テルマエじゃなくてナニモノ・テマエ あと黒髭の知り合い
「エ……トレメンド……」
月代に和服を纏って帯刀する男が言った。メチャクチャ周りから見られながらだ。場所は震災復興と共に発展著しい台湾。
台湾府は寄港地である事を生かし、また砂糖黍や果物の農業生産で発展している。今では鉄道が走り耕運機などが使われ始め硝石肥料が使われ始め一気に発展した。また東部の山の中に阿弥軍港があり航路を守る正に海の要衝だ。
そんな場所にメチャクチャ顔の濃い男が立って蒸気機関車を見てドン引きしてた。場所は摩訶田多藩の台湾で一二を争う大湊の摩訶田多津。
「お兄さン。ちょっと良いかな?」
そして肩を叩かれた。凄い絶妙な色んな感情を内包する笑みを浮かべた十手を握る男。廻り方、要は警察だった。
「あ、ッタぁシは、ケタァガラーの、者ダー、です。アナイ、とぅのもー」
居ないことは無いが日本人にしては彫りの深い妙に整った顔立ちの侍コスプレ男は逮捕された。強いて言えばテルマエ でタイムスリップしてそうな感じの顔。彼は宣教師ジョバンニ・バッティスタ・シドッティ。
バリバリの密入国者だった。この感じで凄い有能な教皇庁の人間である。数年前にこんな事があって彼は幽閉された。
その場所は江戸城下小石川キリシタン屋敷と呼ばれる場所で、密入国した宣教師を幽閉する場だ。そんな中でジョバンニ・バッティスタ・シドッティは布教行為の一切を禁止されているが幕臣として遇されている。主にラテン語をはじめとした欧州文物の翻訳や、言葉の教育に加えて欧州一般の考えを纏めるのが勤めだ。
「白石殿より此方を翻訳してほしいと」
「多いデスねー」
ジョバンニ・バッティスタ・シドッティは懐かしい本を見て巻物印字打鍵版を打つ。ウィトルウィウス的人体図などを始めとしたものである。
「ダヴィンチ、ですか。しかも絵ではなく手稿の方ですネ……。これ以上一体何を知りたいと言うのか。知識に於いては強欲と言っても良さそうだ」
ヤレヤレと肩をすくめて作業を続ける。冷蔵庫から冷たいコーヒー牛乳を飲む。
「……クレメンス聖下とて飲んだ事ないでしょうねコレ」
これは大罪だろうか等と思いながら呷れば激烈な甘さ。正直言って辞められなかった。風呂上がりは三本だ。日に十二本は飲む。神に許しを乞いたくなる背徳の味。
「指も疲れた」
そう言ってジョバンニ・バッティスタ・シドッティは立ち上がり電子映像箱を付ける。
『今日の童唄は三木間埋棲行進曲。三木間〜三木間〜三木三木間〜・・・ブツ。
続いての報せです。弾丸列車の御披露目を成した蒸気機関百周年祭にて初めて御目見になられた吉備国司家の鉄松様は御快癒の・・・ブツ。
君も自動車が持てる!! 有村商事新型石油車百両より!! さて続いては小笠原諸島にて広大な土地を幕府が広大な土地を直轄地と致しまた事について……』
ボケーっと電子映像箱を聞き流しながら氷菓子を食べる。そして、ふと。
「海の向こうの異国の同胞を助けに来た積もりだったのですが……ハァ」
カトリック的に見てだが日本は戦国時代の頃は見込みのある国だった。だが織田幕府が開いてからは見込はあるが友となるに難しい国と言う評価に落ちていたのだ。要は禁教を明確にしたのが大きく評価を落としていた。
キリスト教を広めるに当たって日本という壁の巨大さは理解していたのだ。あのイスパニアがキリスト教圏の広がりを断念せざるおえない譲歩をしたのだから当然の事。だから先ずは自身が日本に飛び込み情報を得るつもりだったのである。
ジョバンニ・バッティスタ・シドッティはそんな事を当時考えていた。
「……でも禁断の果実がゴロゴロ転がってなんて思わないじゃないか」
例えば巻物印字打鍵版などは遺教の教えや異端の教えを即座に増やし蔓延らせるだろう。電子映像箱などは目も当てられない。蛇口や冷蔵庫でさえも船に乗せれば不心得者が行ったインディアンへの暴挙を止めようがなくなる。
当然ジョバンニ・バッティスタ・シドッティにも故国への郷愁はあるのだ。だが故にこそ世界を滅ぼしかねない蛇になるのは御免だった。
「東洋の神秘……か」
彼の顔は諦念に満ちていた。このレベルになると神秘って言うかバグかチートである。ただ人間は慣れ順応る生き物。
「パスタ食べに行こっと」
日本東山府河蛟国で海賊が捕まった。その海賊はベンジャミン・ホニー・ゴールドおよびエドワード・ティーチと言う、名を聞けば誰もが震え上がる男達の船団に所属していた一船の船長である。
ベンジャミン・ホニー・ゴールドは燦然と輝く伝説的海賊と関わり本人も優れた海賊であったが今では海賊を狩る側に回った男だ。そして彼の部下だったエドワード・ティーチは語るまでもない彼の海賊黒髭であった。
捕らえられた海賊の名はスティード・ボネット。元々は地主にして名士で海賊紳士と呼ばれる男だ。
彼は牢屋敷から出され河蛟国奉行所に引っ立てられた。奉行所とは裁判所で御奉行と言う要は裁判官が働く場である。河蛟国はルイジアナを内包する事から特に優れた奉行が配属されていた。
その男は日本より派遣された大岡忠右衛門忠相と言う男だ。そんな名奉行にして明奉行の誉高き男が御白洲に現れた。砂利敷きの筵の上に座らされた海賊達の前にある公事場に腰を下ろす。
堂々たる座り姿で大岡忠右衛門忠相は言う。それは即座に翻訳して通達された。
「強制された者を除き打首獄門」
海賊達の反応は敢えて肯定的に言って剛毅と評す態度だった。太々しく笑う者や納得して平静にヤレヤレと肩を竦める者に頷く者だって居る。傍迷惑にも太く短くドンと死ぬアウトローの矜持を見せ付けていた。
……唯一人を除いて。
「い、い、いやだあああああああああ!!!」
スティード・ボネットである。ギャン泣く彼は何かもう可哀想だった。マジで惨めとか言うレベルじゃ無い。
「やだ!! 嫌だ!! 私は死にたく無いいいいいいいいいいいい!!」
すっごい情けない。
「御奉行閣下!! 閣下の傑出した人柄を信頼致しまして我が身を足元に投げ出してお願い申し上げます!!
私の哀しき魂より溢れる涙が侍たる閣下の御心を動かし哀れな境遇に置かれた私に慈悲を御与え下さればと!!
この命を御救い頂けると言うのであれば私は己の四肢を切り落とす事さえ厭いません!! 私はキリスト教徒で御座いますので残された舌で最後の審判の時まで祈り続けたいと乞い願います!!
もし私の身が邪悪であると言うのであれば遠い離島の監獄にこの一生をを終えるまで押し込んで頂きたい!! もしそれを赦してくださると言うのであれば私は閣下を神に次ぐ者として崇めます!!
異教の者とは言え私の信心と誠意を以て閣下と共にあり、全ての良き行いが閣下を全能の主とする事が私の望みで御座います!!
閣下の下僕の中で最も哀れで苦しむスティード・ボネットを御救い下さいいいい!!」
捲し立てる様にスティード・ボネットが言えば通訳によって直様に翻訳される。
「哀れな境遇に陥ったのは貴様の不徳であろうが」
錯乱した男に大岡忠右衛門忠相が淡々と言い通訳が訳す。
「決して!! 決して!! その様な事は御座いません!! 私には船長としての権限などなかったので御座います!! 賊の行いは部下達は私が止めるのも聞かずに行ったの物で私に止められる術は無かったのです!!」
海賊達の額に青筋が浮かんだ。そして大岡忠右衛門忠相は鼻を鳴らす。畳んだ扇でスティード・ボネットを指し。
「貴様は略奪品の配分を行なっていただろう」
続けて朗々と。
「更に言えば部下の鞭打ちも行ったと証言が取れておる。船の行先の決定もその方が決めていたそうだな。これで船頭では無いなど言え様筈も無い」
スティード・ボネットはガチガチと歯を鳴らして縋る様に。
「し、しかし私はエドワード・ティーチと共にいた時しか海賊行為をしておりません!!」
「そもそも勘違いとは言え見廻り船を襲った時点で死は免れぬ物だ」
「わァ……ぁ……」
泣いちゃった。
「貴様のした事は他の誰でも無い。貴様が責任を取れ」
刑場に連れて行かれたスティード・ボネットは震えた。カタナ・ソードで切り落とされた罪人達の首が並んでいる。泣き喚いて暴れたが押さえつけられ頭の中に走馬灯が迸る。
「ええ旦那。任せてください。所でこのリベンジ号は何に使うんで? このデカさだ。随分と良い商売が……え、海賊船? へ、へぇーそいつは何とも。ははは……」
「給与制の海賊だぁ?! 訳わかんねぇよ」
「少佐って聞いてたが陸のかよ。アンタ海の知識無しで海賊って正気か?」
「またしくじったぜ船長の野郎。いけ好かねぇボンクラが」
「ああ、スティード。アンタぁ海の事は何も知らねぇ様だし俺の船に乗ってなよ。心配すんなって。アンタの船はこの黒髭が一等信頼できる奴に任せるから」
「恩赦ねぇ。期待してる所悪いがよ。信用して良いんだか」
「足を洗うと言うなら構わんよ。総督に通達しておこう」
「船長!! 船長!! 有難う!! 俺ら黒髭の野郎に置いてかれて!! アンタ俺達の命の恩人だよ!!」
「黒髭を〜ブッコロス!!」
「本当ですか船長!! あれがフランスのハンゴーなんですか!! アレを持っていけば恩赦に私掠免許状も、いや本国の貴族にだってなれるかもしれねぇ!!!」
「テメッアレッ日本のミマーリ・センじゃねぇかああああああああああああああああああああ!!!!! ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「に、逃げろ!!! 早く!! 早、座礁したアアアアアアアアアアアアアアァもぉヤダアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ある筈の無い潮風の薫りが僅か。
ハッとした。白刃が落ちて赤が伸びる。そして落ちた。
スティード・ボネット享年32。
彼が海賊へ転身した理由は嫁が怖かったからだという。
……凄い口喧しかったんだって。




