第三十一話 終焉の炎
「──プロメテウスノヴァ」
その詠唱が完成した瞬間だった。
空を覆っていた巨大な魔法陣が眩く輝く。
次の瞬間。
雲が裂けた。
「なっ……!」
誰かが息を呑む。
空から。
巨大な火球がゆっくりと姿を現した。
太陽だった。
いや。
太陽と見間違うほど巨大な炎の塊。
森全体を赤く染めながら落ちてくる。
熱い。
まだ落ちてもいない。
それなのに。
頬が焼ける。
木々が乾き始める。
「結界班!!」
隊長が叫ぶ。
「全員展開!!」
十数名の魔導騎士が前へ飛び出す。
一斉に杖を掲げた。
「聖壁よ!」
「我らを護れ!」
「ホーリーシールド!」
幾重もの光の壁が展開される。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
騎士たちの魔力が一つへ重なっていく。
巨大な半球状の結界が騎士団を包み込んだ。
そして。
プロメテウスノヴァが落ちた。
轟ッ!!!
世界が白く染まる。
耳が聞こえない。
視界もない。
ただ。
圧倒的な熱だけが全身を襲う。
一枚目の結界が砕ける。
二枚目。
三枚目。
ガラスのように粉々になった。
四枚目も耐え切れない。
五枚目が悲鳴を上げるように軋む。
「耐えろ!!」
魔導騎士たちが叫ぶ。
魔力を注ぎ続ける。
そして。
ドォォォォン!!
五枚目が砕けた。
残った衝撃波だけでも十分だった。
騎士たちが吹き飛ぶ。
木々が薙ぎ倒される。
岩が砕ける。
カイゼルも。
ルセリも。
衝撃波で後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
背中から大木へ叩きつけられる。
肺の空気が一気に抜けた。
立てない。
ルセリも地面へ転がる。
腕から血が流れていた。
「ルセリ!」
「平気……じゃない!」
苦笑いを浮かべる。
それでも立ち上がろうとする。
辺りは焼け野原だった。
森は消え。
黒い大地だけが残っている。
ベルゼインは静かにその光景を眺めていた。
「さすがですね。」
「人間にしてはよく防ぎました。」
エルネストが前へ出る。
老人は静かに杖を構えた。
「ここから先は。」
「私がお相手しましょう。」
ベルゼインは微笑む。
「光栄です。」
二人の間へ風が吹いた。
次の瞬間。
同時に動く。
「イグニスドライブ!」
ベルゼインの火炎弾が放たれる。
「カスケードフォール!」
エルネストの激流が迎え撃つ。
炎と水が激突した。
凄まじい蒸気爆発。
視界が真っ白になる。
ベルゼインはその煙を突き抜ける。
「ゲイルスラッシュ!」
真空の刃。
何十もの風刃が飛ぶ。
「グラビティプレス。」
エルネストは杖を軽く下ろした。
空間が歪む。
重力が何倍にも跳ね上がる。
風刃が途中で地面へ叩き落とされた。
ベルゼインが少し笑う。
「面白い。」
右手を掲げる。
「テンペストレイザー。」
暴風が森を飲み込む。
大木が宙へ舞う。
エルネストは一歩も動かない。
「ルミナスランサー。」
黄金の槍。
十数本。
正確無比に暴風を貫く。
光と風がぶつかり合う。
轟音。
爆発。
森がさらに抉られていく。
カイゼルは息を呑んだ。
「これが……」
「本物の魔導士同士の戦い……」
近付くことすらできない。
魔法一発ごとに地形が変わる。
ルセリも言葉を失っていた。
ベルゼインは距離を取る。
「では。」
「これはどうでしょう。」
「アビスゲイト。」
足元へ巨大な闇が広がる。
空間そのものが裂ける。
底の見えない闇。
何もかも吸い込んでいく。
エルネストは眉一つ動かさない。
「ルミナスランサー。」
黄金の槍が闇を貫く。
光と闇が激突する。
互角だった。
誰もがそう思った。
その瞬間。
ベルゼインが消えた。
「なっ……!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
エルネストの視線が空へ向く。
その隙だった。
ベルゼインは老人の背後へ回っていた。
詠唱すらない。
右手だけを軽く動かす。
「ファントムニードル。」
影が伸びた。
黒い槍。
一本だけ。
音もなく。
一直線に。
「先生!!」
カイゼルが叫ぶ。
避けられない。
ズッ──
黒い槍が。
エルネストの脇腹を貫いた。
鮮血が舞う。
老人の身体が大きく揺れる。
「ぐっ……!」
膝をついた。
その瞬間。
森が静まり返る。
誰も信じられなかった。
王国最高峰の魔導士。
エルネスト・ヴァン・ルーベルが。
初めて。
敵の攻撃で膝をついた。
ベルゼインは静かに息を吐く。
「さすがでした。」
「あと半歩。」
「あと半歩反応が早ければ、防がれていました。」
その声は勝ち誇るものではない。
純粋な敬意だった。
しかし。
騎士団にとっては。
それ以上に絶望的な光景だった。
人類最高峰ですら。
傷を負う。
その現実が。
全員の心へ重くのしかかっていた。




