第二十九話 実戦の恐怖
「第二陣、来るぞ!」
隊長の怒号が森へ響いた。
その声と同時に。
木々の奥から再び魔物が姿を現す。
「まだいるのか……!」
若い騎士が息を呑む。
普通ではない。
ゴブリンの群れなら。
統率などない。
一度崩れれば散り散りになる。
だが。
目の前の魔物たちは違った。
前列が突撃する。
後列が石を投げる。
左右へ回り込む個体までいる。
「連携している……?」
カイゼルは目を疑った。
ゴブリンが。
牙狼が。
まるで訓練された兵士のように動いている。
「囲まれるな!」
隊長が叫ぶ。
しかし。
遅い。
右側の森から牙狼。
左からコボルト。
正面からゴブリン。
三方向同時。
「くっ!」
ルセリが剣を受け止める。
金属音。
その隙へ。
背後から牙狼が飛び掛かった。
「ルセリ!」
カイゼルが駆ける。
間一髪。
剣で牙を弾く。
だが。
その代わり。
ゴブリンの槍が肩を掠めた。
熱い。
次の瞬間。
激痛。
血が溢れる。
「カイゼル!」
「大丈夫だ!」
大丈夫ではなかった。
腕へ力が入らない。
初めての傷。
思った以上に痛い。
そして。
怖い。
そこへ。
黒い牙狼が再び現れる。
「来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
黒い牙狼は止まらない。
突然。
大きく息を吸い込んだ。
「……?」
次の瞬間。
「グルァァァァッ!!」
凄まじい咆哮。
空気そのものが震えた。
耳鳴り。
頭が揺れる。
騎士たちの動きが一瞬止まる。
「魔物が……技を……?」
カイゼルは目を見開く。
そんな話は聞いたことがない。
その一瞬を。
魔物たちは逃さなかった。
一斉に襲い掛かる。
「ぐあっ!」
「うわぁぁ!」
騎士が吹き飛ぶ。
もう一人が倒れる。
ルセリも牙狼の爪を受け。
腕から血を流した。
「っ……!」
それでも立つ。
だが。
苦しい。
数が多すぎる。
「隊長!」
「押されてます!」
「分かっている!」
隊長の額にも汗が浮かぶ。
ここまで押し込まれるのは初めてだった。
その時。
黒い牙狼が再び動く。
速い。
一直線に。
今度はカイゼルへ。
「しまっ――」
間に合わない。
そう思った瞬間。
ドォン!!
轟音が森へ響いた。
黒い牙狼の巨体が横へ吹き飛ぶ。
そこへ立っていたのは。
グラムだった。
巨大な剣を肩へ担ぎ。
静かに前へ出る。
「坊主」
振り返らない。
視線は魔物だけを見ている。
「ここから先は」
「本物の戦場だ」
その隣へ。
黒いローブが静かに並ぶ。
エルネストだった。
杖をゆっくり掲げる。
「……どうやら」
老人は珍しく眉をひそめる。
「思っていた以上に厄介な相手のようですね」
だが。
二人とも。
まだ傷一つ負っていなかった。
それでも。
その表情には余裕がない。
グラムがゆっくり剣を構える。
「妙だ」
「ただの希少個体じゃない」
エルネストも静かに頷く。
「ええ」
「誰かが……率いています」
その言葉と同時に。
森の最奥。
暗闇のさらに向こう。
二つの赤い瞳が。
静かに開いた。
今までの魔物とは。
比べものにならないほど巨大な気配。
森そのものが。
息を呑んだようだった。




