日の沈まぬ帝国の日没の足音と東南アジア
建築されたばかりの江戸城政所大会所で将軍が座っていた。織田太政大臣信忠の前には幕府直下の軍の頭達。また村井民部少輔貞勝が控える。
織田信忠が全員を見て、言った。
「百年後戦記だ。如何思った?」
それぞれの手には百年後戦記と銘打たれた本が並んでいた。それは市井に販売されている物とは違う原本ママの物を印刷した物だ。これは未来を生きた前世の記憶を持った男である内藤長忠が描いた漫画である。
もう織田幕府とか出来ちゃってるし、織田家や戦友に家臣臣民と平穏無事でいてほしい者達の為になればと、歴史の変化が云々とか悩む状況では無くなった為に書かれた代物。
ただ内藤長忠の知識的に描けるのが第二次世界大戦頃の物しか無かった。現在の欧州で伝統的な槍に銃を加えた角形の方陣テルシオとか、テルシオを四片にバラして大砲と馬と銃を混ぜた三兵戦術、そこから派生する戦列歩兵どころか第一次世界大戦くらいまで全然書けるほどの知識がなかった結果。
「この大和。これは流石に難しい。故に此方の小さな物を造ってみては如何か。凡そ百目取ですから一町程の船。百年後戦記で申せば駆逐艦をです。これであれば幕府の水軍軍事力の強化にもなりましょうぞ。
外海に行く為に今使われている蒸気船。これ艦橋櫓を伸ばし中央に砲塔を置けば良い」
「いや待たれよ。確かに大和もカッコい……失礼。水軍の強化は必須。故にそれは当然として車輪がないからこそ履帯を持った戦車を試作するのは如何か?
虎車カッコい……ゲフン。波進斎様の造った石油式の機関も目処が付いておりましょう。船だけと申さずとも難しくは無いかと」
「それで言うなら戦闘機を目指して乗り凧に乗せられる原動機は如何か。何、規模は小さくて宜しい。波進斎様に御頼み申した上で淡海にて試作を」
全員そうだが特に幕府直下の幕臣。裃に丁髷結ってる連中がガキみてぇな顔で各々が気に入った兵器を造ろうと声を上げた。結構な割合で男の子はゴツくてガチャガチャした物が好きである。それは幾つになってもだ。
気持ちは分かる。だから織田信忠はちょっとモニョッとした顔で重臣達を見つつ。
「そう言う話では無い。聞き方が悪かった。先ずは皆に思い出して欲しいのは蓬莱の話だ。あそこはイスパニアと接している。大抵の羽人とは上手く関わっているが賊がいない訳では無い。
また賊の類であれば如何にかなろうがイスパニアと言う隣国が出来た。とすれば兵を置かない訳にもいかん。掻き集めた西洋の軍制を鑑みれば何もせずに居ては置いていかれよう。
何せ百年後戦記にもある上に波進斎御老も仰っていたが彼等は鉄砲を造った者達だぞ。イングランドに加えフランシアなる国もあるというしな。乱波は勿論だが知らずのうちに重要事を漏らしているかもしれんのだ。
故に百年後戦記を手本として軍政を変化させるべきだと思うのだ」
「相国。宜しいか」
「鬼夜叉。何かあるか」
将軍が嬉しそうに聞き返した先は吉備四位と呼ばれる内藤忠吉だ。内藤長忠の子で吉備国司などと呼ばれる巨大な身の丈の男である。
「父上が変化は必須なれど緩急過ぎれば身を滅ぼすと言っていました。外海の羽人や紋人などは厳密に申せば違いますが、国人衆の集団ないし武士団の様な物と伺っております。此処は今のまま相国の与力同心として取り入れるが宜しいかと。
故依って軍制に関しては馬廻や軍団直轄、出来れば最初は希望した軍団のみで試すべきと心得ます。問題の蓬莱であればエウロパとは付かず離れず、敵せず和せずを維持できましょう。羽人はエウロパの者達を余り良く思っておりませぬ故」
「うむ」
「また父上が海岸沿いに鉄工所を建てておりますが、それ等を操業するにあたり我が家にて世話しております孤児院の子等、彼等も外海に出る事に頷いてくれております。防諜という意味では御安心頂きたく。
以て慌てず父や弟の話を鑑みればこのまま融和的に蓬莱の羽人に受け入れられる事が寛容かと。また将兵を送るのであれば禁令を確と聞く者を送るべきと心得ます」
現状の織田幕府はネーデルランドを失ったイスパニアが血涙を流す程の金満政権だった。
内藤家の事業に株式に近い形で投資しまくっており、内藤家は主に繊維工業、鉄工業、鉄道業、海運業、製造業、教育業、製薬業、軽工業、重工業などに精を出している。
スゲェ雑に言えば天領と各地の港湾と鉱山に加えて投資で稼げており即ち。
「焦るべきでは無いか」
「は。既に台湾と関門島に挟まれ呂宋のイスパニアは動けません。実際にイングランドおよびネーデルランドとの交易も非難こそすれ止める事はしなかった。
蓬莱のイスパニアを見れば警戒を重ねて間違いは御座いますまい。宗派問わずキリシタンは知らねば危険ですが酔うのは恐ろしい」
「確かに羽人の言うアステカなる国の話が半分でも真実なら余りにも恐ろしい事だ。また父上が九州で知ったイスパニアとキリシタンの思惑も鑑みれば警戒は解けん。とは言え敵を知らねば危うく近づきすぎても遠のき過ぎても問題だな」
「は。鉄船の事は既に露見していておかしくはございませんが、それでも諸々の物は秘さねばなりません。我等とて火縄を作れたのですから彼等であれば何をいわんや。
私は明日にでも蒸気機関を真似られても驚きません。転炉は未だしも高炉なども思い付けば単純に御座います」
「うむ。当然の事だが鉄の重要性は向こうのほうが知っていような。それに木材だ。
燃料としても建材としても材木は必須で船舶を作れば多量の材木がいる。我等もようやく鉄船と北奥や蓬莱の材木で一息付いたのだ。材木を求めて此方の海に入り込む事も有り得よう。
そうさな、技術と軍事力の強化を急ぎ、それを秘匿せねばならん。故に皆には重々に留意して貰いたい」
織田太政大臣信忠の言葉に家臣たちは揃って頷く。
「で、だ。話を戻して軍の事だ。日本に於いては一軍団の兵員を千程まで下げようと思う」
「宜しいので?」
越州国司丹羽長重が問う。国司家は自前の領地と軍を持つ。即ち自前で軍隊を養わなければならないのだ。
だが軍は人材や費用を非常に食らう。なくてはならないが減らして良いのならそれは有り難い事だった。
「それより船の方にこそ人を割きたい。蓬莱の東の海では海賊が増えていると聞く。ともすれば赤嶺までの航路も何時迄も安全とは言い難いからな。
護衛の船には三百程の兵を乗せるだろう。陸の兵よりそちらの方が重要になると思っている。何せ最低でも五隻船団だ。
当然、陸も必要になれば増やして貰うが今は内に籠るより外に出るべきだろうと思う。ジャガタラのバンテン国が申してきた要請もある」
千という数は凡そ本備えと呼ばれる大名重臣直下の部隊数と凡そ同じだった。日本国内はもう戦争とかほぼ無いので最低限で良いかなっていうノリ。
全員がそこに異論はない。現状の陸兵は精々が警邏くらいしか仕事が無いのだ。だが海兵は資産の盾となる。
要は自分の稼ぎを守る戦力で、船を持つ将軍家や国司家は数を増やそうとはしても、減らそうとは考えていなかった。
「問題なさそうだな。それでは編成の事だ。百年後戦記を真似る事を考えてはいるが……」
「難しいでしょう」
村井民部少輔貞勝が織田太政大臣信忠の代わりにキッパリ言った。最も軍事的に進んだ織田家の馬廻でも大まかに言ってしまえば兵種毎に20人程を指揮する組頭、それらを纏めて300程を指揮する侍大将が基本的な指揮官と言うものである。近代で言うと凡そ中隊長と分隊長くらいの感じだ。
当然彼等にはそれなりの給料が必要。しかし百年後戦記にはもっと沢山の階級が出てくるのである。それが物語だと笑うには銃の進化が著しかった。
要は一人の兵の火力が増し過剰となっており十人ほどの指揮官の必要性を認識していたのである。同時に外海に於いては特にイスパニアと接する蓬莱にはそれなりの軍勢が必要だとも考えていたのだ。
「民部の言う通り全ては真似られん。故に先ずは組頭の半数を纏める者だな」
織田幕府の軍制改革。これは特に理由は無くても行われた。その余裕と目指す姿があった為だ。この時は特筆すべき事として練兵の一つとして水練が加えられた。それは水軍で無くともだ。
元々は武家の水上戦とは漕ぎ手の船を任せて戦う物。すげぇ雑に言えば上陸戦闘を行う海兵隊みたいな感じだった。織田信忠もそれで戦国最強の一角であった上杉家を下し名を高めている。
これにより日本の軍隊は水陸問わず海兵隊の素養を持つ事になる下地だ。またそれはこの時代にも則した物だった。
織田信忠は一人の弟を出迎えた。遠く欧州を見聞してきた弟だ。
「イスパニアの三世殿はついぞモリスコとか言う別の教えを信奉していたキリシタン達を追放する勅令を出したか」
慶長遺欧使として欧州を見て回って来た弟にして長津藩主遣欧使織田家ドン・ペドロ・オダこと織田三吉郎信秀が訝しむ様な顔で頷いた。
「ええ兄上。それもモリスコなる者達は商人や農民が多かった様ですが皆外にやってしまったのです。その割にはイスパニアは危機感がない。
……兄上、無礼を承知で紡績機等を知られてしまったのでしょうか?」
「流石にそれは無いだろう」
「と、すれば何故……? 農商無くして国は成り立ちません。そも紡績機を暴かれても農業は如何しようも御座いませんし」
「うむ、普通に考えれば父上なら、やらんな。お前はどう見た?」
「確実に何かを隠そうとはしておりました。とは言えイングランドに負けたのは周知の事。他の事となると皆目見当も付きませぬ」
「……で、あれば。そうさな。それだけの事をして問題ない何かを得た。波進斎様が作った蒸気機関か、いや石油機関を作ったのやもしれん」
「まさか……アレは難しい発明です。しかも膨大な鋼鉄がなければ。
いや、だが私もイスパニアの全てを見た訳ではないか。言うまでもなくイスパニアは余りにも広大でした。高炉を隠していても何らおかしくないかと」
「だな。露見した可能性は考えておかねば。線路は既に真似られていたのだろう?」
「は、牛馬を使っておりましたが確かに。桟橋より蔵への短い間で、ただ形状は鉄の角棒でしたが真似ていたのは事実です。見様見真似と言うには些か……」
「面倒な。そうなると知られているかも判別ができん。確か何度か届いた手紙ではヴェネツィアなる地も似た様な事をしていたのだったな? そちらは随分と昔からやっていた様だが。
……いっそ忍びの者で送りたいぞ。こう程度を知られているかを如何探るべきだ」
「ハハハ……密偵の類も溶け込みようも無ければ即座にバレますからね。真似るなと言って知らぬ術を教えては本末転倒です」
「報復するにも距離がありすぎるからな」
「そう言う意味ではサン・フェリペ号はちょうど良い理由となりましたね。鉄船の方は何度か見られているだろうから既に知られているのでしょうが」
「それが鉄板銅板を打ち付けた船だと思っておる様だぞ。上の者も本願寺との戦の事を知っていて、鉄板を貼り付けたと言うのを信じ込んだ様らしい。何せ昔に甲冑を側面に広げた船に付いて聞かれた」
「兄上、イスパニアの造船所を見聞した折、此方では一般的で向こうでは小型の物ですが船に銅を張っていました……」
織田信忠は思わず顔を顰め。
「ハァー……宣教師を入れるのは危険だな。台湾で止めるのが吉、出来れば台湾からも離したい。イスパニアとポルトガルとの関わりは気を付けねば……」
「ですね」
「台湾に来たイングランドとネーデルランドも如何やら争い出している。特に南方の航路では酷いらしい。困ったものだ」
「赤嶺の北西にある諸島の話ですか。確かマルク諸島でしたな。あの島々の各国とも交易をしておりますが戦場に?」
「うむ。如何にもオランダ側がイングランドを襲っている。またポルトガルとも大戦をしている様でな。赤嶺太宰府に三隻程送っておいた。
テルテナとティドレの両国が帆船を譲ってほしいと言って来ている。波進斎殿が仲裁に同道しているが如何なることか」
「その両国はどの様な?」
「テルテナはオランダと、ティドレはイスパニアと結んでいる。だが両国共に矢鱈と此方に好意的でな。それに錫を齎してくれるアチェ国のイスカンダル王への関わりを得たのは彼等の水先案内のおかげだ。
最終的にはバンテン国のマウラナ・ユスフ王と関われたからな。だから無碍には出来ん」
織田太政大臣信忠は正直言って疲れていた。
「マルク諸島には多くの国がある。その国同士が合従連衡をするがイスラム教なる新たな教えだ。当然それらにも宗派がある。
そこにイスパニアとスペインにオランダとイングランドだ。キリスト教の宗派の違いで諍いながら商売と諍いを持ち込む。正直言って訳が分からん」
「我等は如何関わっているので?」
「古い帆船を用いて船団を作り各地と交易をしている。我等は商いしかしてないし、する積りも無い。だが如何にも各国は地を渡してでも軍を置いて欲しい様でな。
全く赤嶺など百万も居らんと言うのに……」
近在の赤嶺と関門島は蓬莱に次ぐ日本人入植が進んでいる地だ。ただ広さを考えれば数は少ない。紋人と戦争をしている訳では無い為に大して兵は多くなかった。
しかも水軍は北部および西部に集約されており商船護衛含めて百隻少々だ。また南部の方で麦や蕎麦と僅かばかりの米を作っている。各所で鉱石が取れるからこそ全域に広がっているが他所に人を割く余裕がない。
だが故にこそどの勢力にもフラットで商売以外の事に関わりたく無い。だからこそ何処の国も自国に招きたかった。
「まぁ、そっちは良い。此方の仕事だ。それより父上の死に目に合わせてやれなかった事、すまんな」
「いえ、仕方ありますまい。いつ亡くなられてもおかしく無かった。考えてみれば父上も長く生きられた」
「言われてみれば確かにな。共に墓参りでもするか」
「是非」




