。
炎が剣を包む。
「魔剣技――紅蓮斬!!」
轟ッ!!
灼熱の斬撃が一直線に飛ぶ。
オーガの胸へ直撃。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
ドォォォォン!!
爆炎が雪原を赤く染め上げた。
熱風が吹き荒れる。
巨大な身体がゆっくり崩れ落ちた。
沈黙。
そして。
残っていた魔物たちは一斉に森へ逃げ出した。
◇
戦いは終わった。
商人たちはその場へ座り込み、大きく息を吐く。
年配の隊商長が震える手で頭を下げた。
「ありがとうございました……。」
「本当に助かりました。」
「王都騎士団の方々ですか?」
カイゼルは苦笑する。
「違います。」
「東方辺境伯領です。」
その言葉に商人たちは顔を見合わせる。
「辺境……。」
「辺境の若者が、これほどとは……。」
ルセリは照れくさそうに笑う。
「まだ見習いです。」
「十分化け物だよ……。」
誰かが思わず漏らした。
グラムは戦場を一瞥し、鼻を鳴らす。
「及第点だ。」
カイゼルは肩を落とす。
「百体倒して及第点ですか。」
「雑魚だからな。」
「基準おかしいですよ。」
エルネストは静かに倒れた魔物を見つめる。
「……やはり。」
「以前より明らかに数が増えています。」
ガレスも頷く。
「王都が救援を求める理由が分かってきたな。」
商隊は再び荷馬車を整え、街道を進み始める。
その列の最後尾から、小さな男の子がカイゼルたちへ向かって大きく手を振った。
「お兄ちゃん!」
「ありがとう!」
カイゼルも笑って手を振り返す。
その様子を見たルセリが肘で小突いた。
「ほら。」
「英雄っぽい。」
「やめろ。」
「照れてる。」
「照れてない。」
冬空の下。
二人の笑い声は、白い息とともに街道へ静かに溶けていった。




