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第三十八話 閃光の剣姫

三年の修行。


成長したのはカイゼルだけではなかった。


辺境騎士団長の娘。


ルセリもまた、誰もが認める実力者へと成長していた。


その実力を知る者は口を揃える。


「辺境最速。」


速さだけなら。


若手騎士の中で彼女に勝てる者はいない。



ある日の午後。


合同訓練を終えたカイゼルは、木陰で休憩していた。


「疲れた……。」


芝生へ寝転ぶ。


空は青い。


平和だった。


その横ではルセリが静かにレイピアを磨いている。


細く。


美しく。


無駄のない剣。


カイゼルは何となく聞いた。


「そういえばさ。」


「ん?」


「お前の本気って見たことないな。」


ルセリの手が止まる。


「そうだった?」


「だっていつも俺ばっか鍛えられてるし。」


「確かに。」


ルセリは少し笑った。


「見たい?」


「見たい。」


グラムが腕を組んだまま近付いてくる。


「ちょうどいい。」


「坊主。」


「見て覚えろ。」


エルネストも静かに頷く。


「良い教材になります。」



ルセリは訓練場の中央へ歩く。


静かに目を閉じる。


腰には一本のレイピア。


長剣ではない。


大剣でもない。


細身の突剣。


騎士の中でも使い手は少ない武器だった。


「行くよ。」


その一言だけ。


次の瞬間だった。


消えた。


「……え?」


カイゼルが目を見開く。


見失った。


いや。


速すぎて目で追えない。


キィン。


キィン。


キィン。


鋼の音だけが訓練場へ響く。


一秒。


いや。


それより短い。


ルセリは元の場所へ戻っていた。


何事もなかったように。


カイゼルは前を見る。


十本並べられていた木製の標的。


その全てが。


細かく切り刻まれながら崩れ落ちた。


「……速っ。」


思わず声が漏れる。


ルセリは少し照れくさそうに笑った。


「まだ準備運動。」



「次。」


レイピアへ黄金色の闘気が集まる。


細い剣だからこそ。


闘気は一本の槍のように鋭く圧縮されていく。


ルセリは静かに構えた。


「闘技――迅雷突き。」


ドンッ!!


音より速く。


レイピアが突き出される。


闘気が一直線に放たれた。


百メートル先。


巨大な岩。


小さな穴が開く。


それだけ。


そう思った次の瞬間。


ズドォォォン!!


岩全体が内側から砕け散った。


破片が雨のように降り注ぐ。


カイゼルは口を開けたままだった。


「……今の何。」


エルネストが静かに説明する。


「放出した闘気を一点へ極限まで圧縮した技です。」


「命中した後。」


「内部で闘気が炸裂します。」


「防御を貫くことに特化しています。」


グラムが笑う。


「鎧殺しだ。」



ルセリはまだ止まらない。


「もう一つ。」


深く息を吸う。


黄金色の闘気が全身へ巡る。


足。


腰。


腕。


全身が淡く輝く。


「闘技――神速。」


バンッ!!


地面が弾けた。


ルセリの姿が消える。


いや。


訓練場全体を駆け回っていた。


風だけが遅れて吹く。


木の葉が舞う。


カイゼルは必死に目で追う。


追えない。


完全に見失う。


一周。


二周。


三周。


止まった。


ルセリは最初に立っていた場所へ戻っていた。


息一つ乱れていない。


「速すぎる……。」


カイゼルは思わず苦笑した。


グラムだけは楽しそうだった。


「辺境じゃ誰も追えねぇ。」



ルセリは最後にレイピアを静かに構える。


その表情が変わった。


笑顔が消える。


騎士の顔だった。


「これが。」


「今、一番得意な技。」


闘気が細い一本の線となり、レイピアの切っ先へ集まっていく。


周囲の空気が張り詰める。


「闘技――」


「閃華。」


キィィィィン……


澄んだ音だけが響く。


何も起きない。


そう見えた。


一拍遅れて。


ズズズ……


訓練場に並んでいた標的。


その後ろの木。


さらに後方の巨大な岩。


一直線に並んでいた全てが。


音もなく。


真っ二つになった。


切断面は鏡のように滑らかだった。


風が吹く。


静寂。


誰も喋らない。


カイゼルはゆっくりルセリを見る。


「お前。」


「めちゃくちゃ強いじゃん。」


ルセリは照れ隠しに鼻を鳴らす。


「当たり前でしょ。」


「三年間。」


「私だって遊んでたわけじゃないんだから。」



グラムが腕を組んだ。


「坊主。」


「はい。」


「お前とは真逆だ。」


「ルセリは速さを極める剣。」


「一撃の威力じゃねぇ。」


「斬られる前に終わる。」


エルネストも続ける。


「戦場で最も恐ろしいのは。」


「速い剣です。」


「強い相手ほど。」


「反応する前に終わる。」


カイゼルは素直に頷いた。


「なるほど。」


「だからいつも俺より先に当てるのか。」


ルセリは得意げに笑う。


「気付くの遅い。」


「昔からそうよ。」



帰り道。


夕焼けの街道を二人で歩く。


カイゼルがぽつりと呟く。


「今度勝負するか。」


ルセリは笑った。


「いいわよ。」


「ただし。」


「泣いても知らないから。」


カイゼルも笑う。


「それ。」


「俺の台詞だ。」


二人は顔を見合わせる。


そして。


どちらからともなく笑い出した。


夕陽に照らされた二つの影が。


静かな辺境の道を並んで歩いていく。


その姿はまるで。


幼い頃から変わらない、最高のライバルだった。

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