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此処まで変わればカーリー神だって笑って踊る

 ムガル帝国はクソやばい状況だった。皇位継承でグチャるくらいなら何時もの事だがサイイド兄弟による皇帝ポンポンチェンジなどの内憂。その対応をした皇帝も何か堕落し当時の宰相が出ていってニザーム王国を建国し、その妨害を果たせず各地で地方長官が独立を始めた。

 南はマラーター同盟、北西からアフシャール朝。特にアフシャール朝の攻撃は決定的と言うべきだ。荒れまくる帝国に気付いたら根を張ってた回漕株仲間がエゲつねぇ立場になるのも当然だった。


「マラーター同盟が攻めて来た」


 ベンガル太守を簒奪した男アリーヴァルティー・ハーンが言った。もう70くらいの老人である。その顔は死んでると言われても否定出来ないシオシオぶり。


 彼は簒奪の上で日本および回漕株仲間と非常に良好な協力関係にあったムリシド・クリー・ハーンの孫を殺してしまった為に日本との関係に苦慮していた。

 ただこの老人は簒奪とかしちゃってるが非常に現実的な物の見方が出来るタチで有る。現状のベンガルでのイングランドとフランスの伸長を警戒し、同時に両者の軍事力には敵わないという自覚がある。だからこそイングランドとフランスのバランサーやってる回漕株仲間と延いては日本を当てにしたのだ。

 だが回漕株仲間がベンガル太守が管轄するオリッサの太守の地位で全然靡かなかったのはガチで計算違いだった。


 まぁ日本的にはゴタゴタに巻き込まれるのマジ勘弁って話でしか無い。そもそもイングランドとフランスから睨まれかねない上にオリッサは何時マラーター同盟から攻められてもおかしく無い場所にあるのだ。旨味と言える物が正直言って無いのである。


「如何思うかなカンエモン殿」


 アリーヴァルティー・ハーンが問いかけた先に居るのは岩室家の分家である岩室勘右衛門休興である。彼はムガル帝国的に言えば名目上フーグリー一帯の徴税権を持ったザーミンダールだ。そしてザーミンダールの義務として帝国への騎兵戦力供出の代わりに鉄砲や大砲の供出を担っていたが海賊退治とかで免除されていた。

 日本的に言えば天竺津館の背に立つ天竺城の城主で有り天竺藩代官だ。商売や工場を回すのは回漕株仲間が担当してムガル帝国に任されたフーグリーの財務関連は織田幕府の派遣した役人という形である。日本人居留地と工房を中心に周辺の村を村請の形で一帯の行政を担っている。


「天竺城一帯に被害が出る可能性が在りますので城と兵の増強を考えています。イングランドもその様に対応するそうですから」

「何?!」


 敵対はしないが信用は出来ないと言うのが日本側のハッキリとした所感である。と言うか関税免除特権を齎してくれたムリシド・クリー・ハーンの仇だ。

 彼や地元住民と相談の上で持ち込むまたは作る品物や量を決めていたが、それはムリシド・クリー・ハーンの息子の副官として働いていたアリーヴァルティー・ハーンの免税による国内経済や産業への懸念を理解していたからだ。だがムリシド・クリー・ハーンの孫は殺された。

 正直言ってアホ程に利益を齎してくれていた日本側としてはその恩を返すのが筋である。しかし重要資源の宝庫であるベンガルから出ていく事になっては洒落にならない故に。


「我等は兵を増やそうと考えています。船舶も幾つか増やそうかと。自衛せねばなりませんから」


 アリーヴァルティー・ハーンは顔を覆った。最悪の事態が起こるという警告だと理解したからだ。アリーヴァルティー・ハーンは銃と鉄砲の購入を決めて帰った。




 マラーター同盟。インド南部で起こったヒンドゥー教の連合国家的な集まりである。すっげぇ雑に言えばムガル帝国の皇帝アウラングゼーブの宗教政策にヒンドゥー教徒の有力者達がキレたのが発端である。日本の戦国時代的に言えば国人衆の集合体であるが、国人衆と言うには規模がデカく、有力者達を取りまとめるのがマラーター王国だった。

 そのマラーター王国の有力勢力の一つボーンスレー家がベンガル太守麾下オリッサ副太守だった男、即ち裏切り者の手引きによってベンガルへ侵攻。


 それは侵攻って言うか略奪遠征だった。当初ベンガルに於いてイスラム教徒に抑圧されてたヒンドゥー教徒達の希望として迎えられたマラーター王国軍は軽騎兵バルギの機動力を持って各地の村々を略奪と劫掠して焼いたのである。

 勿論だが焼く前にこの時代では当然の事から何時の時代でも有り得る所業まで全部やった上でだ。


「雨季の前に帰るべきだなぁ」


 マラーター王国ボーンスレー家家臣にしてベンガル侵攻の総大将バースカル・ラームが像の上の櫓に寝そべりながら言った。ベンガルの中心首府ムルシダーバードで略奪を行い大満足の顔で軍勢の誰もが閉まりの無い顔をしている。一万二千程の軍勢から勝ちに勝って略奪に略奪という結果で膨れ上がり今では二万程にもなった麾下軍勢の誰もがだ。


「よろしいでしょうか将軍!」


 バースカル・ラームは一瞬顔を顰めてから内心を隠して和かに見下ろす。像の横を嫌そうに歩く馬の上で元々敵であったミール・ハビブが見上げて来ていた。


「どうしたかね太守殿」

「将軍。御帰還成されると聞こえ、一つ献策したき事が御座います!」


 内心で「像が暴れちゃうだろうが!!」と半ギレにになりながらも。


「ふむ……何だろうか太守殿。ここらの事は君の方が詳しい。ぜひ聞かせてくれたまえ」

「有難う御座います! アリーヴァルディめも将軍の手際により追ってこれますまい! 故に此処より西方フーグリーへ軍勢を動かすのは如何でしょうか!」

「フーグリー? あそこは外国人の溜まり場だろう。イングランドやフランスも居ると聞くぞ。ニホンとか言う得体の知れない国が大きな顔をしているともな」

「流石は将軍! よくご存知だ! だがあの地ではイングランドやフランスも大人しい! それは日本があるが故で御座います!

 ニホンは東から参った連中で西から参ったイングランドやフランスとムガルの皇帝やベンガル太守の間を取り持っておりました!

 また水上戦力においては西の連中を遥かに凌ぐと聞き及びます!!」

「ニホンを味方に引き入れろ、と?」

「正に!! それにフーグリー程に繁栄し財貨を溜め込んだ地は他に御座いません!! 

 もし貢納金(チャウタ)を収めさせる事ができればその額は計り知れず、あのイングランドやフランスも将軍を侮る事は無くなるでしょう!!」


 言ってる事は割と頷けた。バースカル・ラームとしても日本の水上戦力を味方につけての海上優勢と言う価値を知っていた。あと普通に貢納金(チャウタ)は欲しい。

 またマラーターからフーグリーへ船で行くことができれば、今回の様な略奪では無くムガル帝国からの領地切り取り、もっと言えば肥沃なベンガルさえも手に入れられる。

 自身の声望と栄達は比類なき物となるだろうが、しかしだ。


「それが可能なのか?」

「お任せください将軍!! ニホン人の事はよく心得ております!! それに兵も五千ほどしかおりません!!」


 バースカル・ラームは疑わしく思った。だがそれを表には出さない。フーグリーはヒンドゥー教徒にとって他のムガル帝国領より格段に過ごしやすとも聞いていた。あまり気が進まないのが実情。だがやはり内心を表に出さずに鷹揚と。


「では任せよう」


 ミール・ハビブは深く頭を下げた。尚バースカル・ラームの勘はメッチャ正解だ。

 ミール・ハビブのニホン人観はプライドは高いが、それは誇り高い物で侮辱する意図さえなければ割と寛容、鍛錬は欠かさないが商売に重きを置く。

 要は誇りを傷付けず利益さえ与えれば御し易い者達だと思ってた。


 それはフーグリーに居る日本人に対しては割と正鵠を射てる。

 だが致命的な事に「まぁ最悪軍勢で威圧しながら交渉すればどうとでもなるだろ。最悪でも門さえ開けさせれば如何とでもなる」とか考えてた。

 日本も戦国時代は遠い昔の事、だいぶ温厚になってるが、しかし普通にアカン考えだ。


 勝馬に乗り、勝ち過ぎてて、自分達が如何見られてるかを全く分かってねぇ。これは何人だとか何教だとか関係ない話である。だから全軍の半数にも及ぶ凡そ一万を並べてフーグリー西岸の街の前に立った。


 無人となったポルトガル人居留地を日本が大規模化した街。その郊外というか街外れの田圃の上。東から進んできた森の中の道を抜けて並び出す。

 鉄砲兵と砲兵を並べた横陣、その後ろに象兵を置き、左右に盾と槍を持った騎馬騎兵や駱駝騎兵を並べていた。

 軍勢並べばミール・ハビブは軍勢中央で使者の帰りを待っている。


「おお、ちょうど三日の期限。門が空いたぞ」


 従者の声に門の方へ顔を向けた。ソーガマエとか言う街を丸々塀で囲うニホンの街。その中央の大きな門。


 銀の象がいた。背の櫓には青く美しい者が乗っている。右手でカタナを掲げ右手に首から血の滴る死者の首を吊るして。


「やしゃしーん!!」


 なんか叫んだ。死者の首を投げ捨てる。何かを担いで。


 白煙を伸ばして飛来。


 衝撃。


「何だこれは!!!!!」


 轟音と土煙で何もわからない。絶望、恐怖、困惑を混ぜてミール・ハビブが絶叫して敵を見る。像兵が溢れる様に青く美しい者に続いて迫ってくる。

 狂気的な目で、舌を伸ばし、それでも尚も美しき青き者。その進む先へフーグリーの街から先端の丸まった矢の様な筒が白煙を伸ばして更に飛来。全てが吹き飛びマラーター軍の象が暴れ馬が逃げ出す。

 そこに銀の象に乗った青く美しい者を先頭にフーグリー軍象兵部隊が突っ込む。銃撃というより砲撃が響いて象さえ撃ち殺された。


「何だあれは!!!!!?」


 ミール・ハビブは慌てて馬首を返して落馬した。そこに振動が来て目を見開き像の足の裏が見えて。


「ああああ“あ”あ“あ“あ”あ“あ“あ“!!!」


 混乱する軍勢、粉々になった兵、燃えて暴れる動物。


「撤退!! 撤退!! 引け引けェッ!!!」


 総大将バースカル・ラームは絶望した。怒れるカーリー神が現れたのだ。銀の象の上でシヴァ神の神妃たる凶暴にして血を愛好する黒と時の女神が踊っている。

 銀の象は空から降り注いだ炎の海の間を牙と花を振り回して進みカーリー神は手に握るカタナを振り回し炎を降らせていく。

 同じヒンドゥー教徒を襲った。故にシヴァ神とカーリー神がお怒りになったのである。故に神罰が降り注いだのだと。


 だが絶望しつつもバースカル・ラームは優れた将軍だった。即座に戦場から逃げる選択を選んだのだ。

 だから一番最初に二度目の絶望を味わう事になる。


「ふ、伏兵?!」


 帰り道の左右に広がる森の前にはいつの間にかボロ衣を纏った人々。司祭バラモン、戦士クシャトリア、平民ヴァイシャ、労働者シュードラ。またヒンドゥー教徒だけで無くイスラム教徒さえも老若男女が手に手に武器を握って並んでいた。

 彼等を先導する様に変わった服装の、おそらくは日本の騎兵が馬上で鉄砲を構えて突っ込んで来る。

 バースカル・ラームは戦場から逃げ出す。それは正しい判断だった。それ以上の事は出来なかったのだから。




「あー、何とかなったぁ。ほんと良かったぁ」


 小札で作った馬鎧ならぬ象鎧を着せた象の櫓で不壊鋼(チタン)の簾胴丸の上から青染の胴服を纏う男が棒火矢(ロケラン擬き)を撃ち尽くした火矢筒を立てかけてから心の底より心情を吐露した。

 彼はイングランドやフランスから齎された情報からフーグリーに援軍が必要と織田幕府が派遣して来た半隊指揮官大佐春日井次郎介右衛門忠在。

 ガッツリ男だが内藤家の分家の一つで日本一の美人と呼ばれた京極家の姫君を母に持つエゲつねぇ中性的なガチ美人。


「さて戦は乗り越えたが。いやはや問題はこれからだな。まぁ一先ずは供養だ」


 何かちょいちょい地元の人にカーリーカーリー言われながら片付けをする。何の事っちゃ分からなかったが雰囲気的に悪い意味ではなさそうなので作業しつつだが手を振り振り。それが終わって少しして漸く騎兵として流民を指揮していた岩室勘右衛門休興がやって来て下馬。


「春日井半隊長殿、感謝致す」

「岩室代官様。追撃は如何でした?」

「当然だがベンガルの者達の怒り様が酷かったぞ。宥めるのにも追撃を止めるのにも苦労したわ。其方の機転でリゴールからの兵糧輸送が無ければ如何なっていたか分からん」

「石油さえ、せめて石炭が産出してくれればこんな事にはならなかったのですが……」

「そればかりは難しかろう。他国の地を無闇に探る訳にもいかん。まぁ最悪は回避出来た」


 実は日本のフーグリー一帯はメチャクチャ困った事になっていた。端的に言えばマラーター軍の蛮行から逃れた流民の流入がエグかったのだ。これが最悪で現実的な話だが自分達が地元民なら無視も出来たが寧ろ自分達は余所者。

 また太守だの貴族だのも保護を求めて来れば断りようがない。まぁここまでなら良くないが多少増えたところで全然マシだった。事前準備を切り崩し兵糧を日本から運べば最低限は如何にかなったろう。


 だがその後に宗教階級種姓を問わず収容許容人数の何十倍もの人々が押し寄せたのだ。老若男女もそうだしイスラム教徒もヒンドゥー教徒も来ちゃった。

 これは日本のフーグリーでは宗教に寛容と言うか、日本人街の法を犯したら日本人だろうが地元住民だろうがブッ殺し、その首を晒してたのである。また日本人的にはイスラム教もヒンドゥー教も良い意味で知ったこっちゃなく、人手が有ればあるほど良いので傭兵と言うか常備兵や工場の従業員としてバチボコに雇っていたのだ。何よりイングランドやフランスさえ耳を傾ける強さがあると認識されていた。

 勿論だが時代や状況的に完全な平等など出来るはずもない。また騒乱の種となるので比較的マシと言う話だ。が日本の寛容と受容と強さ故に人が来た。


 更に言えばマラーター王国はヒンドゥー教の国。他の場所で受け入れられなかったヒンドゥー教徒が最後の希望としてフーグリーに集まっちゃった。迫害を受けていた認識のあるヒンドゥー教徒が多数派となったのだ。

 そして当然イスラム教徒とヒンドゥー教徒がバチる。また避難民の多さと雨季によって衛生環境は決壊寸前。兵糧は年単位で持つ筈が数日で十日と持たない。


 そんな中で響くマラーター軍の降伏勧告。バチギレ通り越して憤死寸前の流民達。それ以上にキレる日本役人および兵士と商館員。


 黙々と流民達に商品の鉄砲を渡し始める商館員、当然の如く門外不出の秘密兵器を屋上へ設置し始める役人、戦の準備を万端済ませる兵士。

 全ての垣根を超えて余所者に従う事に文句も言わずに武器を受け取り日本の将兵の指示に従う流民達。


 で、あのザマ。


「では皆で凱旋しましょう。一致団結して難事を払ったのです。一先ず諍いには備えねばなりませんが」

「そうだな半隊長殿。これなら交易も直ぐに再開出来るだろう。全く何とか商売に専念したいところだ。此度の事が済めば隠居するとしよう。流石に疲れた」


 尚、んな事言ってる岩室勘右衛門休興だがベンガル副太守にならざる終えなくなる。余りにも今回の事が劇的過ぎた為にアリーヴァルティー・ハーンより求心力を得てしまい事態を軟着陸させる方法が他になかった故だ。当然だが引き継ぎだけでもエグい仕事量になったのは言うまでもない。


「御苦労様です岩室代官様。日本に帰られたら酒でも飲みましょう」


 またンな事言ってる春日井次郎介右衛門忠在もオリッサ太守になるハメになった。男なのにヒンドゥー教徒から敬意を持って東の破壊女神プルヴァシア・カーリーと呼ばれる様になったおかげでマジで帰れなくなったのである。少なくとも希望したベンガルのヒンドゥー教徒をオリッサに移住させても普通に帰れなかった。

 再三のマラーター王国のリベンジマッチ的な侵攻とか、欧州で起こったオーストリア継承戦争原因で起きたインドのカーナティック戦争とか、インドの他民族どころか他宗教も込みの土地柄故のある種の大らかさとか、炭田や鉱床をめっけちゃったりとか。

 兎角なんやかんやあって最終的にオリッサへ織田幕府が行政官を送り、当然だが他とは違って完全に地元の既存行政を参考にしつつ、春日井次郎介右衛門忠在は織紗国司家を起こす事になる。

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