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第十五話 魔石

休日だった。


本来なら寝ていたかった。


カイゼルはそう思っていた。


本気で思っていた。


だが。


「早く!」


ルセリが元気だった。


朝から。


異常なほど元気だった。


「まだ眠い」


「もう起きてるじゃん」


「心が寝てる」


「意味分かんない」


ルセリはずんずん歩いていく。


カイゼルは後ろからついていく。


完全に騙された気分だった。


薬草採集。


そう聞いていた。


実際は違った。


探検だった。


知っていた。


最初から知っていた。


だが来てしまった。


「面白そうだったから」


自分で答えを言ってしまい、


カイゼルはため息をついた。


森の入口が見える。


東方辺境領の外れ。


魔の森と呼ばれる場所だった。


もちろん本当に魔界ではない。


だが魔物は出る。


辺境騎士団も定期的に巡回している。


普通の子供なら近付かない。


二人は普通ではなかった。


「で?」


カイゼルが聞く。


「今日は何を探すんだ」


ルセリは笑った。


嫌な笑顔だった。


本当に嫌な笑顔だった。


「秘密」


「帰る」


「待って待って」


ルセリは慌てる。


カイゼルは真顔だった。


こういう時のルセリは信用ならない。


大抵ろくでもない。


「ちゃんと理由あるから」


「聞こう」


「森の奥に洞窟があるんだ」


「うん」


「その中に魔石があるらしい」


カイゼルの眉が上がった。


「魔石?」


「知らないの?」


「名前だけ」


ルセリは得意げに胸を張る。


「魔力が溜まる石」


「魔力が?」


「うん」


「魔導士とかが使うんだって」


「へぇ」


「高いらしいよ」


「へぇ」


「一個で普通の家が買えるかも」


カイゼルは真顔になった。


「行こう」


「現金だなぁ」


「当然だ」


二人は森の奥へ進んだ。


木々は徐々に深くなる。


人の気配も消える。


鳥の声も減る。


代わりに。


森そのものが見ているような気配があった。


「ちょっと怖くなってきた」


ルセリが呟く。


「今さらだな」


「カイゼルは怖くないの?」


「少しは」


嘘だった。


かなり怖かった。


だが言わない。


言ったらルセリが調子に乗る。


洞窟は昼過ぎに見つかった。


崖の中腹。


黒い穴が口を開けている。


人が二人並んで入れる程度。


中は暗かった。


「本当に入るのか?」


「ここまで来たんだから入る」


「帰ろう」


「却下」


ルセリは即答した。


カイゼルは諦めた。


洞窟へ足を踏み入れる。


ひんやりしていた。


外とは別世界だった。


水滴の音。


湿った空気。


暗闇。


奥へ進む。


少しずつ。


慎重に。


やがて。


青白い光が見えた。


「おお」


思わず声が漏れる。


洞窟の壁面に。


いくつもの鉱石が埋まっていた。


淡く輝いている。


まるで星空だった。


「これだよ!」


ルセリが嬉しそうに叫ぶ。


カイゼルは近付く。


そして一つへ触れた。


その瞬間だった。


身体の奥で何かが揺れた。


魔力だった。


だがそれだけではない。


洞窟の中に流れるマナ。


壁の中。


地面の下。


空気の中。


普段は感じない何かが。


ほんの一瞬だけ見えた気がした。


「何だこれ……」


「どうしたの?」


「いや……」


うまく説明できなかった。


だが。


ただの石ではない。


それだけは分かった。


その時だった。


カイゼルが振り返る。


嫌な感覚。


背筋が粟立つ。


何かいる。


暗闇の奥。


まだ音もない。


だが。


いる。


「ルセリ」


「なに?」


「静かにしろ」


「え?」


次の瞬間。


ゴゴッ


重い音が響いた。


地面が震える。


ルセリの顔色が変わった。


そして。


暗闇の奥から巨大な影が現れる。


三メートル近い巨体。


岩のような毛皮。


丸太のような腕。


赤い瞳。


ロックベア。


辺境でも危険種として知られる魔物だった。


「……ルセリ」


「なに」


「逃げるぞ」


「うん」


即答だった。


二人は全力で駆け出した。


だが。


速い。


ロックベアの方が速かった。


背後から迫る足音。


地面が揺れる。


出口はまだ遠い。


終わる。


そう思った。


その瞬間。


頭の中にグラムの言葉が浮かぶ。


放出。


達人の領域だ。


無理だ。


できるわけがない。


今日聞いたばかりだ。


だが。


他に方法がなかった。


カイゼルは立ち止まる。


ルセリが叫ぶ。


「何してるのっ!?」


聞こえない。


心臓がうるさい。


怖い。


足が震える。


逃げたい。


だが。


ここで逃げたら追いつかれる。


なら。


やるしかない。


カイゼルは木剣を握った。


身体の奥へ意識を向ける。


熱。


血流。


鼓動。


何かがある。


まだ小さい。


だが確かにある。


それを無理やり木剣へ流し込む。


そして。


振り抜いた。


「うおおおおお!!」


何も起きない。


そう思った。


次の瞬間。


ボフッ!!


土埃が爆発した。


衝撃波と呼ぶにはあまりにも弱い。


土が舞う。


砂が跳ねる。


石が飛ぶ。


だが。


ロックベアの顔面へまともに叩きつけられた。


「グルァッ!?」


巨体が一瞬だけ怯む。


ほんの一瞬。


だが十分だった。


「今だ!」


二人は全力で駆け出した。


出口へ。


光へ。


生き残るために。


洞窟を飛び出す。


斜面を転がる。


土まみれになる。


息が切れる。


肺が痛い。


心臓が壊れそうだった。


だが。


生きていた。


洞窟の入口でロックベアが唸る。


しかし追ってこない。


やがて闇の中へ消えていった。


静寂。


風だけが吹いていた。


ルセリがその場へ座り込む。


「死ぬかと思った……」


「俺もだ」


しばらく二人とも動けなかった。


やがて。


ルセリが笑う。


「今の何?」


「分からん」


「でもちょっと格好良かった」


「土埃だぞ」


「それでも」


カイゼルは洞窟を見上げた。


悔しかった。


何もできなかった。


逃げることしかできなかった。


だが。


最後のあれは確かだった。


ほんの少しだけ。


何かに触れた気がする。


闘気。


魔力。


マナ。


まだ分からない。


だが。


確かに何かがあった。


「強くなりたいな」


気付けば口から出ていた。


ルセリが隣を見る。


「お前も?」


「ああ」


カイゼルは笑った。


洞窟の奥。


魔石。


ロックベア。


知らない世界。


知らない力。


まだ届かない場所。


だが。


だからこそ面白そうだった。


「まずは師範から一本取りたい」


ルセリが吹き出した。


「それ一生無理じゃない?」


「うるさい!」


気がつけば、夕陽が森を赤く染めていた。

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