表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/44

第十六話 魔力とは何か

春の陽射しが石造りの回廊を照らしていた。


午前の剣術訓練を終えたカイゼルは、肩に木剣を担ぎながら北塔へ向かっていた。


腕は重い。


脚も痛い。


今日もグラムに何度も地面へ転がされた。


だが気分は悪くない。


むしろ充実している。


そんな時だった。


後ろから足音が聞こえた。


振り返る。


ルセリだった。


陽光を受けて輝く金色の髪を高い位置で結んでいる。


辺境騎士団長アークライト家の長女。


同い年。


幼馴染。


そして天敵。


青い瞳はいつも活力に満ちていた。


顔立ちは整っている。


将来美人になるだろうと誰もが思う。


だが本人は全く気にしていない。


泥だらけで走り回り。


木剣を振り回し。


男の子相手に喧嘩をする。


辺境では有名な問題児だった。


もっとも。


カイゼルにだけは言われたくない。


「遅い」


ルセリが言う。


「お前も今来ただろ」


「私は三分前」


「誤差だ」


「違う」


二人は並んで歩く。


そして自然と歩幅が揃う。


もう何年も一緒にいるからだった。


「嫌だな」


ルセリが突然言った。


「何が」


「魔法」


カイゼルは思わず笑った。


「お前、本当に苦手だな」


「魔法が嫌いなんじゃない」


「じゃあ何だ」


ルセリは真顔になった。


「先生」


カイゼルも真顔になる。


「それは分かる」


二人は同時にため息を吐いた。


北塔の最上階。


そこに到着した瞬間。


二人とも自然に背筋が伸びる。


誰も命令していない。


反射だった。


重厚な木製の扉。


その向こうにいる人物を知っているからだ。


エルネスト・ヴァン・ルーベル。


王国最高峰の魔導士。


元宮廷魔導士団副団長。


王都魔導院歴代首席。


現在七十二歳。


そして。


辺境領で最も恐れられている老人。


少なくともカイゼルとルセリはそう思っていた。


グラムは怖い。


だが殴られて終わる。


エルネストは違う。


精神を削ってくる。


しかも笑顔で。


「入れ」


扉の向こうから声がした。


二人は同時に震える。


「聞こえてた」


ルセリが小声で言う。


「終わったな」


カイゼルも小声で返す。


「最初から終わってる」


「確かに」


覚悟を決めて扉を開く。


そこには老人がいた。


白髪。


銀縁眼鏡。


黒いローブ。


静かな笑顔。


一見すると優しそうな老人だった。


実際。


領民からの評判も良い。


子供にも優しい。


老人にも優しい。


誰にでも丁寧。


だが。


授業だけは別だった。


「カイゼル」


「はい」


「ルセリ」


「はい」


「遅刻二分三十七秒」


二人は固まる。


老人は微笑む。


優しく。


穏やかに。


そして絶望的に正確だった。


「さて」


エルネストは本を閉じる。


「今日は魔力とは何かについて学びましょう」


その瞬間。


カイゼルは理解した。


今日も長い一日になる。


そしてルセリは、


本気で逃げ出したいと思っていた。


「では質問です」


嫌な予感がした。


ルセリも同じ顔をしている。


エルネストが質問から始める時は危険だった。


「カイゼル」


「はい」


「魔力とは何ですか」


カイゼルは即答した。


「魔法を使うための力です」


エルネストは微笑む。


終わった。


その笑顔で分かる。


間違えた。


「四十二点」


「低いですね」


「思ったより高かったですね」


ルセリが余計なことを言った。


「ルセリ」


「はい」


「魔力とは何ですか」


ルセリは考える。


三秒。


五秒。


十秒。


そして。


「便利なやつです」


沈黙。


エルネストはゆっくり眼鏡を外した。


ルセリは死を覚悟した。


「二点」


「ありました!?」


「名前は書いてありますから」


「ひどい!」


エルネストは小さくため息を吐いた。


そして立ち上がる。


窓際へ歩く。


春の光がローブを照らしていた。


「良いですか」


二人は背筋を伸ばす。


「これは非常に危険な考え方です」


静かな声だった。


だが。


グラムの怒鳴り声より怖かった。


「剣しか知らない者は魔法を道具だと思います」


「魔法しか知らない者は魔法を奇跡だと思います」


「どちらも間違いです」


エルネストは振り返った。


「カイゼル」


「はい」


「呼吸を止めてください」


「はい」


カイゼルは息を止める。


十秒。


二十秒。


三十秒。


少し苦しい。


「苦しいですか」


「はい」


「なぜですか」


「息がないからです」


エルネストは頷いた。


そして。


「違います」


カイゼルが固まった。


ルセリも固まった。


「正確には」


エルネストは窓の外へ視線を向ける。


「世界と繋がれなくなったからです」


部屋が静かになる。


誰も喋らない。


「この世界にはマナがあります」


老人の声だけが響く。


「空気の中」


「大地の中」


「海の中」


「木々の中」


「生き物の中」


「そして我々の周囲全てに」


カイゼルは自然と身を乗り出していた。


面白い。


そう思った。


前世にはなかった話だ。


「魔法とは」


エルネストは杖を掲げる。


「魔力を用いて」


「世界に満ちたマナへ干渉し」


「現象を引き起こす技術です」


杖の先に小さな光が灯った。


それは炎へ変わる。


炎は風へ。


風は水へ。


水は雷へ。


雷は土へ。


そして静かに消えた。


ルセリが目を丸くする。


カイゼルは完全に前のめりになっていた。


エルネストはそれを見て少しだけ笑う。


「さて」


その笑顔に。


二人は嫌な予感しかしなかった。


「理論はここまでです」


「これより実技を始めます」


ルセリの顔から血の気が引いた。


カイゼルも少しだけ嫌な予感がした。


エルネストは穏やかに言った。


「まずは蝋燭一本に火を灯してください」


「簡単ですね」


その言葉を聞いた瞬間。


ルセリは悟った。


今日も帰れない。


たぶん夕方まで。


いや。


場合によっては夜まで。


エルネストは静かに微笑んでいた。


その笑顔が。


何より怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ