理不尽
灰色の空、波割って、そう割波して進む黒鉄の巨城。重鈍に足並み揃えて三機九門の砲塔が殺意を向ける。
弩轟、雁首揃えた砲口が気炎がわりに白煙吐いて怒号を発す。
海面を衝撃のみで球体状に叩きつけ、飛んで飛ぶのは1.46㌧の鉛の砲弾。
「やっぱり凄いな……今撃った場所を狙え」
どう見ても大和型戦艦にしか見えない戦艦尾張の艦橋。そこで双眼鏡を覗き込む流し総髪に織田幕府の軍服を纏った男が通信機を握って言った。彼の纏う織田幕府の軍服は狩装束に近い。
上は肌着の襦袢の上にシャツ的な用途の下半被、乗馬ズボン的な脹脛から先がピッチリした先詰め袴、足には脹脛まである革長靴である。その上に胸甲弓籠手か塹壕羽織を纏う。
胸には階級章が付いており第一近侍権大将というものだ。軍事階級は人口など色々と必要で面倒極まるもの。現状の織田幕府の軍事の階級は凄い面倒である。
先ず日本府の人口は凡そ1億。武家が8%で八百万人だ。そして陸海空で完全に分かれるに至っていない。面倒な事に手前で止まっていた。
と、言うのも未だ独自の統治をする国司家や毛利家なども残っている為だ。そう言った一つの軍で陸海空を内包している形。
分かりやすいのは将軍直轄軍と国司直轄軍。
将軍直轄の軍、近侍軍が第一から第五軍。
国司直轄の軍、国司軍が第六から第十一軍。
此の計11軍団の編成が凡そ陸軍1万、水軍6万、空軍3万。だいたい1万が一師団と呼称され、十師団十万人が実際に戦ったり、船団護衛したり、運送業やったり、土木作業したり、屯田したり、レスキューしたり、訓練したりしてる。
スゲェ雑にだが第一近侍軍団の陸水空の一師団は以下の感じで。
征夷大将軍
権帥・国司・権大将(軍団長)
権軍団長(二名以上の中将がいる時任命)
中将 10000師団 大艦隊長 戦略団長
少将 6000旅団 中艦隊長 戦術団長
准将 4000連隊 小艦隊長 司令長
大佐 3000半隊 船団長 機種長
中佐 2000十備 主力艦長 重母艦長
少佐 1000五備 補助艦長 軽母艦長
大尉 800四備 各機関長 各機関長
中尉 600三備 海兵長 空挺長
少尉 400二備 技官 技官
准尉 320備併 計楽官 計楽官
番頭 200 備 200 200
組頭 40 組 40 40
小頭 20 勢 20 20
半頭 10 手 10 10
伍人頭 5 班 5 5
なんか訳わかんねぇし半端だなってなったら正しいし全くもってその通り。マジで半端な知識(百年後戦記)と平和極まってた為に実際の運用経験が皆無なのだ。兵器や運用の大枠は知っていても大規模な軍隊同士の戦いどころか訓練以上の経験が無い為に此のザマ。
特に出来たばっかでブラッシュアップとか何も出来てない空軍など酷いもので、陸も海も援護できる為それらに影響され、特に海軍に合わせる形のとんでもないスタイルで設立された。
小型機は五人三機、中型機は十人三機、大型機は十人一機。番頭が小型なら百機、中型機なら六十機、大型機なら二十機という代物。そこまでは良いが海の援護は大型空母二隻ないしは軽空母二隻で番頭を、陸に於いては番頭十人を司令隷下に於いて運用する。予定。未定な予定。
陸軍は白地川城の戦いがあった為にマシな部類、最も練度と経験が高いのは海賊ブッコロマシーン海軍。とは言え此の陸海の軍も正直言って陸軍の兵が海兵を兼務してるので分離しきれてない。とどのつまり戦国時代的な軍の形を少しずつ大規模化し常備化している過渡期の代物でしか無いのだ。
長々と蛇足を垂れ流したが第一近侍権大将とは十万の陸海空軍を将軍から運用するように任された存在って事だ。
その内藤雲上斎忠永はチラリと横を見た。尾張型戦艦を流用した空母。早い話が信濃的なバカでかい空母から甲板ギリギリの大型双発機が飛び立った。
別世界線のちょっとちっこいけど一式陸攻に似た代物が、空母から発艦可能かどうかの検証である。着艦は無理だろうがそのまま陸上の基地へ降りればいい。
「富嶽を洗練させんとなぁ。そうすれば兵に無理をさせずに済むのだが」
富士山から名前を取った富嶽は最新型の六発大型機である。プロペラいっぱい付けていっぱい飛べていっぱい運べたら便利だよねって作った。唯一の困り事は信じられない程にエネルギー爆食いする事だった。
細々と改良を重ねており旅客運搬から偵察爆撃まで擦る気だが、出来たばかりで少々調子が悪く、秘密兵器的なポジションなための今回の作戦は控えさせたのだ。その富嶽の代替として今回の大型機の空母発艦試験である。任務は長距離偵察だ。
「……しかし清朝やロマノフ朝の話は蒙古国の又聞きだ。何を隠しているか分かったものではない。二代目様も敵を侮るなかれと強く諌めておられる。
孫子兵法に曰く彼を知り己を知れば百戦してあやう殆うからず。次期清朝皇帝は声高に倭人を除くと言っているそうだしな」
特に国交を閉じてる清朝の新帝と目されるフンリは「駆除倭寇、恢復満州」を声高に言ってるらしかった。
若気の至りやブラフなら良いが立場を考えれば備えないのはカスである。
「さて、どの程度の変化があったか。海軍空軍だけでなく陸軍の演習も必要かも知れん」
八寒白地の防衛戦を強化しながら偵察を行い余りの殺る気の無さすっ転びそうになるのは半月後の事だった。
街中を怒肩でノッシノッシ歩く尊大極まる男がいた。不機嫌そうと言うより怒髪天と言った形相で周りを見渡している。杖を突かず握って大股で歩く。
「何を囀っておるか!! その暇があれば糸を紡げ!!」
怒鳴った先では女が二人話していた。大声で話し尊大極まる男が来ていた事にも気付いていなかった女達はブルブルと震えながら頭を下げて逃げていく。尊大極まる男は鼻を鳴らし杖を振ってまた歩き出す。
ノッシノッシ。無骨な欧州の街の道のど真ん中。尊大に進む。
曲がり角を進めばバッタリと荒くれ者を絵に描いたような厳つい男、てか普通に荒くれ者と鉢合わせた。
尊大極まる男がギョロリと見上げる。すると荒くれ者は腰を抜かして陸の上で溺れた様に地面を掻いて逃げ出す。強いて言えば「ヒィアアアアアアァァァァ……!!!」的な悲鳴をあげてだ。
ブチっという音がした。
「〜ッッッれぇ!!! 追えェ!!!!」
尊大極まる男は即座に追いかけた。デップリした腹の割には機敏で最早絵面は獲物を追う熊だ。荒くれ者は直ぐに捕まり尊大極まる男の前で跪く。
しかしその襟首を引っ掴んで。
「なぜ逃げたァッ!!!!!」
「ヒィ!! ……グペェ?!!!」
ゴッスゥッと鈍い音。尊大極まる男が握っていた杖を振るったのである。さめざめ泣く荒くれ者に。
「ヒイでは無い!! なぜ逃げたと聞いておるのだ!! 答えよ!!!」
「お、王が!! 王が恐ろしいのでございます!! グベェ……?!!!」
そのまま頭突き叩き込んだ。荒くれ者は白目を剥いて鼻血を垂らしながら崩れ落ちる。バチボコにキレ散らかった王が杖を振り上げ。
「己等は余を好きになるのだ!!!」
思いっきりボッゴォてエグい音が鳴るくらい振り下ろした。荒くれ者じゃなきゃマジで可哀想。まぁ荒くれ者だから良いけ……いや良くないなわ。流石に不憫。
「全く大の男がピーピー鳴きおって!! 連れて行け!! 軍隊で余直々に性根を叩き直してくれるわ!!」
そうエゲつねぇ剣幕でバットみたいに杖をブンブンするのはプロイセン王。
王としてはバチクソ有能だし、やった事の必要性は分かる。状況的にそうせざるおえなかったと事もあるだろう。でも人としてはマジで関わりたく無いタイプの王様。このオッサンの子供にだけはなりたく無い系国王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世だった。
軍人王とか兵隊王。酷い物だと王冠を被った伍長とか呼ばれる優れた王にしてマジでヤベェ親だ。ほんとマジヤバい。
「全くもって嘆かわしい!! ……ふむ。あってはならん事だ!!
こうなるとポーランド辺りで戦でも起こらんものか。もしそうなればオイゲン公の軍隊に愚息を放り込みたいものだ。あの様な腰抜けになってはいかん」
それだけ言うとフリードリヒ・ヴィルヘルム1世は王宮へ向かって踵を返した。目的地であるベルリン王宮は良く言えば文化的、事実を言えば散財をかました先代国王の改築計画を軍人王が辞めさせた中途半端な城だ。何だったら美しい市民の憩いの場であったルストガルデン公園を練兵用の砂場に変えてる。
そんな文から武へ零百すぎる変貌を遂げた宮殿はシュプレー川の中洲フィッシャー島の上に建つケルンの街中にある。東岸のベルリンと合わせた星型の城塞は、その特性上どうしても密集した物で、王宮の周りにも多くの建物が建っていた。
フリードリッヒ・ヴィルヘルム1世はズンズン進んでいく。若くして三人の奸臣ってか腐敗役人ってかまぁ権勢を誇ったアカン連中を蹴り出した男の御帰還だ。即座に数名が寄ってくる。
「東プロイセンへザルツブルグのプロテスタントを入れる話はどうなった!!」
「大司教が難色を示しております」
「だろうな!! だがプロテスタントがプロテスタントの国へ行く法はあってもそれを阻む法はなかろう!! 担当官を送ってしまえば文句は言えまい!!
煩ければ……ふむ。殴るぞ、と伝えよ!! 尚、最後のは冗談だ!!!」
「は、はは!」
「移住の暁には余が自ら讃美歌を歌い出迎えてやろうぞ。それとだ!! オランダの職人はどうだ!!」
「そちらも取り掛かっております」
「どれほど掛かる」
「三年は掛かろうものかと……」
「仕方あるまい!! カッテは何処だ!!」
追従していた者達の中で特に若い柔和そうな男が出てきた。ハンス・ヘルマン・フォン・カッテ。王太子の側近で家庭教師だ。
「此方に」
「相談事があると言っていたな。何だ」
「は、陛下。キビ公物語で御座います。此方を王太子に送る許可を頂きたく」
フリードリッヒ・ヴィルヘルム1世の額に青筋が浮かんだ。浮かんだしカッテを睨んだが怒鳴る事は無かった。王は王太子が芸術に現を抜かす事を良しとしない。
だが此の極めて優れた王、極めてヤベェ親にも唯一の趣味と言うか奇癖というか、そう言うものがあった。本気で何というべきか難しい所で、道楽と取るか国威と取るか、儀仗兵とも言えなくもない連隊がソレだ。
プロイセン第6歩兵連隊。通称、巨人連隊である。要は長身の者を集めた部隊だ。巨大で男らしく強そう。ケチと言って良い王が惜し気もなく金をかけ、また住居や婚姻の世話まで行う事さえある。
人攫いまでして掻き集めた長身の男性達を鍛え閲兵などに用いたのだ。尚、攫われた事を恨んで一回だが王は殺されかけた。それでも懲りもせずに此の連隊を王は好んだ。
要は王はデカくて強い者に執着していた。故に王の趣向と王太子の趣向を如何にか混ぜ合わせて、王太子のスパルタってか半ば虐待じみた教育の中で王太子に息抜きをさせたかったのだ。それでデカくて強い男が戦で活躍する物語を見つけたのである。
「極東ヤーパンの戦術書にして初代キビ公の物語で御座います。此の物語は未だ槍の出る時代の戦の話ですがなかなか侮れません。戦の根幹を記した内容が多く王太子殿下への教授にも宜しいかと」
「寄越せ」
「……は、はは!!」
カッテは本を差し出す。表紙を見た王は鼻を鳴らした。
「英語か。ドイツ語に訳せ。原本は預かる」
「承りました」
数日をかけて翻訳作業を終えたカッテは王に翻訳した紙の束を渡した。更に数日をかけてそれに目を通しプロイセン王は言う。
「地図は良い。だが絵を描いた等と言う部分は削れ。音楽の話もだ」
そこから始まりフリードリッヒ・ヴィルヘルム1世は様々な注文を付け話の三割から四割を削る事になる。
この吉備公爵の戦争史ことデ・クリークスゲシヒデ・フォン・ヘルツォク・キビはカッテの斬首の後に遺書と共に王太子へ渡った。
後に王太子フリードリヒ、いやフリードリヒ大王は「此の本があと半年早くカッテの手に入っていれば……」と嘆いたと言う。




