イスパニアとイングランド
台湾高山国氣多伽藍津向山出島。此処はスペイン偽銀事件が起こって以来イスパニア及び外国人居留地となった島である。早い話がフワフワにした長崎の出島的サムシング。
そこからの報告書をフェリペ二世はベットの上で食い入る様に見ていた。体調は良くないし好ましい情報ではない。だがそれでも尚これは見ざる終えない情報だった。
「鉄条、鉄の軌道、だと……? 鉄の車輪の馬車を牛馬に牽かせていた、か。何と、便利だろうが、財政の余裕は、無い。
ああ……だが、何よりこれは他国に知られてはならん情報だ。フランシアとイングラテラに更に力を与える事になる。
いや鉄鋼を無理に使わせて財政を崩させる事が出来るか? ……成功している実例がある状況では取るべき策では無いな」
ふと明確な違和感が吐露される。
サン・フェリペ号事件を経てキリスト教を遠ざけた忌々しい国、いつの間にかヌエバ・エスパーニャ北方をインディアオと共に抑えた驚くべき国、帝国の財政に大きな益を齎らす国、ゴミであるプラティーナを本物の銀と変え不良債権である島を金に変える黄金の国。
何かあると確信はしているのだ。
「……私以上に信心深い。それは素晴らしい。だが息子が余計な事をせぬ様にせねば」
日本にて天正遺欧使と呼ばれるイスパニアに訪問した異国ハポン人によって起こった日本ブーム。着物とか扇子とか刀とか小物入れとか絹織物がヨーロッパで珍重され、その熱狂が割と冷めた今でもその貴重さなどから欲しがる者が多い。
それを見てイスパニアはハポンと大規模な取引を始め、イスパニア政府が買い上げの上で売ると言う形を取り、税収を安定させ戦費を回収しようとした。
「全く足らん。だが、大きい。フランドル《オランダ》が我等の手から溢れた今は特にだ。そしてヌエバ・エスパーニャを戦場には出来ん。そもそも我等はこれ以上の戦争を抱えられる状況ではない。バンカロータをまた出さねばならなくなる。
ああ、イングラテラめが。フランドルの事にまで口を出しおって……。あの女と……海賊さえ居なければ……。
ああ誰か、誰か、この国を支えられる者は居ないのか……」
フェリペ二世は溜息を漏らし。
「…………喋り過ぎた」
ベットの上で悲鳴を上げる己の体に鞭打ち何度も報告書を読み返した。既に身を起こすのも辛く余命数年もないベットの上の王は偉大過ぎる王である。電信のある時代に産まれれば話は変わったろうが今この時代に彼を継げる者など居なかった。
蓬莱豊漁国長津郡イスパニア交易港。
「はーい。じゃあコッチ連れて来て。通訳と案内お願いしまーす」
体に白粉ならぬ赤粉を塗り額や顎にタトゥーを入れ髷を結った男が通訳を通じて帆船から降りてくる男達を先導していた。
モハーヴェ族である彼は広範囲に広まった疫病により村が壊滅。後世から見ればダブスタにも見えるだろうが、当代の本人達はマジで困惑しながら日本人に助けられて、内藤波進斎長忠と言う男が建てた孤児院の一つで育った一人である。名前はイラタバであり恩人に肖ってハシン・イラタバを名乗っていた。
普段は港湾施設で働いており日本語を使えない羽人への説明を行う仕事をしている。また蓬莱言葉を部族毎にまとめるのも仕事の一つ。だが今の仕事はイスパニア反抗的な元アステカの人々の引き取りだ。
これまた恩人である内藤波進斎長忠が偽銀の加工法をイスパニアに聞いた際、南方の者達が行っていたと知る事となる。故に粉末治金技術などを習得する為にイスパニアに金を払ってまで集めた。
現代でいえば粉末冶金やロストワックス鋳造の初期技術を知る人々。その彼等と人種的に近しく安心させられるという事で仕事を任されたのである。
「ハシン。苦労をかけるな」
声に振り返ればドン・ペドロ・オダとイスパニア人に呼ばれるこの港の主の長津郡守織田三吉郎信秀だった。
「これは郡代様」
「良い良い。今はその者達の案内が先だ。しかし酷いものだな、これは……」
織田三吉郎信秀の視界にはイスパニアから送られて来た者達だ。数は少ないが余り良い待遇では無かった様に見受けられる。彼等を先導しながら二人は歩いた。
「確と飯は用意させてある」
「は」
「それと、言葉の方は如何だ? また少し言葉が違うのだろうが」
「如何せん彼等の言葉も数が多過ぎますね。貴方方の齎した日本語を教えてしまった方が我等のためにも彼らの為にも良いかと。私達でさえ蓬莱言葉が多過ぎて分からないのですから。
彼等も医療にせよ商売にせよ日本語が出来なければ難しいでしょう。私達羽人でさえ日本語を常用しているのですし。話す者も減り日本語さえ話せれば困らないとなれば」
「……それはすまん。此方も如何にかしたいが蓬莱言葉を覚えるのには時間がかかる。一つの集落や部族の言葉を覚えても他で伝わらん場合もあるしな。
波進斎様の頼みもある。如何にか言葉を残したいが。全く疫病さえなければ……」
新しい技術と言う物をチート転生者たる内藤波進斎長忠は重要視していたし、それと同じくらい文化を大事にしていた。だが医療とか商売とか出来た方が良いし騙したりは良く無いよねって言う現代で当たり前の善意。これによって文化の根幹を成す言葉が「コッチのが便利なんよなぁ……」と言う考えの元で消滅していった。
図らずも文化破壊野郎となってしまったのである。尚、不幸中の幸いと言って良いのか神話とかは結構残った。メッチャ漫画の設定に使われる形で。
酷く静かな海の上。船が浮いていた。キャラックである。いや、だった。辛うじて船の形を残した残骸とかの方が正しい。
「あぁ、死ぬ」
既に希望無く、信仰無く、忠誠無く、良き予兆をもった陽気な使者とは言えなくなっていた。
ただ愛、リーフデの残骸のみが残る。
「神よ。ほんと……いい加減にして……」
メインマストの上の上。屍肉を漁るつもりかカモメが飛ぶ。撃ち殺してやれば肉にありつけるが何度か食べてからは届かない位置を飛んでいる。イングランド人である自分を受け入れてくれた仲間は病気の温床になる為に既にサメの餌だ。そして自身もカモメの餌として彼等の仲間入りまであと僅か。
手に握っている十字架がエクスカリバーになって飛んでいき、空を悠々と飛んで煽り散らかしてるファッキンバードの丸焼きを出現させてくれないか、等どうしようも無い妄想を思い浮かべてしまった。
それくらいウイリアム・アダムスは追い込まれていた。マジで五隻船団の内の四隻が沈んで弟まで失い、やっと極東に来たは良いが上陸目前で力尽きたのである。Fワードを尽く三段活用しても足りない現実にファック。ファック・ファックド・ファクトな感じ。
「おお、神よ……。黒く燃える船が近づいて来る。え? ナニアレ」
ウイリアム・アダムスは立ち上がった。何とかと言う前置きが必要なほどフラフラだが。更に立ち上がれる者も4人ほど。
彼等と目を合わせていると大きな帆を広げ中央から煙突を生やす巨船が旗を上げて近づいて来た。
そして移乗攻撃の様な手際で、現代人がみればアーアアーって声を出すターザン的な感じで、続々と変な髪型に鼻から下を隠した連中が乗り込んでくる。
『無事か。船長か航海士は居られるか』
スペイン訛りのラテン語だった。
『船長は倒れた』
オランダ人のヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステインが答える。更に続けて。
『アジアへの航海、また日本との通商。その為にオランダから我等は来た。敵意はない』
『成程、一先ず水を持って来させよう』
変な頭の男は自身の船に聞いたことのない言語、アダムス一行の想定通り日本語で何かを伝える。すると煙突が大きく黒煙を吐き、また綱が投げ込まれた。少し待っていると綱を伝って滑車が滑り木箱が送られる。
『一先ず水とスープだ』
そう言ってその場の5人に変わった匂いのスープを渡される。受け取ったアダムス一行は心底ギョッとした。手の温もりは即ち木造船の上で火を使ったのだ。
有難いが「バカじゃねーの!?」と思う。危険という意味でも費用という意味でも。
「あぁ水が美味い……」
文字通りに染み渡る。最近飲んだアルコールの入っていない飲料は雨水だ。極めて美味だった。
『好きなだけ飲むと良い。一先ずは港に連れて行き隔離させて貰う。イスパニアとは敵なのだと聞くからな』
『あ、ああ、助かる』
『窮屈な思いはさせるが医者も用意する』
ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステインが困惑気味に頷く。日本側はオランダとイングランドがスペインと戦い勝った事を知っていた。蓬莱で通商が活発化した事により情報が入る様になったのだ。
特に蓬莱山の東側の大平原地帯の蓬莱人が馬や鉞などを欲した為、東進を進めていたところフランスの探検家と会ったのが大きい。
国交こそ無いがフランスにも一先ずは日本側が商売をしている事だけは伝わっていた。
「何にせよ助かった……」
アダムス一行は臼杵にて一時的に保護を受けスペイン及びカトリックに見つからない様に偽装をされた状態で大阪城へ移動。これを端緒としてオランダ及びイングランドは日本と国交を結び取引を行う様になる。
日本の通達に対してイスパニア側からの抗議はあったが、襲われるよりはマシと言う説得の上で、イスパニアの方が日本に近いと言う尊重を以って日本側が説得。イスパニアおよびポルトガルとイングランドおよびオランダは日本国内、日本近隣海域で争わない事を条件に、日本の国際港と化しつつある台湾の南方の島に商館が建設された。
その後は紆余曲折を経て日本側は特に綿花を望み、イングランドは布や嗜好品を買って帰る事となる通商が開始。
後はエリザベス一世の寵臣サー・ロバート・ダドリーの非嫡出子によって牛馬を用いた鉄道がイングランドに伝わったり東側蓬莱山脈を境界とした国境が決められたりした。
『不干渉地帯の目印として山を境目としましょう』
『OK』
的な感じで。
尚、日本側の主張としては「山(蓬莱山脈)の西側までは俺らと友達が居るから山の東側は不戦地帯にしようね」ってノリだった。
それをイングランド側は「マジかあの山脈(アパラチェン山脈)まで来てんの?!」って受け取ったのである。
イングランドは未だウォルター・ローリーの入植の成否さえ分かっていなかった。




