第四話 優先順位
時計は十五時を少し回ったところだった。
直哉はパソコンを閉じた。
帰る。
そう決めた。
理由はある。
だが言わない。
プライベートだからだ。
社長にだって人権はある。
たぶん。
「社長」
後ろから声が飛ぶ。
振り向く。
嫌な予感しかしない。
「どこ行くんです?」
やっぱり来た。
「帰る」
「まだ十五時です」
「そうだな」
「そうだなじゃないです」
直哉はジャケットを羽織る。
気にしない。
気付かなかったことにする。
だが社員も慣れていた。
「またですか」
「まただ」
「最低ですね」
「知ってる」
「社長」
「なんだ」
「見積は?」
「明日の俺が頑張る」
「昨日も聞きました」
「昨日の俺は頑張らなかった」
事務所に笑いが起きる。
「社長」
「なんだ」
「本当に帰るんですか?」
「帰る」
「大事な用事ですか?」
直哉は少し考えた。
そして答える。
「大事だ」
嘘ではない。
たぶん。
「客先ですか?」
「違う」
「展示会?」
「違う」
「採用面接?」
「違う」
「じゃあ何です?」
直哉は無言でドアへ向かう。
「プライベートだ」
「怪しい」
「怪しいですね」
「怪しいな」
好き勝手言われている。
社長なのに。
直哉は振り返る。
「お前ら暇なのか」
「社長ほどじゃないです」
一瞬で返ってきた。
直哉は笑う。
社員たちも笑う。
そんな会社だった。
社長はサボる。
社員は遠慮なくいじる。
だが誰も辞めない。
不思議な会社だった。
「じゃあお先」
「お疲れ様です」
「明日ちゃんと来てくださいね」
「善処する」
「来ないな」
「来ないですね」
笑い声を背中に受けながら、
直哉は会社を出た。
十五時二十三分。
空はまだ明るい。
平日の午後。
世の中のサラリーマンは働いている時間だ。
だが知ったことではない。
今日は早く帰る。
それだけだった。




