資金と数奇
ヨーロッパは三十年戦争を続けていたが日本は極めて安定した平和に入っていた。織田信長の死後も織田信忠が健在。すでに大御所となってその孫が過不足無く政権を運営しているからだ。
と、言うか日本国内の軒並みの宗教勢力が武力を奪われており、国内に敵なんて居ないしなんなら国外にも商売敵しかいない。
だからこそ近代的組織へとゆっくり変わっていけば問題などあんましなかった。
「ほう。アンタは赤嶺の紋人か。日本は狭いやろうけど楽しんでいきや。狭い場所は苦手やろうに良う来てくれたわ」
役人が淡々と言う場所は大阪城堺港曲輪。もう曲輪っていうか普通にバカデケェ港湾設備。此処は航路と線路の接続地である。
その港に停泊した赤嶺から訪れた蒸気船より続々と人が降りて来る。彼等は赤嶺太宰府にて船員として雇われた者達だった。大量の鉄鋼や果物を運び北方の物品を仕入れて帰るのが仕事だ。
検疫を終えた彼等は割符を渡されて二、三言葉を交わして手続きを行い、大坂城城下町へ流れていくのである。
「まぁ狭いは狭いが塗る本があるからな」
褐色の肌に刺青。厳密に言えば瘢痕文身で描いた紋様を見せる紋人が品のない顔で言えば、対応している役人も同じかそれ以上に品のない顔で。
「お客さんも好き者なんやねぇ」
「まぁ塗る本だけじゃないが。関守殿もだろう?」
「ヘッヘッヘ違いあらへん。あ、船乗りやったら環一大宝伝の新刊出たで。ぬるほ」
「がっ」
「楽しんで行きや〜」
二人は揃ってヘッヘッヘと笑いながら別れた。最後に交わした「ぬるほ」と「がっ」とは隠語だ。。
元来とあるチート存在により広まった文や絵に加え漫画などが武家や公家を中心に広まっていたのである。そこから紙の増産に伴い文化としてゆっくりとだが着実に浸透しており、昨今では秘事として春◯漫画と呼ばれる紳士淑女御用達の本が出回り始めていたのだ。
そう言った本は大っぴらに売買するのは憚られ、また当然だが廃棄するのにも気を遣い黒く塗られる為に、塗る本と呼ばれていた。故に「塗る本を手に入れてきてくれ」に対して「合点承知」と言う返しが短縮されて出来たものである。それが◯画漫画だけで無く漫画全般を愛する同好の士に広がったのだ。
そんな物が広がる程に外海の土地も日本に染まっていた。その元凶はメチャクチャ慌ててたけど便利だからしゃーない。あと現地にエゲつねぇ勢いで日本人が増えてるのも理由である。
ムガル帝国アーグラ城塞宮殿。割とマジで偉大な皇帝シャー・ジャハーンは木綿や絹の布を手に取ってた。それは明の更に東にある日本という国から「ウチとも取引しよーよ」的な国書と共に届いた物だ。
陶器、漆器、生糸、絹、茶、見たことの無い動物の羽や毛皮。これらの献上品はまぁ別に良いのだ。数多送られた手工芸品に於いては明に似た物でまぁ好みの差である。
問題は中では無く外。厳密にいえば献上品を包んでいた布である。数多ある献上品を包むソレ。
「ただ宝物を包む布の質では無い」
ムガル帝国は世界で最も豊かな国だ。隔絶した財力を背景とした最盛期。ルナティック愛妻家皇帝がタージマハルとか作れちゃうスーパー強強時代。
その強さの根元たる財力を支えるのは豊富な産物である。硝石を始め様々な物があるがそのうちの一つ綿織物は輸出品の主力である。だからこそ皇帝は手に持つ代物のヤバさに気づいていた。
いや、宝物を包む布としてなら問題はなかったのだ。皇帝を焦らせたのは売り物として持ち込んだ品物の監査に拠る。極めて安価な綿織物が膨大に持ち込まれていたのである。
「日本はこれを如何やって生み出している? 鉄砲の価格も余りに安い」
これはどっかのチートが産業革命させちまった所為だった。質に於いて機械が手作りに劣る事はある。特に初期の機械であれば余計にだ。だが機械の安定的な質と生産量とコストに手作り品は勝て無い。
今も水車が主体だが蒸気機関を用いた紡績と機織りでガンガン布を作ってた。輸出もそうだが国内でも外海でも布は必要だから冗談の様に膨大にである。生活に布なんて幾らあっても良いのだ。
あと序でに鉄砲も高炉と底吹転炉使ってバカほど鉄鋼を生産。鉄道や船舶に重機と鉄橋と共に鉄砲を生産していた。何だったら旋盤使ってるので未だ雷管とか無い為ライフリングをツルッツルに削って輸出してる。
「……内乱で疲弊したヴィジャヤナガルへの出兵も控えている。だが余りに安価な木綿は受け入れ難い」
皇帝シャー・ジャハーンは逡巡した。宰相アサーフ・ハーン及び軍司令アリー・マルダーン・ハーンと相談の上で日本と交渉。
木綿を持ち込まない事を条件にポルトガル商館のあったベンガル州都カルカッタ北方のガンジス川の派川フーグリー川西岸に日本商館の建設を許した。
あわよくば「ナメた真似してくれやがったポルトガル潰してくんねぇかな」って思いながら。
オランダの一部の人々がチューリップで絶望している頃の北奥。
「アトカ殿。待たせたな!!」
北奥天佑津で侍が橇人に笑いかける。アトカと呼ばれた橇人も笑顔を返した。2人共に服装も木綿を用いたダウンコートを着ている。
「言っちゃあ何だが待ち望んだぞ喜平次殿」
「それは俺もさ。だがやっと完成した。これなら冬の雪も多少は如何にかなる」
北奥天佑津の線路の上に巨大な列車が幾つも下されてくる。それは石油式回転翼遠投型雪掻車であり刃を生やした丸い口を開ける怪物みてぇだった。早い話が重油燃焼式ロータリー除雪車である。
「これで少々の雪なら材木も紅鮭や白樺蜜も輸送できる。そうすりゃあ茸も服ももっと持ってこれるぞ!!!」
北奥は洒落にならないレベルで寒かった。経度的なアレで凄い北の土地で当たり前だが白地より寒い。何なら余りの寒さに発見者が「八寒地獄か此処ォッ!?」って絶叫した八寒以上である。だから雪という障害により如何しても開発が一歩遅れていた。
……まぁ南は南で台風と虫と病気があるが(労力とか度外視して)割と何とかなる。だが雪ってか豪雪により生まれた白い壁はマジでどうしようもねぇ。大森林も大概だがアッチは切り倒せば十分に通れるがコッチは毎年封鎖されるのだ。
「これなら探索先も広げられるな」
海獣海峡東岸。北奥北越国北春日山藩代官上杉喜平次定勝は思う。此処は良い土地だ。
祖父が織田家との戦いの最中に死亡し、命は助かったが越後を後にした。その後に父が織田幕府より「寒いところの統治とか慣れてるんじゃね?」と上杉家復活を条件に代官として抜擢されてより治める土地。正直今でも寒すぎるだろとは思うが愛着も確かである。
でも何か鮭とかキノコとか食ってないと何か死にそうになる。だからこそ沢山の交易がしたかった。あとバカほど寒いから骸炭がほしい。
尚、傾奇者が 麗那川あたりまで行って、数年前にコサックと会っちゃった為に、彼はこの年に雪中の戦場に放り出されることになる。織田幕府北奥軍団の援軍として活躍、八寒河中国司麗那藩代官となるのだった。ボフ・ヴァヌイ上杉喜平次定勝の登場だった。
日本吉備国鶴山城万象館。どっかのタイムスリップだか転生だか前世の記憶を持って生まれたチート存在内藤長忠。そんな男が必要になるだろうと建てた化学研究の推進と援助の為の機関の出発地点である。そこには世界中から様々な物が集められていた。要は研究サンプルだ。
チート存在の世界線で言えば東はインド洋、西はミシシッピ川、南はオーストラリア、北はアラスカまで日本人が探索を行った。更に欧州最強のスペイン王国やインド洋の覇権国ムガル帝国などの大国とも関係がある。
そんな国が掻き集めたサンプルが慎重に保存されていた。
また日本は凄い経済発展中である。早い話が産業革命。転炉を用いた莫大な鉄鋼生産力。街諸共改造する上下水道から始まり鉄道船舶の航路鉄路のインフラ延伸。それらを持ち込み商業的なアプローチによる比較的融和で膨大な移住。オーストラリア、アメリカ、アラスカかから始まる各地の開発と融和的っていうか寧ろ積極的同化。木綿や絹に陶器を始めとした工芸品、鉄砲と大砲に日本刀などの武器輸出、東南アジアに於ける貿易保護目的の護衛費用。
兎にも角にも日本は凄い儲かっており、初代が株の四割を将軍家に実質譲った事から、ほぼ将軍直下の財閥的な何かに変貌した内藤家の後援する万象館では、内藤家四台目の内藤吉備国司良忠が数奇者を集めていた。
「数奇!!」「数奇!!」「数奇!!」「数奇!!」「数奇!!」「数奇!!」「数奇!!」「数奇!!」
日本においてはもう残照くらいしか残っていない戦国の風紀が……此処に蘇ったようだった。彼等は数奇者、一般人が気にも留めない事を自腹を切ってっていうと時代的にアレだから……大枚叩いて探求する者。九州より来訪した誰かが言った。
「まっ事恐ろしか……!! 此処鶴山に日本を二分する東西の数奇者が一堂に!!」
その数奇者の中でも万象館を大鬼直々に任され今日まで運営してきた佐久間万象軒信栄の息子で、内藤吉備国司良忠の教育も担った佐久間万象軒存盛が周りを見る。
「全日本の数奇者。大名、公家、町人集めるたぁ……今代殿も大した男よのう……!!」
現れ壇上に立つ。内藤家としては小柄な190線智の身体。黙して語らぬ彼。
「四代目だ!! 御若い」
「少弐のな。 うぬ、噂通り」
「四代目……ありゃ探求白衣やんけ……!? あの御方は金かけてやがる……!!」
ス、と内藤吉備国司良忠が目を見開く。
「皆様、良く御集り頂きました。幕府大老吉備国司家少弐朝臣内藤勝三左衛門良忠で御座います」
静まり返る。
「研究とは時と金がかかります。数奇、酷ければ数奇道楽とまで言われる。私は大名故にその経験がある。それは悲しいかな仕方がない」
苦渋の表情で語られるどうしようもない現実に数奇者達は多かれ少なかれ抱く。納得と理解と諦念、そして同胞意識を。内藤吉備国司良忠は元服前にある開発を最後に大名として働く為に数奇の道を諦めた男なのは有名な話だ。
例えば病気。これを治す為に借金をしてまで研究をする者がいた。志は素晴らしいが他者からすれば結果が出るまでは無駄。時間と金を掛けて目的を達成出来るかも分からない。それが研究。
機構を試す者がいる。思い付きはしても一町人に用意出来る資金など高が知れた。何より思い付いた機構を作る伝も無い。何より思い付いても自分では作れず稼ぎにもならないのだ。それが試作。
子供の頃より焦がれ造りたかった物を造れると分かった者がいた。だがそれを完成させるには上の許可と援助と資金がいる。今直ぐに必要なら話は別だが無用の長物を税を使っては作れない。それが開発。
故に研究者ではなく数奇者。そう呼ばれるのである。
「資金、人脈、保証、成果、状況。それらが為に足を止め、研究を捨てる事になった。そう言う経験も有るでしょう」
内藤吉備国司良忠を見開く。
「鬼屋、否!! 内藤家の全ての力を結集し大樹の後押し、これらを合わせて万象館にて研究の全てを援助する!! 研究者諸兄に求めるのは一つ!! 知識の共有と秘匿!! ただそれだけ!!
金は内藤家が出す!! 研究する為に必要な物も!! 開発するのに必要な物も!! 試作するのに必要な物も!! 実用化するのに必要な物も!! 全て全て!! 此の大鬼が出し尽くす!!!
発見あれば幕府に願い名字帯刀を認めて頂いた上で内藤家旗本として遇す!! 研究を実用化しそれ等を用いて作った物は五部を内藤家が責任を持って三代!!! 必ずやこれを払い続けよう!!
また幾ら調べても分からぬ事はある!! 御爺様が外海探索の折に進めた柑橘類!! これを始め壊血病にモヤシや猿梨が効く理由も未だ分からん!! 故に成果無くとも今は分からなかった事として記録代を出せば金一封と職の斡旋もしよう!!」
研究者達は愕然とした。それに必要な莫大な資金。どれほど金勘定に疎くとも理解出来るのだ。
だが研究の推進と技術の秘匿と言う見方をすればこれ程に良い物は無い。問題はそんな金を普通は用意出来る訳がないという事だ。まぁこの世界線だと何か普通に出来ちゃったんだけど。
それを淡々と説明する。聞いて理解すれば研究者達は夢心地だった。内藤吉備国司良忠は最後に言う。
「探求の刻は来たり。万象の追求は絶対也!! 数奇と言う汚名を破壊する!!」
様々な金属を溶かし混ぜていた鍛冶屋の道楽者が。
「し……資金全部ッ集めたら。山みてーにまた検証……実験してぇなあ〜〜・・・!!」
「実験すれば善し!」
縋るように植物を集めて樹液の特性を記録していた者が。
「邪魔な成果主義……無視して……いいんスかァ!?」
「無視して善し!!」
機構を思い付いたは良いが金の足りなかた者が。
「資金申請!! 飛ばしてええのか!?」
「飛ばせば善し!!」
内藤吉備国司良忠が咽び泣く研究者達の背中を押すように頷き。
「神羅の一端を知ろうぞ!!!」
こうしてエゲつねぇ稼ぎをエゲつねぇ程に注ぎ込んでエゲつねぇ勢いで研究が推進され始めた。
一旦、書けた奴全部です。
暇つぶしにでもなってたら幸いです。




