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第十八話 禁断魔法

エルネストは机の上へ一本のチョークを置いた。


そして黒板へ七つの円を描く。


「魔法とは何か」


老人はそう言った。


「その問いに答えられる者は少ない」


教室は静まり返っている。


カイゼルも。


ルセリも。


黙って聞いていた。


「多くの者は勘違いしています」


「魔法とは火を出す技術だと思っている」


「あるいは雷を落とす技術だと思っている」


エルネストは首を横に振る。


「違います」


「魔法とは世界への干渉です」


老人は最初の円を指差した。


「火」


炎。


熱。


爆発。


破壊。


最も攻撃的な属性。


魔導士の中でも人気が高い。


次に二つ目。


「水」


水流。


氷。


治癒補助。


柔軟性に優れる。


三つ目。


「風」


速度。


飛翔。


切断。


索敵。


最も扱いが難しい属性。


四つ目。


「土」


防御。


形成。


強化。


都市建設にも用いられる。


五つ目。


「雷」


最も希少な基本属性。


高威力。


高速度。


扱いは極めて難しい。


そこでエルネストは少し間を置いた。


そして六つ目の円を指差す。


「光」


ルセリが小さく息を呑む。


希少属性だった。


王国全土でも使い手は少ない。


「治癒」


「浄化」


「結界」


「支援」


「戦場において最も価値が高い魔法の一つです」


最後。


七つ目。


「闇」


教室の空気が少し変わる。


エルネストは構わず続けた。


「幻術」


「精神干渉」


「隠蔽」


「影の操作」


「王都では忌避する者もいます」


「しかし覚えておきなさい」


老人の視線が教室を見渡す。


「闇は悪ではありません」


「光も善ではありません」


「どちらも道具です」


「それ以上でも以下でもない」


静かな声だった。


だが重みがあった。


長い人生の中で。


数え切れないほどの魔導士を見てきた者の声だった。


エルネストは黒板を軽く叩く。


「属性は魔法ではありません」


乾いた音が響く。


「ここを勘違いする者が多い」


「属性はあくまで性質」


「重要なのは術式です」


カイゼルの目が少し輝いた。


術式。


面白そうな単語だった。


エルネストは続ける。


「魔法は大きく四つに分類されます」


攻撃魔法。


防御魔法。


補助魔法。


特殊魔法。


「そして同じ火属性でも」


「火球を放つ者もいれば」


「剣へ炎を纏わせる者もいる」


「周囲の温度を上げる者もいる」


「爆発を起こす者もいる」


「属性ではなく発想が魔導士を決めるのです」


その言葉を聞いた瞬間。


カイゼルの中で何かが引っ掛かった。


属性ではなく発想。


その考え方は妙に好きだった。


なぜかは分からない。


だが。


とても大事な言葉のような気がした。


「先生」


カイゼルが手を挙げた。


「さっきの特殊魔法って何ですか?」


教室が少し静かになる。


ルセリも顔を上げた。


エルネストはしばらく黒板を見つめていた。


普段なら即座に答える。


だが今回は違った。


老人は数秒ほど考え込むような沈黙を作った後、ゆっくりとチョークを手に取った。


そして黒板へ大きく文字を書く。


禁断魔法


白い粉が舞う。


その二文字を見ただけで、ルセリの表情が少し曇った。


「特殊魔法の正式名称です」


エルネストは静かに言った。


「あるいは禁断魔法とも呼ばれます」


老人は先ほど描いた七つの円の外側へ新たな円を描く。


「火」


「水」


「風」


「土」


「雷」


「光」


「闇」


七つの属性。


世界の魔法体系の基礎。


しかし老人が描いた円は、その全てを囲むように存在していた。


「通常の魔法は必ず七属性のいずれかへ属します」


「ですが歴史上、ごく一部の術はどの属性にも属さない形で発現しました」


「それらを総称して禁断魔法と呼びます」


カイゼルは自然と身を乗り出していた。


面白そうだった。


非常に。


エルネストは黒板へ新たな文字を書いた。


時空


「第一は時空魔法」


老人の声が少し低くなる。


「空間転移」


「空間収納」


「空間切断」


「そして時間への干渉」


最後の言葉だけ妙に重かった。


「歴史上、時間へ干渉したとされる魔導士は数えるほどしか存在しません」


カイゼルはなぜか胸の奥がざわついた。


理由は分からない。


だが時間という言葉に妙な引っ掛かりを覚える。


気のせいかもしれない。


老人は続けた。


異界召喚


「第二は異界召喚」


ルセリが小さく息を呑む。


「異界?」


「その名の通りです」


エルネストは頷く。


「この世界ではない場所への干渉」


「天使」


「悪魔」


「高位精霊」


「神話に登場する異界の存在」


「そういったものを召喚する術です」


「そんなもの本当にいるんですか?」


ルセリが思わず聞いた。


エルネストは即答しなかった。


そして静かに答える。


「いたという記録があります」


それだけだった。


だが逆に恐ろしかった。


否定しなかったからだ。


続いて老人は三つ目の文字を書く。


死霊


教室の空気が変わる。


「第三は死霊魔法」


「死者への干渉」


「魂への干渉」


「亡骸の操作」


ルセリの顔が引きつる。


カイゼルも流石に笑えなかった。


「死とは世界の摂理です」


エルネストは静かに言う。


「その摂理を捻じ曲げれば必ず代償が生じる」


「だから多くの国で禁じられています」


老人はそこで一度言葉を切った。


そして黒板の中央へ、今までより遥かに大きな円を描く。


ゆっくりと。


まるで触れてはいけないものを描くように。


教室が静まり返る。


カイゼルも。


ルセリも。


誰も声を出さない。


やがてエルネストはチョークを置いた。


深淵


その文字だけが黒板に残る。


「禁断魔法のさらに先です」


ルセリが息を呑んだ。


「さらに先?」


老人は頷く。


しかしその表情は珍しく曇っていた。


「正直に言いましょう」


「私にも分かりません」


ルセリが目を見開く。


王国最高峰の魔導士。


そのエルネストが。


分からないと言った。


「存在することだけは分かっています」


「歴史書にも残っている」


「神話にも記録されている」


「しかし術式は失われた」


「理論も失われた」


「何が出来るのかも分からない」


老人は窓の外へ視線を向けた。


遠くの空を見ている。


まるで遥か昔の出来事を見ているようだった。


「ただ一つだけ確かなことがあります」


静かな声だった。


だがその言葉には重みがあった。


「古代帝国の崩壊」


「神話戦争の終結」


「大陸の地形変化」


「歴史の転換点には必ず深淵の名が残る」


風が吹く。


窓が微かに揺れた。


誰も喋らない。


ルセリですら。


カイゼルも。


ただ黒板の文字を見つめていた。


深淵。


その二文字は不思議だった。


恐ろしいはずなのに。


どこか惹かれる。


まるで世界の底に眠る謎そのもののようだった。


やがてエルネストは本を閉じる。


乾いた音が教室へ響く。


「今日はここまでです」


老人はそれだけ言った。


しかし教室を出る時になっても、ルセリはずっと黙ったままだった。


階段を降りながら、ようやく口を開く。


「怖くない?」


珍しく弱々しい声だった。


カイゼルは少し考える。


そして答える。


「怖いな」


ルセリは少し安心したようだった。


だが次の言葉でその表情は消える。


「でも面白そうだ」


ルセリは額を押さえた。


「やっぱりあんた馬鹿だわ」


カイゼルは笑った。


空を見上げる。


春の雲がゆっくり流れていた。


深淵。


時空。


異界。


死霊。


この世界には。


まだ知らないことが山ほどある。


それが少しだけ嬉しかった。

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