如何してこうなった いやマジで
今回アレな地図がありますご注意下さい
「ルイジアナに於いては日本が防衛および狩猟を担い、貴国の兵を置く事は承服いたしかねる。これは確かに双方の国と商いをする我等の為でもあるが貴方方の為でもあるとご理解頂きたい。
またホデノショニ連邦の蓬莱人への戦争参加要請は断固として拒否させて頂く。漸く安定して来たあの地を戦乱に巻き込む事は承服致しかねます。これはイングランド側にも同じく通達するので悪しからず。
中立で無い国に兵は預けられず、保護どころか仲裁とて受け難いでしょう。御不快は承知ですが最悪を考えれば譲れませぬ」
河蛟国はルイジアナのフランス大使館でルイジアナ総督兼日本特使であるヴォードルイユ=カヴァニャル侯爵ピエール・フランソワ・ド・リゴーは肩を落とした。新大陸のフランス領であるヌーヴェルフランスは新大陸イングランド領ニューイングランドと比べて圧倒的に人口で劣る。
凡そだけどヌーヴェルフランス1に対してニューイングランドの人口だいたい20くらいな感じ。
元からヌーベルフランスとニューイングランドは日本の進出していない新大陸の土地の所有争いがあった。インドのカーナティック戦争同様に新大陸でも戦いが起こった訳だが此れだけの差が有れば勝利は不可能である。故にフランスは不可能を承知の上で日本への参戦要求を行ったのだ。
だが外国惣奉行麾下のフランス外国奉行の内藤勝五郎衛門忠持は断った。そら言っちゃ何だが当たり前である。ンな事したらブチギレたイングランドがムガル帝国からルソン道までの航路で暴れる。単純に喧嘩売って来た奴が目の前にいたら日本だってそうするだろう。
その上で新大陸でも戦いが起きるのだ。無茶以外の何ものでも無い。
ヴォードルイユ=カヴァニャル侯爵ピエール・フランソワ・ド・リゴーは溜息を漏らして踏ん切りを付けた。
「無茶を言いましたな。カーナティック戦争の事もある。日本には良き中立者で居て頂きたい」
現在の北新大陸大西洋側の凡その状況
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◉日本・◆イングランド・〓スペイン
◎フランス・◯ホデノショニ連邦
ホデノショニ連邦カニエンケハカ国借地郡オンタリオ津城。
この城はホデノショニ連邦と日本が結んだ東蓬莱長屋盟約でホデノショニ連邦の独立を前提とした保護国化した事で日本の手によって建てられた。借地郡は日本の城と津と街と田畑だけで構成されている。
主にホデノショニ連邦との交易と交渉に加え、イングランドやフランスとの仲介、カニエンケハカ衆を始めとしたホデノショニの文化と言語保存。何より首長達からの要請に応えて建てられた学業都市である。その光景は蓬莱淡海や美し湖などと呼ばれる大きな湖の湖畔にあり力強くも風光明媚だ。
基本的にはホデノショニ連邦に派遣された相談役の日本人が住む場所だが新大陸のイングランド人との交易や交渉も行っている場所でもあった。
「其方の中立は私達にとっても有難い事だ。第一次にせよ第二次にせよカーナティック戦争での貴国の存在は有り難かった。だからこそ私達は貴方方の中立を喜ばしく思います」
そう言ったのはウィリアム・ジョンソン。最もホデノショニ連邦、と言うより カニエンケハカ衆から信頼されるイングランド人が言った。また日本との交渉や交易を担う立場だ。
ウィリアム・ジョンソンは少将であり日本が敵に回らない事に心血を注いでいた。またモホーク族との融和も本人の為に必須だったのである。
「これは戦争が終わってからの話になるのですがハンゴーを売ってはいただけませんか?」
「あの船ですか? 別に構いませんよ」
オンタリオ藩オンタリオ津城城主の丹羽八之助長持が頷く。既にフランスでには飯盒船の作り方を領土の受け取りの対価として送っている。相変わらず高いけど売る分には全然問題なかった。
一方でウィリアム・ジョンソンは鼻からお茶を噴射しそうになる。マジびっくりって感じの顔で。
「因みに金額は?」
「一覧表を取り寄せておきます」
「一覧表?」
「ええ。大きさとか、性能とか。あと新品とか中古とかで違いますので。燃料でも違いがあります。後は浄水薬や調味薬の値段とか」
ウィリアム・ジョンソンは理解した。ルイジアナへのフランス船の入港の多さ。昔の欧州は鉄砲と綿布を求めて日本との交易を行っていた。だが今では薬品や鉄鋼そのものの輸入が主だ。しかしフランスの交易の回数は異様な程に膨大だった。その答えを察したのである。
フランスは飯盒船を用いた新大陸ルイジアナ及び、インドはカルカッタのシャンデルナゴル交易で安定的な収入を得ていた。
イングランド的に他の場所でやんねー理由が分からなかったが早い話が日本で薬品を貰う必要があったのだ。
「いやぁ最近は鉄鋼の値段も下がりまして船いっぱい作って旧式の物が余ってるんですよね」
「え? あ……うん」
確かに日本の輸出する鉄鋼の値段は下がっていた。本国ではレールの納入を頼めないかという話も出ていたのだ。でも船舶を作り過ぎたって何やねんって話である。
答え合わせすると帆船どころか機帆船が遂に太平洋航路で用いられなくなった。石炭や石油の産出してない他の場所ではバリバリ現役だけど。
ただ材木関係の仕事が激減するとアレなんで所謂パルプとか代替の仕事とか用意しつつ未だ木造船は作ってるけど。
戦争でこんな事言うのもアレだが日本は中立的第三国として振る舞う事になる。捕虜交換と治療を専らの立ち回りとして最悪の状況の回避に注力した。後半はインディアンの保護に駆けずり回る事となる。
七年戦争。プロイセンのバチボコ有能自暴自棄アデュー大王こフリードリヒ大王がエゲつねぇ三人の女性に三枚のペチコートでペチペチされた戦争である。
肖像画のビフォーアフターがディズ◯ープリンセスから郷田武のオカンへと変貌する女帝マリア・テレジア。
後世にとんでもねぇ量のラブレターを残して死ぬほどラブレター晒された女帝エリザベェータ・ペトロヴナ。
マジの勝ち逃げが出来たし何処から湧いたってレベルでマジの才女だった公妾ジャンヌ=アントワネット・ポワソン。
何で女帝二人と公妾が渡り合えんだよスゲェなと言うツッコミは傍に置き、彼女達の外交によってドイツの北のチョロっとした部分、プロイセンを収める軍才の塊フリードリヒ大王が絶望してる翌年のインドはカルカッタ。
「ああああああもぉホンットヤダーーー!!」
岩室勘右衛門休興が錯乱していた。状況的にしゃーないけど凄い絵面である。割といい年したオジサンがガチ泣きしてんだもん。
「もぉおお良いじゃん!! 商売できてればさぁ!! 暇かよオメー等マジでよお!!」
世界線が違えばブラックホール事件とかが起こっていたベンガルは日本的に超メンドクセェ事になっていた。
ベンガル太守シュラージュ・ウッダウラ及びフランス東インド会社vsベンガル太守の伯母ガシーティー・ベーグム及びイングランド東インド会社だ。
で、面倒な事にベンガル太守シュラージュ・ウッダウラは伯母の他にも二人ほど太守の座を争う相手がいて、その一人の討伐の途上にイングランドが伯母の関係者を匿った上で太守をキレさせた。
その為に急遽としてベンガル太守シュラージュ・ウッダウラは反転しコルカタのウィリアム要塞へと進み包囲して陥落させてしまう。
日本はメチャクチャ慌てた。イングランドの行いが悪かったまでは未だしも、武力衝突に発展されるとかマジ困る。だいたいコルカタはフーグリーの下流で、海との航路が遮断されるのだ。本当にマジで勘弁してほしい。
「フーグリー川を降る船は何隻だ!! 二十隻近くだと?! 遂にやりやがった!!」
岩室勘右衛門休興が錯乱してるのには理由があった。
ベンガル太守が曰く「私達は日本を信頼している。だから一緒にイングランドを追い出そう」と。
フランス東インド会社が曰く「親愛なる日本へ頼みたいのだが、イングランドを抑える手伝いをしてほしい」と。
イングランド東インド会社が曰く「ベンガル太守はフランスを贔屓している。これは私達に対する挑戦状だ」と。
一人の太守の地位を狙う者が曰く「私が太守になった暁には日本に免税特権を約束する。だから私を太守にして欲しい」と。
一人の太守の地位を狙う者が曰く「フランスもイングランドも追い出して日本が商売を独占してはどうだろうか。その為に私を太守に推してくれないか」と。
一人の太守の地位を狙う者が曰く「貴方が太守になれば良い。代わりに副太守の地位は私に」と。
こんなん陰謀でノイローゼなるわって話だ。カーナティック戦争あたりから特に酷い。
「兵を出せ!! 軍船もだ!! 最悪の状況になる前にコルカタに向かうぞ!!」
インドはマジで今まさに戦国時代的な状況下である。規模はアレだがムガル帝国が室町幕府のように弱体化し、群雄が割拠しているのだ。日本としては既に遠い過去の話だがある意味では分かりやすい状況。
故に天竺藩代官は地元の有力者と御恩と奉公とか寄親寄子的な関係を結んだ上で、天竺軍役衆という主に戦国時代的な地元民の戦力雇用をしていた。
そんな集められるだけの戦力を集め出発しようとしたところに、イングランドから仲裁および救援を求める使者が到着する。
「来たのか……」
若きベンガル太守シュラージュ・ウッダウラはフーグリー川に現れた日本船団を見て不満そうな顔をする。彼は若い。若いのは素晴らしいが傲岸だった。そして若さゆえに良く言えば純心だった。
あと寝起きなのも最悪。スゲェ眠い。
「太守殿!!」
非常に流暢なペルシャ語で岩室勘右衛門休興が呼びかける。シュラージュ・ウッダウラは内心を押し殺して和かに笑った。
「おお、副太守殿。私の勝利を祝いに来てくれたのだろうか。 貴方に平穏あれかし」
「貴方にも平穏あれ。太守殿、事ここに至ってはもう止めようがない。貴方方もイングランドもだ。だからせめて捕虜を私達に預けてくれないか。そうすれば最悪は防げるかもしれない」
「私の勝利を穢すのか」
「寧ろ勝利を穢さぬ為だ。そもそも従兄弟のシャウカト・ジャングを討つ最中だった筈。それに先代太守の言を忘れられたか」
「副太守殿が祖父の言葉を仰られるのか」
「言わせて貰うとも。イングランドやフランスにネーデルランド。それに我等もだが、先代太守殿は上手くやっていた。
私達とは相容れない始まりではあったが、外交能力に関して、見習うべきところが大いに在ったのだ。
それは忍耐のいる事だが太守には必要な事、どうか最悪を回避する一手を打たせてくれ」
シュラージュ・ウッダウラは非常に不愉快だった。不愉快だったが日本の武力と太守の位を狙う従兄弟が居る。ベンガルで最も発展しているフーグリーと伸長著しいオリッサを敵には出来ない。
「……要塞と財貨は我等が物だ。人は好きにしろ。ただしイングランド人を収容したら直ぐにフーグリーに帰って頂こう」
フーグリー川とウィリアム要塞は燃えるような夕日と血に照らされていた。直ぐに暗くなるだろう事は疑いようも無い無茶ではある。
だが岩室勘右衛門休興は頭を下げて見せ。
「感謝する。急げ!!」
岩室勘右衛門休興が捕虜の場所を聞き人を向かわせれば非常に狭く暗い部屋にギッチギチに人が詰められていた。
医者の経歴を持ち菜食主義で動物を道具として見ない男ジョン・ゼファニア・ホルウェル以下のイングランド関係者だ。
「ジョン軍医か?! 守将ドレイク殿は、逃げただと?! ……まぁ良い!! 直ぐに飯盒船に有りったけの水を用意させろ!! 食塩水の方だ!! 汁物も用意!! 後は怪我人用の薬だ!! 船を出さねばならん!! 搬送を急げ!!」
こうしてイングランド関係者は一先ずフーグリーに保護された。何とか戦いを起こさないようにしようとしたがイギリス東インド会社行政官にしてウィリアム要塞長官ロジャー・ドレイク。逃げ出した彼に変わって派遣されたロバート・クライブによってコルカタは奪還された。
日本の捕虜の保護に関しては感謝されたが和平や仲裁は謝絶されたのである。フーグリーはもう何回目か数えるのも辞めた避難所へと変貌した。またベンガル太守シュラージュ・ウッダウラも仲裁を無用と答える。
「儂もう知らん!! ドイツモコイツモ勝手にやってろバーカ!! 川の封鎖はせんが港は使わせるな!!」
と、日本は中立を宣言して居たのだがフーグリーの場所が場所。先ず南からイングランド軍がやってきて続いて北からベンガル軍がやって来た。百年くらいかけて日本の育て上げたフーグリーの街に戦火が迫る。
だからメッチャキレた。もうマジギレ。
だから岩室さんはお手紙書いた。「此度此処の地を戦場致す所存為れば南北問わず鏖殺を以て応え候由故に万端にて参る可く願い候(原文ママ)」と。
両将引けずに威圧をかーけたさ。その覚悟の対価はなぁに。
両陣営の正面に大砲を並べ散らかして榴弾を一日中叩き込んだ。榴弾とは砲弾がメッチャ爆発するやつ。ガチ一睡もさせなかった。フーグリーから離れた位置で佇む軍勢のストレスはフルマックス。象さえキレ気味となる。要は。
対価は反乱一歩手前の軍。割と親日本の多いベンガルの兵。
敵と戦う以前に集めた兵からブッ殺されそうになったベンガル太守シュラージュ・ウッダウラとウィリアム要塞長官ロバート・クライブは諦めてフーグリーにて和平交渉開始。
イングランド東インド会社のコルカタ帰還と税の支払いで手を打たせた。
その後にベンガル太守シュラージュ・ウッダウラは伯母を始めとした親族の対処はしたのだが、反感を買う様な言動から敵を増やし最終的に裏切ったベンガル軍司令ハーシム・ウッダウラとプラッシーで戦い、軍司令子息ミール・ミーランに討たれる事になった。
そしてハーシム・ウッダウラが太守になるもののイングランド東インド会社との密約が露見、残党がフランス東インド会社の後援を受けて蜂起してイングランドとフランスの両東インド会社の代理戦争が勃発。
ベンガル北部は情勢グッチャグチャになるがイングランドとフランスは第三次カーナティック戦争事の勃発で収集が付かなくなってしまった。
「え、これウチが収拾つけんの……?」
と、岩室勘右衛門休興は絶望した。幕府に状況を報告し援助を要請。電話で「本当に助けて」って言った。
これに幕府は一応仕入れてる硝石や工業用金剛石に綿の供給が危うくなると緊急の大評定を開き、そらぁもうメッチャ議論百出してバチクソ諸説紛々の上ヘトヘトなりながら甲論乙駁。
で、日本と仲の良かったムルシド・クリー・ハーンの曾孫で、アリー・ヴァルディー・ハーンに殺されたサルファラーズ・ハーンの息子ミルザ・ハフィズッラー・ハーンをムガル帝国に税を払う代わりに認めて貰った。
ハーンハーン言ったが要は太宰府の形をベンガルに適応させた形である。
名目上はムガル帝国皇帝をトップに置いて、象徴としてナーシリー朝の人に座って貰い、相談役を目指して日本の役人が政治を回し、太守の下で地元有力者の評議会を開く感じ。
権力構造的には以下の感じで。
皇帝パーディシャーがムガル皇帝。
権帥相当の王シャーがナーシリー朝出身者。
大弐相当の宰相ワズィールが日本出向役人。
評定相当の議会マジュレスは有力者。
藩主相当の太守ナワーブは春日井家が人気過ぎるオリッサ以外は状況次第。
尚、既存のそれなりの統治機構がある土地を部外者が統治するとか悪夢以外の何物でも無いので商売はともかく統治に関しては早々に手を引くつもりだった。
その為に一先ず皇帝には額は減ったがベンガルからの税が復活する事で納得させ、ナーシリー朝の曾孫さんには色々と寛容なイスラム教ってノリで宗教的な象徴になってもらって、地元の反感を抑える為に友好的有力者達を集めてマジュレスに参加できる様に取り計らい協力を要請。
また同時に戦争中で手の回らないベンガル各東インド会社に対応。戦争でボッロボロになったイングランドとフランスとオランダの東インド会社には日本が船を出す約束で武力放棄を飲ませる。また戦争終結まで並行してイングランド、フランス、オランダの商館が並ぶコシムバザールに保護を決定。
そっからベンガル復興に丁度良い事に日本は茶とか砂糖とか木綿の供給を増やしたかったので港湾を大規模化。そこから石炭が心許ないので馬車鉄道を水車式の巨大紡績機を建てて、戦火に合った木綿職人や住民を中心に雇って救済、砂糖や茶の大規模農場を広げ余剰の人々を加工業に誘致。
こんだけやって漸くある程度は情勢が落ち着くに至る。
これが第二次ナーシリー朝またはナーシリー王国ないしベンガル府の設立の流れだった。
……日本の誰もが言う。意訳だが、マジで如何してこうなった、と。
本当に何でやろ……。




