第二十三話 師の答え
十五歳になった頃には、カイゼルも随分と成長していた。
身体は大きくなり。
剣筋も安定した。
闘気も扱えるようになった。
魔法も五属性全てを実用レベルで発現できる。
辺境では将来を期待される若者の一人として見られ始めていた。
もっとも。
本人はそんなことを気にしていなかった。
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夕暮れの訓練場。
一日の修行を終えたカイゼルは木剣を鞘へ収める。
全身が重い。
グラムの修行は十五歳になっても容赦がなかった。
むしろ厳しくなっている気すらする。
老人は近くの岩へ腰掛け、水筒を傾けていた。
夕陽が鎧の古傷を照らしている。
長い年月を戦場で生きた男の背中だった。
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「グラム師匠」
カイゼルが声を掛ける。
老人は視線だけを向けた。
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「なんだ」
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「一つ聞いてもいいですか」
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「聞くだけなら構わん」
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いつもの返事だった。
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カイゼルは少し考える。
昔から抱いていた疑問だった。
だが最近になって。
ますます気になるようになっていた。
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剣士は闘気を極める。
魔導士は魔力を極める。
世の中はそうなっている。
誰も疑問に思わない。
当たり前だからだ。
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だが。
カイゼルには不思議だった。
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なぜ分けるのだろう。
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どちらも人が持つ力なのに。
どちらも自分の中にあるのに。
なぜ片方だけを選ぶのだろう。
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「闘気と魔力です」
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グラムの眉が僅かに動く。
それだけだった。
だがカイゼルは見逃さなかった。
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「どうした」
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「いえ」
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カイゼルは首を振る。
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「なぜ同時に扱えないのでしょうか」
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しばらく沈黙が続く。
風が吹く。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。
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「反発するからだ」
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グラムが答える。
それは何度も聞いた説明だった。
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「それは知っています」
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「なら答えは出ている」
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「いえ」
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カイゼルは首を横へ振った。
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「納得はしていません」
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老人は少し笑った。
本当に少しだけ。
昔からこの弟子はそうだった。
説明を聞けば理解する。
だが納得するまでは終わらない。
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「火と水は反発します」
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カイゼルが言う。
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「そうだ」
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「風と土も反発します」
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「そうだ」
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「ですが工夫して扱う魔導士はいます」
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「いるな」
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カイゼルは地面へ視線を落とす。
そして続けた。
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「なら」
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「闘気と魔力も同じではないのでしょうか」
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グラムは黙った。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ夕陽を見ている。
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「師匠はどう思われますか」
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その問いに。
老人はしばらく答えなかった。
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やがて。
小さく息を吐く。
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「不可能だとは思わん」
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カイゼルが顔を上げる。
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「本当ですか」
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「古代の連中も馬鹿ではない」
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グラムは言った。
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「試した奴はいただろう」
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「失敗した奴もいただろう」
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「死んだ奴もいただろう」
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老人は肩を竦める。
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「だから今の常識がある」
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それは極めてグラムらしい答えだった。
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「では」
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カイゼルが身を乗り出す。
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「可能性は――」
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「ある」
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即答だった。
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カイゼルは少し驚く。
もっと強く否定されると思っていた。
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しかし。
次の言葉は予想通りだった。
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「だがおすすめはせん」
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老人は真顔だった。
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「理由を聞いても?」
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「危険だからだ」
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「それだけですか」
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「十分だ」
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グラムは立ち上がる。
そして木剣を拾った。
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「坊主」
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「はい」
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「お前は昔から面倒な考え方をする」
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カイゼルは少し笑う。
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「褒め言葉でしょうか」
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「違う」
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即答だった。
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「だが」
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グラムは少しだけ口元を緩める。
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「嫌いではない」
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それだけ言って歩き出した。
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カイゼルはその背中を見送る。
辺境を守り続けた英雄。
神授の闘気を扱う男。
誰よりも強く。
誰よりも多くの戦場を知る男。
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その男が。
不可能だとは言わなかった。
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夕暮れの空を見上げる。
赤く染まっている。
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カイゼルは何となく笑った。
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納得したわけではない。
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だが。
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少しだけ面白くなってきた。
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その頃。
北塔最上階。
書庫の奥。
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エルネストは一冊の古びた文献を閉じていた。
羊皮紙はひどく傷んでいる。
角は欠け。
文字の多くは掠れていた。
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老人は眼鏡を外す。
そして静かに窓の外を見る。
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「まったく……」
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誰に向けた言葉でもなかった。
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机の上には開かれた資料が残されている。
その片隅には古代帝国文字で書かれた見出しがあった。
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《闘気・魔力併用実験記録》
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エルネストはゆっくりと視線を落とす。
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資料の中央。
辛うじて読める一行。
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《成功例 一件》
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そこだけが残っていた。
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その先は失われている。
術式も。
理論も。
結果も。
名前すら。
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何を成し遂げたのか。
どこへ辿り着いたのか。
誰にも分からない。
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ただ。
成功した者がいた。
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それだけは確かだった。
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エルネストは再びため息を吐く。
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「よりにもよって……」
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窓の外。
訓練場の方角を見る。
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夕陽の中。
まだ一人で何か考えているであろう弟子を思い浮かべる。
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五属性持ち。
未定義。
常識を疑う少年。
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老人は目を閉じた。
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嫌な予感がしていた。
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とても。
嫌な予感が。
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だが同時に。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
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期待もしていた。
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そんな自分に気付き。
エルネストは三度目のため息を吐いた。
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「本当に面倒な子ですね」
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書庫には。
老人の呟きだけが静かに響いていた。




