アユタヤとか猛将パッペンハイムとかいう語感カッコ良すぎるどこ行くねーん将軍とかスペイン起死回生の一手とか
アユタヤ王国はスコータイ王朝のソムデット・プラ・チャオ・ソンタム王の治世の頃の話。彼のソンタム王は自国の雇ったポルトガル人傭兵が同じポルトガル人を撃てないと言う至極真っ当な理由から日本人傭兵を雇っていた。彼等をチャオプラヤー川東岸に住まわせており自身の戦力としたのである。
そんなソンタム王は貿易に積極的であった事から日本人街にはバカほど交易船が来訪していた。アユタヤ王国からは大量の塩硝や錫に米を筆頭に鮫(鱏)革や鹿革に香木や仏教教典などを、日本からは鉄砲や刀を中心に安価な布や硫黄を中心に樟脳を仕入れている。あと旅行的なノリで普通に日本からエグい人数の仏僧がバカほど来てメチャクチャ感動してた。
オークヤー・セーナーピムックとまで呼ばれるようになった日本人義勇兵の長にして日本人町の顔である山田仁左衛門尉長政がいて、彼の王が生きているまでは非常に良好な関係を日本と築いていたのだ。
だが先ずソンタム王が病に薨る事となり、弟が継ぐ筈の所を長男が継がせたいって感じになってスッタモンダの末、なんか大臣が王位を持ってったのである。
その大臣というのはプラサートトーン王朝初代国王となるオークヤー・シーウォラウォンと言う人物だった。
彼は簒奪者ではあるが非常に有能な人物である。しかし簒奪の過程においても活躍した強力な戦力である日本人傭兵。彼らを率いる山田仁左衛門尉長政が自身の王位に反対した事に悩んでいた。
取り敢えずあわよくば「死んでくんねーかな」と思いながら時間稼ぎで難治の地、要はメンドクセー土地であるバチクソ外憂内患の情勢にあるリゴール長官として派遣した。その間に王位を簒奪したが何か吃驚するくらい速攻で内乱を収束させ、攻めてきたパタニ王国を撃退。山田仁左衛門尉長政が王を殺された事を理由に挙兵してクソ最悪の状況になったのである。
マジでギャラクティックハードモード。
山田仁左衛門尉長政の毒殺も考えたが自分達の頭を殺された日本人がキレると拙い。反感を抱き不穏分子となったらガチで洒落にならない状況。王子を殺した事で山田仁左衛門尉長政が反感を覚えたからと、その山田仁左衛門尉長政を殺せば話が済む状況ではないのだ。
またエゲつねぇ量の錫と米欲しさに日本人がエゲつねぇ程に来訪しており、当時の戦国のノリの残った日本人の気性を深く理解しているオークヤー・シーウォラウォンは分かっていた。
例えば日本が鎖国を始めつつあり日本人の数が少なければ夜襲焼き討ちって感じの強引な対処も出来るだろう。だが少なくとも現状では無謀というか最も取るべきではないというか、もう普通に不可能な選択である。
理由としてはアユタヤは日本船団の寄港地となっており兵だけでも三千を超えている。しかも日本は現状の明を除く交易相手国の大半と誼を通じて、重武装の護衛船団を編成し商船を何度も送ってくる様な相手だ。海禁政策を転換をした現状でも海上では古くから付き合いのある明よりも積極的な姿勢を見せている。
そんな国相手に手荒な真似は出来ない。戦力的にも商売的にも無理。あとカンボジアとかに行かれたら本気でヤバいのだ。
たぶんアユタヤ周辺状況
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Aタウングー王朝・B明・C大越・Dラーンナー王朝
Eランサーン王朝・Fアユタヤ・Gカンボジア王国
Hチャンパ王国・Iパタニ王国・Jアチェ王国
で、だ。
王となりオークヤー・シーウォラウォンからプラサートトーンと呼ばれる様になった男は速攻で日本と交渉を開始した。
「日本船団はカンボジア王国ウドンに受け入れられた。その為に別の人間は送れない。と、申しております」
プラサートトーン王は通訳の言葉に頷いた。内心めちゃくちゃ困っていたがそんな事は表に出さない様にしながらだ。敵対国に日本傭兵や商人が出ていくと本気で困るのである。でも今はそれどころじゃない。
日本人傭兵の戦闘力は味方にすれば頼もしいが敵となれば恐ろしい。で、あるからこその現状、最悪の災厄が来てアユタヤが危ない状況。でも敵国に傭兵が行っちゃうとマジで無理。戦力的にも商売的にも日本に離れられると困る。
山田仁左衛門尉長政が敵対姿勢という名の軍事行動を取る事は確定的、その為に偶々現れた日本船団に織田幕府への信書と共に仲介が出来ないかと、幕府船団長に交渉を申し出たのだ。
日本側はマラッカはアチェ王国のイスカンダル・ムダ王と誼を通じ始めていた。またカンボジア王国やチャンパ王国とも少しずつ国交を築きつつあったのである。だが現状の硝石の入手先はアユタヤとインドのゴアに集中していた。
さあ安定させるぞ的な国内事情の日本は簒奪は好ましく無いが交易の途絶も困る話。だが今回の事は開拓したい場所が山程ある幕府にとり面倒な話だった。山田仁左衛門尉長政に対しては郷に入っては郷に従えと言う感覚で考えている。
「|オークヤー・セーナーピムック《山田仁左衛門尉長政》の治めたリゴール。此処の地の徴税権を認め日本の居住する第二の都市とする話で如何か」
日本通訳から王の言葉を聞いた日本船団長が話せばそれをアユタヤ通訳が話す。そう言う形の交渉の席だった。
「交易を深くすると言う話は歓迎する。|オークヤー・セーナーピムック《山田仁左衛門尉長政》の説得も試みよう。長官に相当するダイミョーとすれば統制する名分もたつ。と、申しております」
「そうか」
「キビコクシの商会が|オークヤー・セーナーピムック《山田仁左衛門尉長政》と交渉を行うと」
これが日本の東インド会社に相当するリゴウル回漕株仲間の誕生だった。
ドイツはザクセン。ライプツィヒ北方のブラテンフェルトに軍勢が相対していた。北方には百程の大砲と縦陣を重ねた軍勢、南方には三十程の大砲と方陣を連ねた軍勢。彼等はプロテスタントとカトリックに分かれて争っていた。
方陣を連ねた軍勢の側面。左翼に控える胸甲騎兵集団の前でカトリック勢の中で最も野生的な男が馬上でサーベルを握った。彼に続く槍を捨てた騎士達は黒く塗られた鉄の胸甲キュラスを纏い馬上鉄砲を抜く、神聖ローマ帝国のに雇われた黒き重騎兵シュヴァルツ・ライター達である。
彼等の先頭の男が気勢を発する。激烈な怒気と猛烈な戦気を立ち上らせる。猛将パッペンハイムは大きく息を吸った。
「我が黒き竜達よ!! 遠方イスパニアより来たる友柄達よ!! 敬虔なるカトリックの守護者達よ!!
前を見よ!! 異端だ!! 世界を乱し世界を敵とする反逆者共だ!!
奴ら豆粒の様な駄馬に跨る北方の田舎者の分際で!! 愚かにも神と!! 我等陛下と!! カトリックの軍に!! 偉大なる修道士ティリー伯へ大砲を並べて我が物顔で佇んでいる!!
あのふざけた連中の横っ面を我等騎兵が殴りつけずに何とするか!!」
マクデブルクの劫掠で名を落としたがゴットフリート・ハインリッヒ・ツー・パッペンハイムの豪胆さと勇猛さは欠片も変わらなかった。
故に。
「続けェッ!!!」
パッペンハイムは猛将である。勇猛果敢を通り越して勇猛苛烈な猛将だ。今代欧州世界における最も強力な騎兵指揮官だった。
戦争における思い切りの良さは力だ。不屈の精神は勝利に必須だ。だが今回はそれらから発揮された猪突猛進が仇となる。
戦闘を進むパッペンハイムの巨馬が立髪をはためかせ始める。二つの耳の間から銃を突き出した彼は気付く。スウェーデン陸軍元帥ヨハン・バネールが率いる敵軍の異様さに。
「前へッッッ!!!」
だがフォアヴェルツ。パッペンハイムには前へ進めと、そう言う他になかった。
彼にとって感覚的なもので説明も出来ないが、それを明文化すれば荒れ果てた故郷ドイツの地で麾下騎兵を養う難しさ、異端が目の前にあって籠城をする己と兵の忍耐の限界、それによって全軍を此の大決戦に引き出した責務があったのだ。
その上で総大将ティリー伯より耐える様に厳命され突撃を2時間耐えた。未だ彼の許可は降りていないが彼我の三倍にもなろう火砲の劣勢から断行した以上は退けない。
そもそも既に命令を下し突撃の掛け声を下すしか無い距離、敵の銃口が目の前にある今カラコールなど無意味、止まれば無駄死に以外の何物でもない。
猛将パッペンハイムは敵軍が突き出す物の内で七割近い銃口に向かって進む。
「ヴァール・インテ・レッド!!! ……シュー!!!!!」
敵将ヨハン・バネールらしき男の声がパッペンハイムの耳に入り黒色火薬の臭いと煙が全てを覆った。見えも聞こえもしないが感覚的に麾下の人馬が逃げ出し倒れ伏して積み重なる。実際に耳と視界が戻ってもその通り。
それでもパッペンハイムは突撃を繰り返す。繰り返すしか無いのだ。
その最中ティリー伯が動きパッペンハイムとは真逆に位置する敵軍、ザクセン選帝侯ヨハン・ゲオルク1世を集中攻撃し撃破。
スウェーデン軍は側面を突かれる状況に成り果てた。既存の軍であれば戦いは此処で終わっていただろう。だが北方の獅子王グスタフ・アドルフは側面に即座に軍勢を回した。
単純明快にして至極当然にも思えるこの時代では迅速を通り越した神速の部隊移動。それが出来たのはオランダ式戦術と小型の大砲のおかげ。既存編成より指揮官を増やし部隊を小分けにした柔軟な機動性による物。
側面を突いた筈のティリー伯が逆に押され始め、遂には三方向から圧迫されていく。
「ティリー伯の撤退を補佐する!!」
五度にわたる突撃を敢行したパッペンハイムは酷く数を減らした麾下の兵に命じた。スウェーデン軍の鉄砲が少なければ後2回は突撃を敢行していただろう。猛将パッペンハイムにとっては汚辱。
彼が自身の思う汚辱を濯ぐのはリュッツェンで戦死する時にまで待つ事になる。まぁそれも突撃した上で、総指揮官だった内政と指揮能力において今代トップレベルの最強傭兵に「どこ行くねーん」的なツッコミをさせただろう、そういうモーションかました末だが。ともかく少なくとも今はカトリック同盟最初の大敗北を噛み締める必要があった。
さて唐突に織田幕府の船舶について語る。基本的には木船と鉄船に大別し、更に帆船、機帆船、蒸気船、石油船という括りが続く。
大多数が木造帆船であり、これは各大名や商家も持つ事ができた。だが木造であっても機帆船は持つ事が不可能で、鉄船となると購入さえ不可能な有様である。それは情報秘匿の観点から禁止されているのに加え、そもそも造船費用が高額すぎて造船する事が不可能なのだ。
織田将軍家、御三家、五津田家、岩室家、丹羽家、内藤家、滝川家、柴田家。これらの家が軍船と商船を兼ねて配備出来る代物。ここに赤嶺、蓬莱、北奥の三大太宰府家と太宰府補佐の左右少弐家が加えられているが幕府の補助で漸く造船できる状況。
それらの家も航路に関しては赤嶺、蓬莱、北奥の各太宰府と日本を結ぶ環状航路に投入されている形で、赤嶺から鉱石、蓬莱から石油、北奥から材木、各地へ機関車や重機と人を送るのが専らの仕事だ。
「ああぁ神よ。何これホント何」
船の上でヌエバ・エスパーニャのフィリピナス総督フアン・セレソ・デ・サラマンカは顎をシャクレさせて愕然としていた。彼は日本との関係改善を求めてフォルモサへ向かう最中である。
ヌエバ・エスパーニャは88,800ペソの負債から始まりテルナテ王国との関係不安定化、マカオのポルトガル人が中国との交易に横槍を入れている状況。
何より第二次皇帝の使者窓の外にポポーイ事件を端緒とした三十年戦争の継続が彼等を動かしていたのだ。
もうちょい詳しく言うと日本の大増産している安く上質な木綿織物。これをイングランドがムガル帝国の伽羅の香と交換した事で西欧に広がった木綿織物。日本人がブッ壊れたように「伽羅香、伽羅香」と繰り返す所為でソレが訛ったキャラコや絹と言う日本製布製品による出費の対応。
三十年戦争への対応で日本からフランスが莫大な金銭を使って仕入れている膨大な数の火器をイスパニアにも輸出して貰う交渉。
フィリピナスの隣国のイスラム国家テルナテ国ハムザ王、彼が乱暴では無く宗教的な押し付けがない日本との友好を強力に推進している現状、武器輸出を抑制する乃至は外交の仲立ちの依頼。
これらヌエバ・エスパーニャ延いてはイスパニアのルナティックモード的な危機的状況の好転を欲したのだ。
まぁ極東にいるフアン・セレソ・デ・サラマンカは距離的に知りようがないが、実はリュッツェンにて戦死してる北方の獅子王スウェーデン国王グスタス・アドルフ。彼があまりにも強すぎてハプスブルク家がヤバいと言う切迫に加え、フランスが反ハプスブルク家として立っていると言うヤバさ。
本国の重大なる危機。武器と資金を得る為の起死回生の一手を引っ提げて日本へ向かい嵐にあって死にかけてた。流石に神空気読めと思った。
そんな中で見た幻。遠く遠くに帆の無い真っ黒な巨艦が二十隻ばかり嵐の中を悠々と進んでいた。それらは波間に消えていく。
「此処は……魔の海域か? 幽霊船だ!!」
「嘘だろ!! ああ!! 神よ!!」
「う、ううう狼狽えるんじゃあ無い!! イスパニア軍人は慌てない!!」
「アンタが一番慌ててるじゃねえですか!!! いいから帆を畳め馬鹿供!!」
此の三日後に彼等は日本船団に発見されて船の上とは思えない美味な食事(缶詰)を泣きながら食べる事になる。ただ台湾での交渉はルソン島の一部譲渡を対価としたテレナテ国との仲立ちと莫大な金銭取引以外は上手くいかなかった。ただ割と付き合いが長い為に新大陸南方の植物などを持ってきてくれれば買うと言う言質は貰うことが出来たのは幸いである。
「乱暴者のネーデルランドが力を持つよりは日本の方がマシ」
と、言わしめるに至る。




