第三十八話 閃光の剣姫
三年の修行。
成長したのはカイゼルだけではなかった。
辺境騎士団長の娘。
ルセリもまた、誰もが認める実力者へと成長していた。
その実力を知る者は口を揃える。
「辺境最速。」
速さだけなら。
若手騎士の中で彼女に勝てる者はいない。
◇
ある日の午後。
合同訓練を終えたカイゼルは、木陰で休憩していた。
「疲れた……。」
芝生へ寝転ぶ。
空は青い。
平和だった。
その横ではルセリが静かにレイピアを磨いている。
細く。
美しく。
無駄のない剣。
カイゼルは何となく聞いた。
「そういえばさ。」
「ん?」
「お前の本気って見たことないな。」
ルセリの手が止まる。
「そうだった?」
「だっていつも俺ばっか鍛えられてるし。」
「確かに。」
ルセリは少し笑った。
「見たい?」
「見たい。」
グラムが腕を組んだまま近付いてくる。
「ちょうどいい。」
「坊主。」
「見て覚えろ。」
エルネストも静かに頷く。
「良い教材になります。」
◇
ルセリは訓練場の中央へ歩く。
静かに目を閉じる。
腰には一本のレイピア。
長剣ではない。
大剣でもない。
細身の突剣。
騎士の中でも使い手は少ない武器だった。
「行くよ。」
その一言だけ。
次の瞬間だった。
消えた。
「……え?」
カイゼルが目を見開く。
見失った。
いや。
速すぎて目で追えない。
キィン。
キィン。
キィン。
鋼の音だけが訓練場へ響く。
一秒。
いや。
それより短い。
ルセリは元の場所へ戻っていた。
何事もなかったように。
カイゼルは前を見る。
十本並べられていた木製の標的。
その全てが。
細かく切り刻まれながら崩れ落ちた。
「……速っ。」
思わず声が漏れる。
ルセリは少し照れくさそうに笑った。
「まだ準備運動。」
◇
「次。」
レイピアへ黄金色の闘気が集まる。
細い剣だからこそ。
闘気は一本の槍のように鋭く圧縮されていく。
ルセリは静かに構えた。
「闘技――迅雷突き。」
ドンッ!!
音より速く。
レイピアが突き出される。
闘気が一直線に放たれた。
百メートル先。
巨大な岩。
小さな穴が開く。
それだけ。
そう思った次の瞬間。
ズドォォォン!!
岩全体が内側から砕け散った。
破片が雨のように降り注ぐ。
カイゼルは口を開けたままだった。
「……今の何。」
エルネストが静かに説明する。
「放出した闘気を一点へ極限まで圧縮した技です。」
「命中した後。」
「内部で闘気が炸裂します。」
「防御を貫くことに特化しています。」
グラムが笑う。
「鎧殺しだ。」
◇
ルセリはまだ止まらない。
「もう一つ。」
深く息を吸う。
黄金色の闘気が全身へ巡る。
足。
腰。
腕。
全身が淡く輝く。
「闘技――神速。」
バンッ!!
地面が弾けた。
ルセリの姿が消える。
いや。
訓練場全体を駆け回っていた。
風だけが遅れて吹く。
木の葉が舞う。
カイゼルは必死に目で追う。
追えない。
完全に見失う。
一周。
二周。
三周。
止まった。
ルセリは最初に立っていた場所へ戻っていた。
息一つ乱れていない。
「速すぎる……。」
カイゼルは思わず苦笑した。
グラムだけは楽しそうだった。
「辺境じゃ誰も追えねぇ。」
◇
ルセリは最後にレイピアを静かに構える。
その表情が変わった。
笑顔が消える。
騎士の顔だった。
「これが。」
「今、一番得意な技。」
闘気が細い一本の線となり、レイピアの切っ先へ集まっていく。
周囲の空気が張り詰める。
「闘技――」
「閃華。」
キィィィィン……
澄んだ音だけが響く。
何も起きない。
そう見えた。
一拍遅れて。
ズズズ……
訓練場に並んでいた標的。
その後ろの木。
さらに後方の巨大な岩。
一直線に並んでいた全てが。
音もなく。
真っ二つになった。
切断面は鏡のように滑らかだった。
風が吹く。
静寂。
誰も喋らない。
カイゼルはゆっくりルセリを見る。
「お前。」
「めちゃくちゃ強いじゃん。」
ルセリは照れ隠しに鼻を鳴らす。
「当たり前でしょ。」
「三年間。」
「私だって遊んでたわけじゃないんだから。」
◇
グラムが腕を組んだ。
「坊主。」
「はい。」
「お前とは真逆だ。」
「ルセリは速さを極める剣。」
「一撃の威力じゃねぇ。」
「斬られる前に終わる。」
エルネストも続ける。
「戦場で最も恐ろしいのは。」
「速い剣です。」
「強い相手ほど。」
「反応する前に終わる。」
カイゼルは素直に頷いた。
「なるほど。」
「だからいつも俺より先に当てるのか。」
ルセリは得意げに笑う。
「気付くの遅い。」
「昔からそうよ。」
◇
帰り道。
夕焼けの街道を二人で歩く。
カイゼルがぽつりと呟く。
「今度勝負するか。」
ルセリは笑った。
「いいわよ。」
「ただし。」
「泣いても知らないから。」
カイゼルも笑う。
「それ。」
「俺の台詞だ。」
二人は顔を見合わせる。
そして。
どちらからともなく笑い出した。
夕陽に照らされた二つの影が。
静かな辺境の道を並んで歩いていく。
その姿はまるで。
幼い頃から変わらない、最高のライバルだった。




