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第三十三話 凱旋の宴

辺境へ帰還した頃には、夕陽が山々を赤く染めていた。


城門の前には、大勢の領民が集まっている。


老人も。


子供も。


商人も。


皆、不安そうな顔で騎士団の帰りを待っていた。


やがて城門の向こうに旗が見える。


「帰ってきた!」


誰かが叫んだ。


歓声が一気に広がる。


「騎士団だ!」


「辺境伯様だ!」


「グラム様!」


「エルネスト様もご無事だ!」


歓声の中を騎士団がゆっくりと進んでいく。


だが。


誰もが笑っているわけではなかった。


担架には負傷兵が横たわり、荷車には白布を掛けられた騎士たちが静かに眠っている。


完全な勝利ではない。


失われた命は、決して戻らない。


それでも。


魔物の大群を退け、領地を守り抜いたことに変わりはなかった。


「カイゼル様だ!」


子供の一人が叫ぶ。


「あの魔人族に傷を付けた人!」


その声に周囲の視線が集まる。


騎士団の中では、すでに噂になっていた。


魔人族へ初めて深手を負わせた少年。


カイゼルは頭を掻きながら苦笑する。


「いや、たまたまだって。」


「たまたまであんなことできるか!」


近くの騎士が思わず笑った。


その空気に、ようやく緊張が少しだけ解ける。



日が沈む頃。


城の中庭へ全騎士団が集められた。


祝宴の前に。


亡くなった者たちを送るためだった。


アルトゥス辺境伯が静かに前へ立つ。


騎士の名が一人ずつ読み上げられていく。


共に笑い。


共に鍛え。


共に戦った仲間たち。


名前が読み上げられる度に、静かな返事だけが風へ消えていく。


アルトゥスは杯を掲げた。


「彼らの犠牲が、我々を生かした。」


「彼らが守った命を、我々は未来へ繋がねばならない。」


「勇敢なる騎士たちへ。」


全員が静かに杯を掲げる。


誰も喋らない。


ただ風だけが吹いていた。



そして。


重苦しい空気を吹き飛ばすように、大広間の扉が開かれた。


巨大な猪の丸焼き。


焼きたてのパン。


香草の効いたスープ。


果物。


樽いっぱいの酒。


楽団が陽気な音楽を奏ではじめる。


アルトゥスが高らかに杯を掲げた。


「乾杯!!」


「乾杯!!」


大広間が一気に賑やかになる。


さっきまで戦場にいたとは思えないほどの笑顔だった。


辺境では。


笑える時に笑う。


生きている今を喜ぶ。


それが当たり前だった。


グラムは早速酒樽を抱えて豪快に笑っている。


「今日は飲むぞ!」


「毎日飲んでるでしょう。」


エルネストが呆れたようにワインを口へ運ぶ。


「今日は理由がある。」


「昨日も一昨日も理由がありましたよ。」


「細かい。」



少し離れた席では、四人が同じ卓を囲んでいた。


カイゼル。


ルセリ。


レオンハルト。


フィア。


「聞いたぞカイゼル!」


レオンハルトが勢いよく立ち上がる。


「魔人族に傷を付けたんだってな!」


「俺とも勝負しろ!」


「いや今それどころじゃない。」


カイゼルが苦笑する。


ルセリが呆れたようにため息を吐いた。


「空気読みなさいよ。」


「空気?」


レオンハルトが首を傾げる。


「空気って何だ?」


三人が同時に固まった。


「……そこから?」


「勇者ってそういうものなの?」


「いや違うだろ。」


レオンハルトは真顔だった。


「戦いの後は勝負だろ!」


「その前に飯だ。」


「それもそうだ!」


そう言うと豪快に骨付き肉へかぶりつく。


「うまい!」


「やっぱり戦いの後の飯は最高だ!」


「戦ってなくても言うでしょ。」


「もちろん!」


「胸張るな!」


ルセリが即座に突っ込む。


フィアは静かにスープを飲んでいた。


レオンハルトが突然そちらを向く。


「フィア!」


「もっと食べろ!」


「強くなるには肉だ!」


フィアは小さく首を傾げる。


「……そんな理屈、初めて聞きました。」


「本当だ!」


「嘘よ。」


ルセリが即答する。


「勇者が言うんだから本当だ!」


「勇者だからって全部正しいわけじゃないの。」


「そうなのか?」


「そこから?」


カイゼルも吹き出した。


「お前、よくそれで勇者やってるな。」


「細かいことは気にするな!」


レオンハルトは豪快に笑う。


その勢いで果汁の入ったジョッキを掲げた。


「今日は飲むぞ!」


「それ果汁だけど。」


「……え?」


「酒じゃない。」


レオンハルトは真剣な顔で中身を見つめた。


「最初から言え。」


「気付けよ。」


三人が笑う。


その様子を見ていたフィアが、思わず口元を押さえた。


「……ふふ。」


ルセリがすぐ反応する。


「今笑った!」


「……笑ってません。」


「いや笑ったって。」


「気のせいです。」


カイゼルも頷く。


「俺も見た。」


「……カイゼルさんまで。」


レオンハルトも身を乗り出す。


「笑った笑った!」


フィアは少しだけ頬を膨らませる。


「……皆さん。」


「うるさいです。」


その一言で。


三人は顔を見合わせる。


そして。


一斉に笑い出した。


「あはははは!」


戦場では見られなかった笑顔が、ようやくそこにあった。



宴も終盤。


城壁の上。


夜風が静かに吹いていた。


カイゼルは一人、領都の灯りを眺めている。


そこへルセリが果汁を二つ持ってやって来た。


「はい。」


一つを差し出す。


「ありがとう。」


二人は並んで夜景を眺めた。


しばらく無言。


やがてルセリがぽつりと呟く。


「今日は英雄だったね。」


カイゼルは苦笑した。


「英雄なんて柄じゃないよ。」


「俺は面倒事が嫌いなんだ。」


「よく言う。」


ルセリが肩を軽くぶつける。


「毎回、自分から面倒事の真ん中に飛び込んでるじゃない。」


「……俺だな。」


二人は顔を見合わせて笑った。



その頃。


宴から離れた中庭では、グラムとエルネストが夜空を見上げていた。


「偶然ではありません。」


エルネストが静かに言う。


「ああ。」


グラムは短く答える。


「坊主は境界を越えた。」


「問題は。」


エルネストは眼鏡を押し上げる。


「他にも越えられる者が現れるかですね。」


グラムは鼻で笑った。


「いや。」


「現れん。」


「だから面白い。」


二人は静かに杯を合わせた。



はるか北方。


深い森の奥。


ベルゼインは胸の傷へ包帯を巻きながら、一枚の報告書を書いていた。


筆が止まる。


最後の一文だけを書き加える。


――人類に、新たな可能性を確認。


ベルゼインは静かに紙を畳む。


そして、小さく笑った。


「面白くなってきましたね。」


夜風が森を静かに吹き抜けていった。

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