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第二十四話 潮目

世界の風向きが変わり始めている。


そんな話を父アルトゥスから聞いた翌日だった。


---


市場は今日も賑わっていた。


人の流れは絶えない。


商人が叫ぶ。


子供が走る。


鍛冶屋からは鉄を打つ音が聞こえる。


パンの香り。


焼き肉の香り。


果実酒の香り。


平和だった。


少なくとも。


見える限りは。


---


市場の端にある喫茶店。


窓際の席。


いつもの四人が集まっていた。


---


ルセリ。


レオンハルト。


フィア。


そしてカイゼル。


---


「戦争になると思う?」


---


ルセリがそう言った。


---


珍しく真面目な声だった。


---


カイゼルは果実水を飲みながら窓の外を見る。


---


「いきなりだな」


---


「昨日の話よ」


---


「ああ」


---


辺境伯の話。


世界の話。


帝国。


教国。


魔界。


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最近ずっと頭の片隅に残っていた。


---


レオンハルトも腕を組む。


---


「なるかもしれない」


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「ならないかもしれない」


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「どっちよ」


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ルセリが呆れる。


---


レオンハルトは笑った。


---


「分からないということだ」


---


「それは分かる」


---


カイゼルも頷く。


---


「でも父上があんな顔する時は大体当たる」


---


その言葉に。


ルセリの表情が少し曇った。


---


アルトゥスを知っている。


---


豪快な男だ。


笑う。


怒鳴る。


飲む。


食う。


---


悩む姿など滅多に見ない。


---


そんな男が地図を見ながら考え込んでいた。


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それが少し引っ掛かっていた。


---


「嫌だな」


---


ルセリが小さく言った。


---


「戦争は」


---


カイゼルは少し意外だった。


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「お前はむしろ騎士として燃えるタイプかと思った」


---


「馬鹿」


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即答だった。


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「騎士になりたいのと戦争したいのは別」


---


「違うのか」


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「全然違う」


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ルセリは真顔になる。


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「剣を振るうなら誰かを守るためがいい」


---


「死ぬためじゃない」


---


その言葉に。


カイゼルは少しだけ黙った。


---


辺境騎士団長の娘。


---


昔から戦いを見てきた。


---


だからこそ。


分かるのかもしれない。


---


フィアが静かに聞いた。


---


「戦争って」


---


「どんな感じなんでしょう」


---


誰もすぐには答えられなかった。


---


十五歳。


---


知識はある。


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だが。


経験はない。


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レオンハルトが少し考える。


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「怖いものだと思う」


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「でも必要な時もある」


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「必要?」


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フィアが首を傾げる。


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「守るためだ」


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レオンハルトは迷いなく答えた。


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「家族を守る」


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「国を守る」


---


「大切な人を守る」


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「そのためなら戦う」


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相変わらず真っ直ぐだった。


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だが以前より少し柔らかい。


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最初に会った頃なら。


---


「戦う」


---


だけで終わっていたかもしれない。


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今は違う。


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理由を考えるようになっていた。


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「勇者っぽいな」


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カイゼルが笑う。


---


「勇者だからな」


---


レオンハルトも笑った。


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「まだなってないでしょ」


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ルセリが突っ込む。


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「なる予定だ」


---


「予定で言うな」


---


「目標設定は重要だ」


---


「なんでそこだけ商人みたいなのよ」


---


四人が笑う。


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フィアも少しだけ肩の力を抜いた。


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「フィアは?」


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カイゼルが聞く。


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「もし戦争になったら」


---


フィアは少し考える。


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窓の外を見る。


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市場が見える。


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パン屋。


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花屋。


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果物屋。


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普通の人たち。


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「怖いです」


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正直な答えだった。


---


「私たちより弱い人もたくさんいます」


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「子供もいます」


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「お年寄りもいます」


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「だから」


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少しだけ笑う。


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「頑張ると思います」


---


その答えは。


どこかフィアらしかった。


---


静かだけれど。


---


強い。


---


カイゼルは窓の外を見る。


---


市場は今日も平和だった。


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子供が走っている。


---


商人が笑っている。


---


職人が働いている。


---


前世でも見た。


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こういう景色は。


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いつだって当たり前に見える。


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だが。


---


本当は。


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誰かが守っているから存在する。


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そんな気がした。


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「カイゼルは?」


---


ルセリが聞いた。


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三人の視線が集まる。


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カイゼルは少し考える。


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そして。


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「分からん」


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全員がため息を吐いた。


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「またそれ」


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ルセリが呆れる。


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「いや本当に」


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カイゼルは笑った。


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「戦争なんて起きてみないと分からん」


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「でも」


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そこで少しだけ真面目な顔になる。


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「もし起きたら」


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窓の外。


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賑やかな市場を見る。


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「この景色は残したいな」


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ルセリが少し驚く。


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フィアも。


---


レオンハルトも。


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意外だった。


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もっと適当なことを言うと思っていた。


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「お前」


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ルセリが笑う。


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「たまに良いこと言うわね」


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「年に四回目だな」


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「増えた」


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「成長した」


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「そこじゃない」


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また笑いが起こる。


---


だが。


---


その後。


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四人は少しだけ長く窓の外を眺めていた。


---


市場は今日も平和だった。


---


だからこそ。


---


その平和が。


---


少しだけ尊く見えた。


---


誰もまだ知らない。


---


数年後。


---


本当に世界の風向きが変わることを。


---


そして。


---


この四人が。


---


その渦の中心へ立つことになることを。

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