第三十七話 三年の成果
三年の歳月が流れた。
十八歳となったカイゼルは、少年の面影を残しながらも、立派な青年へと成長していた。
身長はグラムに迫るほど伸び、鍛え抜かれた身体には無駄な肉が一切ない。
黒髪は少し長くなり、鋭い眼差しには以前のような幼さは残っていなかった。
それでも。
口を開けば相変わらずだった。
「師匠、今日は休みにしません?」
「却下だ。」
「まだ理由も言ってません。」
「聞くまでもない。」
「理不尽だ……。」
ルセリは少し離れた場所で木剣を振りながら笑う。
「毎日同じこと言ってるわね。」
「諦めが悪いだけだ。」
グラムは鼻を鳴らした。
「そのくらいでちょうどいい。」
◇
合同訓練が始まって三年。
闘気と魔力。
本来なら決して交わらない二つの力を、カイゼルは少しずつ制御できるようになっていた。
最初に完成したのは風。
今では五つの基本属性すべてで魔剣技を扱える。
訓練場の中央。
エルネストが木札を五枚並べた。
「見せてください。」
「はい。」
カイゼルは静かに剣を抜く。
まずは風。
「魔剣技――断空閃。」
剣が振り抜かれる。
ヒュン――
三日月状の風の斬撃が空を裂いた。
目にも止まらぬ速度で飛翔し、五十メートル先の木札を真っ二つに切り裂く。
切断面は驚くほど滑らかだった。
「断空閃。」
エルネストが静かに説明する。
「闘気を纏わせた風の刃を飛ばす、遠距離型魔剣技。」
「速度、射程、消費魔力の均衡が最も優れています。」
「現在の君の基本となる技ですね。」
グラムも頷く。
「迷ったらそれを振れ。」
「一番信用できる。」
カイゼルも笑った。
「俺も一番好きです。」
◇
続いて火。
剣へ赤い魔力が集まる。
「魔剣技――紅蓮斬。」
剣が振り抜かれる。
轟ッ!!
燃え盛る炎の斬撃が一直線に飛翔する。
木札へ命中した瞬間。
爆炎が弾けた。
熱風が訓練場を吹き抜ける。
木札は跡形もなく燃え尽きていた。
「紅蓮斬。」
エルネストが頷く。
「炎を極限まで圧縮し、闘気で安定させた一撃です。」
「命中後は斬撃だけでなく爆炎による追撃も発生します。」
「五属性の中では最高火力。」
「ですが。」
老人は苦笑する。
「魔力消費も最高です。」
「考えて使いなさい。」
「はい。」
◇
次は水。
いや。
氷だった。
剣身が白く染まる。
空気が一気に冷え込む。
「魔剣技――氷月。」
一閃。
淡い蒼色の三日月が静かに飛ぶ。
音はほとんどない。
次の瞬間。
木札は真っ二つになり、そのまま凍り付いた。
切断面から霜が広がっていく。
「斬るだけではありません。」
エルネストが静かに言う。
「命中した対象を瞬時に凍結させます。」
「大型の敵や動きの速い相手への拘束にも有効です。」
ルセリは初めて見た時を思い出し、小さく肩をすくめた。
「……性格悪い技よね。」
「便利だろ?」
「便利だけど。」
「やっぱり性格悪い。」
◇
四つ目。
土。
カイゼルは剣を地面へ突き立てる。
「魔剣技――鋼牙。」
ゴゴゴゴゴ……
大地が震えた。
直後。
敵が立っているはずの場所一帯から、無数の鋼鉄の棘が一斉に突き上がる。
一本ではない。
十本でもない。
数え切れないほどの鋼の牙が大地を食い破る。
まるで巨大な鉄の森だった。
「土属性を応用した魔剣技です。」
エルネストが棘を見上げる。
「大地へ魔力と闘気を流し込み、地中の鉄鉱石や金属成分を鋼へ変換しています。」
「攻撃だけではありません。」
「防壁。」
「足止め。」
「敵集団の分断。」
「応用範囲は極めて広い。」
グラムが笑う。
「戦争向きだ。」
カイゼルは少し複雑そうな顔をした。
◇
最後。
雷。
剣へ青白い雷光が走る。
バチッ。
空気が震えた。
「魔剣技――瞬雷剣。」
ドンッ!!
姿が消えた。
いや。
速すぎて見えなかった。
次の瞬間。
カイゼルは三十メートル先に立っていた。
その間に並んでいた木札は。
全てが斜めに切り裂かれていた。
一拍遅れて。
バチバチバチッ!!
雷鳴が響く。
「瞬雷剣。」
エルネストが静かに息を吐く。
「雷属性によって身体能力を瞬間的に極限まで高める高速魔剣技。」
「速度だけなら五属性中最速。」
「ですが。」
老人は真顔になる。
「身体への負担も最大です。」
「連発は厳禁。」
「はい。」
カイゼルも素直に頷いた。
実際、使うたびに脚へ鈍い痛みが残る。
まだ完成した技ではなかった。
◇
五本の木札。
全てが破壊された。
訓練場は静まり返る。
エルネストはゆっくりと眼鏡を外した。
「五属性全ての魔剣技。」
「恐らく世界でも君だけでしょう。」
カイゼルは少し照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます。」
だが。
グラムだけは腕を組んだままだった。
「まだだ。」
カイゼルが首を傾げる。
「え?」
「完成じゃねぇ。」
「全部覚えましたよ?」
「基礎をな。」
カイゼルは目を丸くする。
「……基礎?」
エルネストも静かに頷いた。
「単属性は、あくまで入口です。」
「本当の魔剣技は、その先にあります。」
「二つの属性。」
「それを同時に扱えるようになった時。」
「初めて魔剣技は完成すると私は考えています。」
カイゼルはしばらく黙っていた。
やがて。
ゆっくり笑う。
「……面白くなってきた。」
グラムも笑う。
「その顔だ。」
「その面倒くせぇ顔になると思った。」
ルセリは呆れたようにため息をつく。
「また寝る時間なくなるわね。」
夕暮れの訓練場。
五つの魔剣技は完成した。
だが。
それは終着点ではない。
まだ始まりに過ぎなかった。
世界初の複合魔剣技。
その扉は、静かに開こうとしていた。




