フランスのバチクソ有能モンスターとイングランドアンチ筆頭商館長
「……拙いですね」
リュソン司教日本特使がルイジアナ西端に立っていた。60年くらい早く随分と小さな規模でルイジアナと呼ばれる様になった地。日本との交易を期待してフランスが入植した河口付近の村だ。
イスパニアおよびポルトガルに加えイングランドやネーデルランドが日本と交易を開始。インドはともかく日本との交易をせねば色々と立ち遅れる為に無理を承知の上、非常に強引且つ大規模にフロリダへ兵を送り、カロリーヌ砦の更に北にイスパニアを避けた探索拠点を設置し何とか発見して入植した地。
最近は端的且つコミカルに言って特に未だ紅茶を飲まないイングランドから「未だ日本と交易できねーでやんのぷゲラっちょ(百年戦争とかあったけどハプスブルクが強過ぎなんで仲良くしましょう。此方の極東の品をお送りしますね)」ってされてキレた為に派遣されたのだ。
宗教問題から没発したフランスの内戦であるユグノー戦争。それに対する融和政策であるナント勅令で新大陸に於いてはプロテスタントの武装さえ認めたのだから相当である。当然カトリックの戦力も注ぎ込んだ。
現在の新大陸北部の凡その状況
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人口順(誰も実態は分かってない)
◯空白地帯・◉日本・〓スペイン
◆イングランド・◎フランス
「ではル・ジャポンと私達の元に付いたインディアンが争っていると?」
「ええ、ル・ジャポンのホゥライ総督府はインディアンも国民として認めています。それらと従来敵対していたインディアンの連中が私達と同盟を結び対抗しようとした為に起きた小競り合いです。逆にさして不仲でなかった連中を通じてル・ジャポンと物物での交易も出来ておりますが」
「……なるほど」
リュソン司教日本特使アルマン・ジャン・デュ・プレシー・ド・リシュリューは溜息を漏らす。細身であり目が悪い故に極めて目つきが悪く睨む様で、好ましくない現状による鉄面皮と合わせて少々神経質な印象。
来てみて分かったがルイジアナは想像以上に規模が小さい。海賊やイスパニアの攻撃から身を守るのが精一杯の土地なのだ。控えめに言って現状インディアンと事を構えるのは不可能である。
しかし日本との通商を結ばねばフランスは立ち遅れるのだ。文化もそうだが驚く程に安価かつ大量の鉄砲を確保すると言う問題があった。特にマスケットの価格は輸入に足る上に質も申し分なくリシュリューとしては必須の物だ。
それこそイスパニアが宗教を理由に日本と険悪になっている今こそ迅速に手を打つべきだった。イスパニアの宗教的立場と財政的な打開策としてアルモハリファスゴ税と言う関税的な物を日本の物品の大半にかけた。キリスト教徒を始めとする密入国で頭を悩ませていた日本側は割とマジでキレた。
その結果として日本が東海岸へ大規模に進出したのだ。ミシシッピ川伝いに東岸部へ軍隊を送り海賊と密貿易を行っていた。
「……向こうから迎えに来るのだったな?」
「は。港を守る艦隊が此処に寄るとの事です。ミマーリ・センと呼ばれるフリゲートで構成された船団だとの事で」
小型船と聞いてリシュリューは内心で顔を顰めた。仕方ない事ではあるが船体が小さいと酷く揺れるのだ。
日本船の事はよく聞く。と言うより調べた。黒煙を吐く船を中心に5、6隻で近海を警護し海賊達を震え上がらせている。
それは私掠船船長への聞き取りだ。フランス系の海賊にはフロット・ドゥ・デカピタシオン。斬首船団と呼ばれていた。
噂の域を出ないがある海賊がイスパニア商船を襲った所に突撃してきて何故かイングランド語で収納家具と絶叫しながら移譲攻撃を敢行。その後は実際に海賊達は全員首を刎ねられて何故かコモード(箪笥)ではなくアン・ソー(水桶)に仕舞われてしまったと言う。
ただ一方で商船や難破船にとっては最後の希望となっており、大釜を乗せたハンゴーと呼ばれる船には大量の医療品や食料品、何よりも飲める水が乗せてあると言う。
此方は流石に眉唾である。船で火を炊くのも鉄をそれだけ用意するのも正気じゃない。だが誇り高いと言うのは確からしかった。
海賊になったル・ジャポンの船員は斬首、それを出した船長は切腹、腹を切る自裁をさせられたと言う。
「まぁ、期待せずにおこう。そもそも船旅は辛い物だ」
そう言って待っていると西から黒い船団が迫って来た。それらが目の前に止まれば「随分と大きい」と従者や付人が騒めく。厳密に言えば非常に長かった。
巨大ガレオン船でも全長は25トワーズ《約50メートル》程度だったが目の前に並ぶ船達は30トワーズを超えていそうだ。改装を重ねた砲甲板は無い故に砲門数こそ二十に届かないだろうが大きく多い帆は優れた快速性能を頷かせる物。何より機動力と船団と言う数は海賊達に攻撃を躊躇させるだろう。専ら大規模な製塩場と木綿畑を守る近海防衛用と考えればこれ以上なかった。
船底に塗る木タール。ル・グドロン・ド・ボアを尚一層深く黒くした様な配色は純白の帆との対比が美しい。リシュリューをして死神の様にも見えた。
同時にリシュリューは木造でああも長い船を複数作れる事に感嘆する。東洋では石造ではなく木造で巨大建築を行うとは言うが、これ程に優れた木工技術を持つとは正直思わなかった。砲列を加えればどれほどの戦力となるか背筋が凍る思いである。
リシュリューは宗教的には相容れないが航海に優れ商売が上手くルイジアナ開拓の先鞭を担った事からルイジアナ総督に任じられたアブラハム・デュケーヌ(一世の方)の仲介を以て身を証しとし小舟を経由し乗船した。
「世話になる。私が陛下より日本特使を任されたリシュリューだ。アルマン・ジャンと言う名でデュ・プレシー家のリシュリュー領の者だ。リシュリューと呼んで頂こう」
そう名乗ればマゲと言う後頭部で髪を纏めた自身と同じか少し若く見える巨人が通訳の言葉を頷きながら聞く。日本オダ朝で最も強大な家臣の一つナイトー家、その家の者は皆が大柄と聞く為、その一族だろうと当たりをつけながら。
「蓬莱副総督の縁者である隠居人。名をカツゾウサエモン。ナイトー家のキビ領の者だそうです。キビと呼んで欲しいと」
通訳の言葉にそれなりの立場の者が身分を隠してのことだろうと考えながら頷きリシュリューは握手を求めて手を出す。
「キビ・ドノ。よろしく頼む」
「よろシク、ムッシュ・リシュリュー」
遠路を行く己はともかく握手をしながら「それにしても随分と若い者を寄越したものだ」と思っていたリシュリューが相手の年齢を聞いて四十は年上のマジ隠居人だと知るまで2時間。彼はフランスに帰ってから「彼の年齢は東洋の神秘である」と語ったとされる。
今回の交渉を端緒に日本とフランスは国交を結んだ上で交易を開始した。
日本は主に燧石に砂糖とワイン。加えて木の彫刻装飾にタピスリー。
フランスは主に火縄銃と布、特に絹。それと漆器や陶器、ガラス細工を望んだ。
フランスと日本の国交の始点。ヒガシツ会談の結果であった。
「マルク諸島は織田幕府の庭となったか……」
報告書の束を読み終えたヤン・ピーテルスゾーン・クーンが言った。アーモンドをさらに細くした様な顔にカイゼルっぽい髭。それ以外のパーツは生真面目な軍人を絵に描いたようだった。彼はネーデルランド東インド会社総督である。
東インドの状況は凄い雑に言えばスペインポルトガルが「ウチの凌ぎに手ェ出してんちゃうぞワレェ!!」って感じで、ネーデルランドやイングランドやフランスなどの後発組が「なんぼのもんじゃい!!」って感じである。
尚、前者はともかく後者の三国の仲が良い訳ではない。そこを任されたと言うか任されていたと言うか、まぁそういう立場の男。
「あぁ本国の連中。それとラウレンスめ。イングランドと統合しろだと? 寝ぼけた事を」
ヤン・ピーテルスゾーン・クーンはスペインおよびポルトガルの攻撃から自分達を守る為に香辛料貿易の独占は必須だと考えていた。と言うか辛酸を舐めさせられたオランダ東インド会社の者達の大概も積極的か消極的か、はたまた剛柔の際こそあれど意見を同じくしている。
香辛料取引の独占と言えばなんか大仰に感じるが切実だった。だって時代的に貿易などというのはヤクザのシノギが上品に見える様なモンであり海の上の事は誰にも関知出来ないのだ。であれば報復の応酬の結果がエグいのは当然。
まぁポルトガルやイスパニアからすればどれだけ苦労してここまで来たと思ってんだって話だが。
「戦争無しに貿易は出来ず、貿易無しには戦争など出来ん。絶望するなかれ。敵を恐れるなかれ。この世に我等を阻む物は何も無い。ヘルマンを責める事などできるか」
アンボン総督ヘルマン・ファン・スペルト。彼が起こしたアンボイナ事件によってヤン・ピーテルスゾーン・クーンは失脚した。厳密に言えばするだろう。が、それは一向に構わない。
「だが、この結果は頂けんな」
アンボイナ事件。ネーデルランドの認識ではイングランドがオランダの拠点を日本人傭兵に調べさせた。それに恐慌したネーデルランドのアンボイナ総督ヘルマン・ファン・スペルトが傭兵やイングランド関係者を拷問の上でイングランドが攻撃するつもりだと断定。イングランド商館長ガブリエル・タワーソン以下の関係者を捕縛したのである。
全員を死刑として順次首を切っていたところにオダ幕府の船団が寄航。日本人の処刑に驚き交渉、逆上された事で千人程でアンボイナ島に上陸、実質的に島を一時的占領した。日本は状況がクソ過ぎてイングランドやスペインおよびポルトガルも巻き込み協議。
タイワン協定により日本と友好的関係にある現地国家については各国は武装解除の上で織田幕府の船団に参加して商売を行う事を提案した。
「ナツメグこそ守れたが完全な独占は出来ずイングランドに睨まれただけとは……」
日本はイスパニアとポルトガルの密航者に頭を悩ませ、また海賊の増加や海域の安定を切実に願っていたのである。赤嶺までやってくる探検家を自称する海賊とかの対応もしたかった。その為に距離と戦力的には最も強力な立場である事を前提に関係国各国に利益の代わりに規則を齎そうとしたのだ。
要約すれば「日本が現海域でケツもちすっから大人しく商売しようよ」って話である。それが日本の提案だ
イングランドは喜んだ。東インドの香辛料交易に出遅れた彼等は香辛料交易を諦めるよりはマシだと考えた。何なら金で安全が買えるのなら最高じゃねーかって感じ。故にめちゃくちゃ日本に協力して協定を後押し。
イスパニアとポルトガルは権益に手を突っ込まれた上に日本にとやかく言われて割とキレかかっていた。だが宣教師の密入国にガチギレされて禁教令どころか台湾から出ていかされらばかり。これ以上の関係悪化は避ける必要があった上、財政的に困った状況で、武装を積んでの交易は非常に無駄な商売である。そういう意味で旨味はあるので不満に思っていても従わざる終えなかった。
日本、イングランド、ポルトガル、イスパニア。あと何だったらネーデルランド本国。
ネーデルランド東インド会社も彼等の取り決めに逆らうのは勇気ではなく蛮勇だと理解している。何よりネーデルランド東インド会社内にも「金で済むなら他国に襲われるよりは良くね?」的な派閥が出来ていた。
それはヤン・ピーテルスゾーン・クーンとして非常に不満である。少なくとも二度目のネーデルランド東インド会社総督就任まではその不満を燻らせる事になった。利益を見て「うんまぁ、いっか」ってなるまで。




