第二十一話 火と風
クラス診断の未定義事件から数日が過ぎた。
辺境伯家は相変わらずだった。
グラムは毎日怒鳴っているし、
エルネストは毎日ため息を吐いている。
ルセリは毎日誰かと喧嘩しているし、
カイゼルは毎日怒られている。
平和だった。
少なくとも表面上は。
問題があるとすれば、
その日の授業中にエルネストが口にした何気ない一言だった。
「複数属性の同時制御は極めて困難です」
その言葉がカイゼルの頭から離れなかったのである。
困難。
不可能ではない。
そこが重要だった。
⸻
その日の夕方。
夕焼けに染まる城壁の裏側で、
二人の少年少女がこそこそと集まっていた。
「絶対怒られる」
ルセリは開口一番そう言った。
「バレなければ怒られない」
カイゼルは真顔で答える。
「その理屈やめなさい」
「正しいだろ」
「正しくない」
ルセリは額を押さえた。
どうして自分はここにいるのだろう。
帰ればいい。
帰ればいいのに、
気付けば付き合わされている。
昔からそうだった。
カイゼルが何か思いつく。
ろくでもないことが始まる。
自分が巻き込まれる。
大体その繰り返しだった。
「で?」
ルセリが聞く。
「何するの」
「火と風」
嫌な予感しかしなかった。
⸻
カイゼルは手のひらへ魔力を集める。
小さな火球が生まれる。
十二歳としては悪くない出来だった。
そして反対の手へ風を集める。
こちらも発動する。
ここまでは問題ない。
問題はここからだった。
「待ちなさい」
ルセリが言った。
「なんだ」
「せめて離れましょう」
「なんで」
「爆発するから」
「しない」
「する」
「しない」
「する」
結局、
ルセリは十歩ほど後ろへ下がった。
経験から学んだ結果である。
⸻
カイゼルは火球を見つめる。
風を見つめる。
同じ魔力から生まれている。
なのになぜ上手くいかないのか。
エルネストは難しいと言った。
確かに難しい。
だが理由は説明していなかった。
だから知りたかった。
何が起きるのか。
どうして失敗するのか。
その瞬間だった。
火球へ風を重ねる。
普通なら弾かれる。
少なくともエルネストの説明ではそうだった。
属性同士は干渉し合う。
術式が崩れる。
だから難しい。
だが。
その瞬間だけは違った。
火球の輪郭が揺らぐ。
風が飲み込まれる。
いや。
飲み込まれたのではない。
混ざった。
火が変化する。
赤かった炎が白く輝く。
細く。
鋭く。
まるで槍のように伸びる。
カイゼルの目が見開かれた。
成功した。
そう思った。
次の瞬間。
ドォン!!
轟音と共に爆発した。
⸻
砂煙が舞い上がる。
ルセリは顔を覆った。
予想通りだった。
煙が晴れる。
そこには煤だらけのカイゼルが立っていた。
髪が少し焦げている。
服も焦げている。
だが。
なぜか笑っていた。
「見たか?」
「何を」
「今」
ルセリは呆れた顔になる。
「爆発したところ?」
「違う」
カイゼルは真剣だった。
「その前だ」
ルセリは少し考える。
確かに何か見えた気がした。
ほんの一瞬だけ。
火の形が変わった。
伸びた。
鋭くなった。
そんな気がした。
「気のせいじゃない?」
「違う」
カイゼルは断言した。
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ふと。
前世の記憶がよぎる。
本当に一瞬だけだった。
機械加工だけでは出来ない仕事があった。
板金。
表面処理。
樹脂成形。
組立。
一つでは完成しない。
だが組み合わせる。
すると全く別の価値になる。
それと少しだけ似ている気がした。
⸻
属性ではなく発想が魔導士を決める。
エルネストの言葉が蘇る。
⸻
火は火。
風は風。
別々なら誰でも知っている。
だが。
もし組み合わせたら。
⸻
カイゼルは自分の手を見る。
まだ指先に熱が残っていた。
「面白いな……」
思わず呟く。
「何が?」
ルセリが聞く。
「いや」
うまく説明できなかった。
だが。
何かがある。
そんな気がした。
⸻
「やめときなさいよ」
ルセリが言う。
「なんで」
「嫌な予感がする」
カイゼルは笑った。
「俺もする」
「それ普通はやめる理由だから」
「面白そうだろ」
ルセリは空を見上げた。
やはりこの幼馴染は馬鹿だった。
筋金入りの。
そして。
一度面白いと思ったら止まらない。
それをルセリは誰よりも知っていた。
だからこそ。
本当に嫌な予感がしていた。
「絶対また爆発する」
「たぶんする」
「やめなさい」
「無理だな」
即答だった。
ルセリは深いため息を吐く。
夕陽が沈み始める。
辺境の空が赤く染まっていた。
そしてカイゼルは。
次はどう組み合わせるかを、
もう考え始めていた。




