第十四話 いつもの二人
「またやられてるの?」
訓練場の端から声が飛んだ。
カイゼルは振り返る。
そこにはルセリ・アークライトが立っていた。
辺境騎士団長の娘。
十歳。
そして幼馴染。
金色の髪を後ろで束ねている。
青い瞳はいつも通り元気そうだった。
「うるさい」
カイゼルは額をさする。
さっきグラムに叩かれた場所がまだ痛い。
「今日何回目?」
「知らない」
「数えるの諦めたんだ」
「うるさい」
ルセリは楽しそうに笑った。
本当に楽しそうだった。
人の不幸を楽しむ才能がある。
たぶん。
「でも前より長く持ったじゃない」
「慰めか?」
「事実」
「余計腹立つな」
「だって本当だもん」
カイゼルは立ち上がる。
服についた砂を払う。
その姿を見てルセリが首を傾げた。
「そういえばさ」
「何だ」
「また背伸びた?」
「知らん」
「伸びたよ絶対」
ルセリは近付いてくる。
そして自分の頭の上へ手を置いた。
「ほら」
確かに差は広がっていた。
カイゼルは同年代の中では頭一つ抜けている。
父アルトゥス譲りなのだろう。
肩幅も広い。
剣を振るうために鍛えられた身体は、十歳とは思えないほどしっかりしていた。
だが。
父ほどの圧迫感はない。
黒髪。
黒い瞳。
顔立ちは整っている。
しかし美男子というよりは鋭い印象が強かった。
辺境の騎士のような荒々しさ。
野性味のある雰囲気。
それでいて。
目元だけは妙に繊細だった。
静かに本を読んでいても違和感がない。
魔導書を抱えていても似合う。
剣を持てば戦士に見え。
本を持てば学者にも見える。
そんな不思議な雰囲気があった。
「なんか悔しい」
ルセリが言った。
「何がだ」
「ずるい」
「だから何がだ」
「強そうなのに頭も良さそう」
「実際頭は良いぞ」
「自分で言った」
「事実だ」
「そこが腹立つ」
カイゼルは肩を竦めた。
ルセリはため息をつく。
昔からそうだった。
木登りをする。
池にも落ちる。
剣も好き。
喧嘩も好き。
だが同時に。
一日中図書室へ籠もっている日もある。
魔導書を読み始めると止まらない。
戦士なのか。
魔導士なのか。
本人ですら分かっていない。
そんな少年だった。
「それより」
ルセリがニヤリと笑う。
嫌な予感がした。
大抵こういう時はろくでもない。
「今度の休日、森へ行くんだけど」
「嫌な予感しかしないな」
「行く?」
「内容による」
「薬草採集」
「嘘だな」
「なんで分かったの?」
「顔だ」
ルセリは吹き出した。
図星だったらしい。
「じゃあ何しに行くんだ」
「探検」
「却下だ」
「即答!?」
「絶対面倒事だ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「言わなくても分かる」
ルセリは唇を尖らせる。
だが諦めない。
昔からそうだった。
「面白いかもしれないよ?」
その一言だった。
カイゼルが固まる。
ルセリは勝利を確信した。
案の定だった。
この男は昔からそうだ。
面白そう。
その言葉に弱い。
本当に弱い。
「……詳しく聞こう」
「よし!」
ルセリは拳を握った。
カイゼルは天を仰ぐ。
嫌な予感しかしない。
この感覚を知っていた。
前世でも何度も経験した。
面白そう。
そう思った時は大抵ろくなことにならない。
そして。
今まで外れたことは一度もなかった。
遠くでグラムが二人を見ていた。
そして小さくため息を吐く。
辺境騎士団長の娘。
辺境伯家の嫡男。
問題児が二人。
嫌な予感しかしなかった。
そして大抵の場合。
嫌な予感は当たるのだった。




