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第二十二話 市場の日

火と風の実験から二週間が過ぎた。


もちろん。


カイゼルは諦めていなかった。


むしろ悪化していた。


誰もいない場所を見つけては実験。


爆発。


失敗。


実験。


爆発。


失敗。


その繰り返しだった。


結果。


城壁の裏は立入禁止になった。


グラムには怒鳴られた。


エルネストには一時間説教された。


ルセリには木剣で殴られた。


だが。


本人は懲りていなかった。


「あと少しなんだけどな……」


そう呟くたびに周囲は頭を抱えた。


---


そんなある日。


珍しく予定が空いた。


訓練もない。


授業もない。


説教もない。


奇跡だった。


「市場でも行くか」


カイゼルは一人で城下町へ降りた。


---


東方辺境領の市場は賑やかだった。


露店。


行商人。


鍛冶屋。


パン屋。


肉屋。


薬草売り。


様々な声が飛び交う。


香辛料の香り。


焼いた肉の匂い。


焼きたてのパンの香り。


生きている。


そんな空気が好きだった。


---


焼き串を買う。


食べる。


うまい。


果実水を買う。


飲む。


うまい。


幸せだった。


---


「なにしてんの?」


聞き慣れた声が飛んできた。


振り返る。


ルセリだった。


金髪が陽光を受けて輝いている。


両手には買い物袋。


どう見ても買い物帰りだった。


---


「暇人か」


---


「お前もだろ」


---


「私は買い物」


---


「俺も買い物」


---


「焼き串しか持ってないじゃん」


---


反論できなかった。


---


その時だった。


市場の反対側が少し騒がしくなる。


人が集まっている。


何事かと思った。


そして。


見覚えのある髪が見えた。


---


レオンハルトだった。


---


陽光を受けた髪が輝いている。


ただの金髪ではない。


どこか銀色が混じっていた。


黄金と白銀の中間。


光の加減では白銀にも見える。


騎士爵家の息子。


だが。


なぜか人の目を引く。


生まれながらに英雄になるために生まれてきたような雰囲気があった。


---


本人は普通に買い物しているだけだった。


---


「おお」


---


カイゼルが手を振る。


---


レオンハルトもこちらへ気付く。


少し迷う。


そして歩いてくる。


真面目だった。


本当に真面目だった。


---


「久しぶりだな」


---


「五日前だ」


---


「細かいな」


---


「事実だ」


---


「もっとこう、久しぶりだな!とかないのか」


---


「五日前だ」


---


ルセリが吹き出した。


---


「相変わらず面白くない」


---


「なぜだ」


---


「会話が終わるのよ」


---


レオンハルトは少し考えた。


本気で考えた。


---


「なるほど」


---


「理解した顔してるけど絶対分かってない」


---


その時だった。


---


「あ」


---


小さな声が聞こえた。


振り返る。


フィアだった。


---


銀色に近い白髪。


右が蒼。


左が紫。


左右で色の違う瞳。


オッドアイ。


---


紙袋を抱えながら立っていた。


---


「こんにちは」


---


少し遠慮がちだった。


---


「こんにちは」


---


「おう」


---


「久しぶり」


---


三人が返す。


フィアは少しだけ安心したように笑った。


---


気付けば。


四人で市場を歩いていた。


---


ルセリは服を見る。


フィアも見る。


レオンハルトは武器屋を見る。


カイゼルは食べ物を見る。


---


見事に分かれていた。


---


一時間ほど歩き回った後。


---


「疲れた」


---


ルセリが言った。


---


全員同意だった。


---


市場の端にある喫茶店へ入る。


木造の落ち着いた店だった。


窓から市場が見える。


人々の声が心地良い。


---


飲み物が運ばれてくる。


---


ルセリは果実ジュース。


フィアはハーブティー。


レオンハルトは紅茶。


そして。


---


カイゼルはケーキを三つ頼んでいた。


---


沈黙。


---


「ちょっと待って」


---


ルセリが皿を見る。


---


「何?」


---


カイゼルは既に一つ目を食べ始めていた。


---


「なんで一人だけケーキ三つあるの?」


---


「好きだから」


---


「好きだからじゃないのよ」


---


「金払ってるぞ」


---


「そういう問題じゃない!」


---


レオンハルトも見ていた。


真面目な顔で。


---


「そんなに食べられるのか?」


---


「食べられる」


---


「すごいな」


---


「感心するとこそこ?」


---


ルセリが突っ込む。


---


フィアが小さく笑った。


---


意外だった。


---


辺境伯家嫡男。


勇者適性の天才。


騎士団長の娘。


---


もっと怖い人たちだと思っていた。


---


実際は。


---


「それ俺のケーキ」


---


「一口だけだ」


---


「半分なくなってる」


---


「細かいな」


---


「細かくない」


---


そんな会話をしていた。


---


「そういえば」


---


ルセリがレオンハルトを見る。


---


「全部Sってどんな気分なの?」


---


レオンハルトが真顔になる。


---


「全部Sだった気分だ」


---


沈黙。


---


「帰れ」


---


ルセリが即答した。


---


「なぜだ」


---


「会話が終わるのよ!」


---


フィアが吹き出した。


---


レオンハルトは少し困った顔をする。


---


「面白い話をした方が良いのか?」


---


「できるならね」


---


「できる」


---


「本当に?」


---


「昨日、父上が椅子を壊した」


---


沈黙。


---


「面白いだろう」


---


「全然面白くない」


---


「なぜだ」


---


「説明が足りない」


---


カイゼルが言った。


---


「どう壊したんだ」


---


「座った」


---


「終わり?」


---


「終わりだ」


---


「帰れ」


---


今度はカイゼルだった。


---


フィアが声を上げて笑った。


---


初めてだった。


---


こんな風に笑うのは。


---


「フィアは?」


---


カイゼルが聞く。


---


「何がですか?」


---


「将来」


---


フィアは少し困った顔になる。


---


「まだ分かりません」


---


正直だった。


---


「魔法は好きです」


---


「それだけ?」


---


「それだけです」


---


「十分だろ」


---


カイゼルはあっさり言った。


---


フィアが少し驚く。


---


「そうですか?」


---


「好きなものがあるなら十分だ」


---


「そんな簡単ですか?」


---


「簡単じゃない」


---


カイゼルは二つ目のケーキへ手を伸ばした。


---


「でも好きじゃないと続かない」


---


珍しく真面目だった。


---


ルセリが目を丸くする。


---


「たまに良いこと言うのよね」


---


「たまにとは何だ」


---


「年に三回くらい」


---


「少ないな」


---


「多い方よ」


---


四人が笑う。


---


その時。


---


レオンハルトが静かに口を開いた。


---


「俺は勇者になる」


---


自然と全員がそちらを見る。


---


迷いがなかった。


---


一切。


---


「勇者って職業なの?」


---


ルセリが聞く。


---


「職業だ」


---


レオンハルトは即答した。


---


「俺は勇者になる」


---


「騎士じゃなくて?」


---


「勇者だ」


---


「何が違うんだ?」


---


カイゼルが聞く。


---


レオンハルトは少し考えた。


---


そして。


---


「人を守る」


---


「魔物を倒す」


---


「国を救う」


---


「困っている人がいたら助ける」


---


静かな声だった。


---


「だから勇者だ」


---


誰も笑わなかった。


---


十二歳の子供の言葉だった。


---


だが。


---


その目には本気しかなかった。


---


ルセリが少し笑う。


---


「じゃあ私は騎士団長」


---


「親父を超える」


---


それもまた本気だった。


---


フィアも少し考える。


---


「私は……」


---


少し迷う。


---


「大魔導士になれたらいいな」


---


初めて聞く夢だった。


---


少し照れながら。


---


小さく笑う。


---


そして。


---


三人の視線がカイゼルへ向く。


---


「お前は?」


---


沈黙。


---


カイゼルは少し考える。


---


勇者。


騎士団長。


大魔導士。


---


どれも格好良い。


---


だが。


---


「面白いこと」


---


三人が固まった。


---


「またそれ?」


---


ルセリが呆れる。


---


「本気だ」


---


「適当じゃなくて?」


---


フィアが聞く。


---


「本気だ」


---


カイゼルは笑った。


---


「まだ何か分からない」


---


「でも面白そうならやる」


---


「だから毎回怒られるのよ」


---


ルセリが言う。


---


「そうかもな」


---


窓の外では市場が賑わっていた。


---


勇者を目指す少年。


騎士団長を目指す少女。


大魔導士を夢見る少女。


そして。


面白いことを探している少年。


---


まだ十二歳。


---


未来なんて誰にも分からない。


---


それでも。


---


この時間だけは。


---


妙に楽しかった。


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