第三話 名前のない感情
美咲と出会ったのは一年ほど前だった。
きっかけは覚えていない。
経営者の集まりだったか。
知人の紹介だったか。
その程度のものだ。
直哉は昔から女に困ったことがなかった。
別に自慢ではない。
事実だった。
食事に行く。
酒を飲む。
仲良くなる。
気が合えばそのままホテルへ行く。
珍しいことではなかった。
付き合うこともある。
別れることもある。
引きずることは少ない。
それが村上直哉という男だった。
友人からはよく言われた。
「お前、本当に人を好きになったことあるのか?」
その度に適当に笑って誤魔化した。
正直、自分でも分からなかった。
だが美咲は違った。
最初から違った。
何度も二人で飲んだ。
終電を逃したこともある。
夜中まで話したこともある。
それでも何もなかった。
誘わなかった。
誘う気になれなかった。
自分でも理由は分からない。
いつもならもっと早かった。
ずっと早かった。
だが美咲だけは違った。
不思議だった。
手を出してしまったら、
何かが終わる気がした。
だから何もしなかった。
そんなことは初めてだった。
美咲はそんな直哉を知らない。
いつも通り笑う。
いつも通り馬鹿にする。
いつも通り遠慮がない。
だがそれが心地良かった。
会社の話をしても、
「また仕事の話?」
で終わる。
賞を取った話をしても、
「へぇ」
で終わる。
テレビに出た話をしても、
「それで?」
で終わる。
普通なら腹が立つ。
だが美咲だと不思議と嬉しかった。
会社ではなく。
肩書きではなく。
金でもなく。
ただの村上直哉として扱われている気がした。
だからその日も会う約束をした。
特別な理由はない。
美咲が暇だと言った。
直哉も時間を作った。
それだけだった。
本当に、
それだけのはずだった。




