オデ……ツヨイ……タブンツヨイ
広大な川と真っ平な草原。
「下ぁ下ぁ下ぁ、止めい!」
気の抜けた顔の兜鉢だけ被った男が蒸気式履帯滑車から顔を出す。大声で指揮を取っていた男が両手で丸を作り穴太積みの石垣が完成していた。そこに漆喰を塗り鉱滓の煉瓦を貼り付けて僅かな隙間も無くなった。
少し離れた位置では蒸気式履帯削減機が幅広く長大な穴を掘って土を盛る。
完全に工事現場だった。
格好メチャクチャ和服だけど。メチャクチャ馬のってる人居るけど。でもどう見ても工事現場。
建ててるのは中央の建物が矢鱈と屋根がとんがった和風の城だが、全体を見れば星型城塞と言うのが正しい。
「唐国に長城と言うものがあるらしいが此処にソレを作るつもりか? 全く馬鹿げた絡繰を送ってきた物だ」
上杉喜平次定勝の孫の養子である上杉喜平次綱憲が呆れた様に言った。
麗那川を伝って冰海までサハ衆、エヴェンキ衆、サモエド衆などの橇人の協力を得て防衛線を敷くのだ。その前段階として要所に城を建てて周辺の橇人との交易と協力をするつもりだった。余りにも東からコサックが襲来するので幕府上層部がバチクソにキレたのである。
上杉喜平次定勝は足元の黒いサモエド犬を担ぎ上げて猫吸いならぬ犬吸いをしながら。
「フォゴホフホホハ」
誰も聞き取れなかった。未だ日本語に不慣れな西八寒の橇人達が上杉家の旧来の家臣に問うような視線を向ける。
普通に北奥で上杉家の家臣になった橇人も分かってない。何なら日本の頃から上杉家の家臣だった人達も分かってないから本人意外わかんない。ともすれば本人意外わかる訳ねぇ。
視線の先では「わからん……全然わからん」って左右に首振ってた。
サモエド犬を満喫した上杉喜平次定勝が顔を離して犬をワシャワシャしつつも状況を理解し。
「いや、剛毅な事だと思ってな」
全員が深く頷いた。これは八寒だけの物では無い。白地も含んでの事だ。
全体像を明かせば麗那湾から 麗那川を伝い冰海から基本的に川を伝って東へ進み、白地川に沿って白地まで進み白虎川を伝って日本海までの防衛線だ。
そりゃ要所に防衛拠点を置くってだけでも頭おかしい計画。最低限の拠点の建設の後は線路の敷設が計画されていた。ハッキリ言ってアホであるが膨張拡大から富国の下地である設備投資の段階。
航路と線路を敷く、街を建てて商売する、的な段階に来ていた。そのついでである。
八寒では西でエロフェイ・ハバロフなどロシアを称する連中の遠征隊を撃滅し、南でサルフダと言う清軍と戦ったのだ。鉄砲大砲の性能と人数的に有利な上、地元民から交易人として受け入れられていたので、何方も情報筒抜けでボロ勝ちした。特に後者は軍船まで持ってきたが全部沈めた感じ。
何故ならロシアにせよ清にせよ無意味な貢納だの強制移住などで控えめ且つ現代風に言ってアンチが多かった。
で特に清であるが冰海周辺のエヴェンキ系ネリュード族のガンチムールって人が意訳すると「強制移住とかさせる清マジでクソ」と日本側に貢物を出し従属をすると申し出たのであるが清的には宜しくない感じだったのである。鄭氏政権に日本が馬鹿ほど火器を売却していた事もあって清四代皇帝康熙帝が要約して「ガンチムール返せコレィ」ってキレ気味に言ってきたのだ。
それに日本は意訳すると「やだ」って返した。
この世界線だとコサックが居ないので白地川辺りに出来たヤクサ王国とかは無かったが日本人の爆増に焦りを持ち始めていたのである。
更に数年経ってダウル衆の住む地に協力して建てた白地川周辺を清軍が偵察を繰り返していた。だいたいは地元の協力関係の騎兵が処理してくれたが遂に軍事の召集を察知。これ幸いと軍を派遣した。
で、日本の主将は若将軍織田信慶と先代吉備国司内藤敏忠である。他にも重臣の子弟や腹心が馬廻として参加しているが、マジで絶対に戦場に出したらダメな二人が来てた。本当に自軍兵力三千程度の兵力の戦場に来るべき立場じゃねぇ。
もう城の中は地獄絵図である。何かあれば若将軍は次代の将軍だし先代吉備国司は人望あり過ぎて日本が狂乱するだろう。日本から同道した家臣達は顔真っ青だ。
まぁ何なら将軍も来ようとしてたけど。先代吉備国司内藤敏忠が「私が見てきます故」って何とか押し留めたのだ。言った本人も大概行って欲しくない一人だったが。
「織田軍の戦法の変化。また中老の軍はともかくも全体の軍勢の質。軍を動かして起こる齟齬。これらをを此度の戦で確認する。皆忘れるでないぞ」
鷹狩りの装束に銀の胴丸と黒い籠手と黒い脛当てを付けた様な格好の織田信慶が評定の間で言った。
尚、銀の鎧はヤバかった。金工石と石油精製の残留物と塩素で何か偶々出来ちゃった物と鉄を混ぜた不壊鋼の簾胴丸。簾胴丸とは棒状の不壊鋼を連ねた物であり、内藤家が金(国家予算2年分)と時(8年)と人(内藤家総力)をアホ程投入して戦場に出る若将軍の為に作った鎧だ。まぁ正味そうはならんやろなオーパーツ的な何か。
「準備は如何か吉備ど……ゲフン。吉備」
将軍が問えば内藤敏忠は頷き評定の間の諸将の視線を卓上の地図に向かわせ。
「既に万端に人事は尽くしました。ダウル衆の方々伝に敵の動静を伺っております凡そは割れております。城の砲の取り付けも随時完了いたしましょう。
敵は五千に届くか如何か、将は黒龍江将軍サブス、兵装は騎兵と歩兵で銃は少数、分散はなく川向こうから参ります」
「うむ、では此の小競り合い。後は我等の奮戦如何か」
「は!」
白地川城は正面を白地川を、広報は平地だが遠くに山がある津城だ。防御力を上げる為に白地川の洲ノ島砦と連携している。
山城の防御力も捨てがたい物だったが河の港湾設備の為に平城にした。その代わりに砲台曲輪という代物、とどのつまり稜堡を持った城だ。そして城の左右は捨てる前提の塹壕で二重に囲っており試したいのはこの塹壕。
その前線拠点である洲ノ島砦は河の中の中洲の物だ。馬出しのように港湾設備を覆う形で曲輪があり城壁と稜堡がある。また船橋を用いての馬出曲輪もある大規模な物だった。
また城壁は横から見れば戦列艦の様になっていて、特に端は漏斗を合わせた様な形状で要は双方が円形の八の字だ。そこに設置された大砲は駐退機を持ち、砲口下部に軸があり砲尾を振って仰俯角と左右に動かせ、僅かながら広範囲に狙いを付けられた。後は実験的に幾つかの弾丸や大砲も設置してる。
そんな城に清軍が来た。
康熙帝はキレている。彼の邪智暴虐なる倭寇が陸に上がったとか最悪だ。裏切り者を庇うのも許せない。何よりクソ辺境なのに数が多すぎて三藩よりヤベェ。
今でも三藩を利用して排除すべきだったと後悔している。要はどっちも死ね的なノリである。二虎競食の計したかったなっていう。
らしく無い自覚はあるが気分時には自ら八旗を率いて追い払いたかった。優れた知者である康熙帝はやらないけど凄くである。だがその気分は脇に置き攻撃を命令。
元より黒龍江の辺りを統括しており、黒龍江将軍として駐屯を始めた薩布素に加え郎坦、彭春。更に瓦山、郭丕に漢人部隊の縁営を加えた軍勢だった。
地形は北西から南東に向かう川を挟んで山が有り、中洲とかワチャワチャあるが南西に向かって分流がある。清軍はその分流から迫って来る形だ。
ゴツゴツした丸っこい顔にラーメ◯マンとか昔の中国系キャラが偶にやってるハゲ頭から編んだ長い髪の伸びる弁髪。綿襖甲を纏い弓を矢束を下げた男達が彼等の言い方で言えば和城を見ていた。特に立派な体躯を持ち知性を感じさせる瞳の将軍が笹の葉の様な髭を摘んで。
「アレ無理じゃね?」
黒龍江将軍薩布素の言葉だった。
清の太祖の頃より仕える軍人の家系に生まれて軍人として生きて来た男が凄い嫌そうに言う。山から見える程度の話で謂わゆる和城と言う代物が面倒臭い事この上無いと察したのである。まず持って規模デカ過ぎだわ港あるわで数万の軍勢で落とす様な者だ。
「火営、どうだ」
火器を用いる責任者に問う。問われた男は拱手して。
「将軍、問題はあの堡塁で御座います。随分と距離が御座います。おそらくは烏銃の射程を生かした物かと」
「馬防柵を破れるか?」
男は言い難そうにした。ただ諦めを滲ませ。
「一部ならば」
「分かった。であれば先ずは挑発して城から出すか。我等も攻城戦は好かんが倭寇が陸に上がったのだやりようはあるだろう」
満州人は騎兵だ。攻城戦は苦手である。だから主力は漢人を基本とした縁営に任せる気だった。ただ清という国は火器を重視しており将軍ともなれば理解力もある。
「先ずは渡河か。軍船を出せ!! ……これで釣れれば良いがな」
渡河作戦、いやアムール川の広大さを以て敢えてこの場合は上陸作戦とでも言おう。これの上陸作戦と言う戦場での行動は待ち構える側にとって最も攻撃の好機。あえて隙を見せ薩布素は敵を釣り出す事にした。
手前の砦は無視して上流へ向かう。適当な地点で船に乗せた鉄砲兵と工兵を先行させ渡河地点を作る。船橋を用いて勇猛な将軍を渡河させた。
この時点で敵の攻撃はない。
異常だった。だが攻撃がないのは好都合な事だ。余裕綽綽といった面で戦々恐々と船橋を増やし渡河を進める。
渡河が済めば前進して包囲、城に向かって横陣を敷き、更に壕を掘らせた。薩布素はドッシリと構え。
「さて、腰を据えて、む」
音がした。聞き慣れた音だ。騎兵の嫌いな音がした。和城から白煙が上がってる。硝石の臭い匂いが漂うって来る気がした。だが火営が笑う。それは上に立つものが兵を和ませる為の軽口の合図。
「試射でしょうか? 倭寇の連中の気の早い事——」
轟音が言葉を押し潰した。
全軍が音の方に目線を向ける。冷静な者は先ず火薬の暴発を疑った。だが目を通して写るのはミンチになった人間だった物。
大地に摺鉢が出来ていて、それを中心に赤くてバラバラの色々だ。そして身体のどこかしらが無くなった地濡れの兵が呆然と円を作って突っ立っていた。
「退くぞ!!!」
薩布素は絶叫した。尋常では無い。警鐘が脳を揺らし確信が馬を操る。
が、遅かった。
「あ、あぁァッ……!!!」
無視した砦から敵、それは分かる。なかった筈の狭間、それも鉄砲狭間ではなく大砲狭間と言うものが突如として顔を出したのだ。戦国時代の日本の城にもあった狭間を隠蔽した隠し狭間だった。
出て来たのは銃口じゃなくて砲口。今度は壁どころか砦が白く染まる。更には船が出て来て船橋を設置、馬出しと呼ばれる場所から騎馬隊が出て来て迫る。
薩布素は一矢報いる事を決めた。死ぬのは良い。せめて。
「突撃!!!」
二本足で愛馬を操り弓を握り構える。日本の騎馬は刀を握る逆の手に妙な短筒を構えていた。ただ先頭のやたらと大きな将軍は何故か片手で余りにも長大な倭刀を握っている。
短筒が白煙を吹いた。音と共に薩布素の中指と人差し指が弓と共に弾け飛ぶ。弓騎兵の命が飛んだ。
「放て!!」
それでも叫ぶ。残った手で腰刀を握る。握ろうと、した。
「——!!!!!」
異常な回数の白煙と渇いた音が広がる。それらが重なり薩布素は驚愕した。敵の馬上筒は複数回の射撃が可能なのだと。
動ける。動けはするがしかし、突破は無理だった。逃避も難しかった。銃撃に続々と同胞が倒れて強引な突破さえ出来ない。
「がッ?!」
腿に弾丸、落ちる。馬蹄が脇を抜けていく。顔を上げて。
「……あぁ」
同胞へ長大な倭刀を担ぐ侍が率先して突っ込んでいた。巨大な侍と同等の倭刀が馬の首諸共に同胞を薙ぎ払う。何だったら複数人をまとめてバラバラにしていく。
ふと薩布素は思い出す。明の威継光の本と漢人の話を。だから警戒はしていた。
でも片腕で人間掴んで振り回すとか聞いてない。枝葉を刈り取るように、まるで児戯のように、無惨な敗残兵を残らず薙ぎ払っていくのだ。全身から鉛に開けられた穴を伝って血が大地に流れていく。
全て刈り取ってしまった大きな侍が近付いてくる。何事かを語って頭を下げてから刀を振り上げた。
「……やると良い。倭寇、いや侍よ」
薩布素は言った。美しい倭刀に己の惨めで不敵な笑顔が映る。故郷の風を思い起こす様な一陣の風が吹く。
騎兵の戦いは実質的に終了し、それと同時に歩兵の戦いも終わっていた。
何か何時の間にか味方した橇人達の先頭に陣取って逃げる歩兵を追撃し尽くした若将軍が戦場を見る。
「試射で終わってしまったな……」
最初に広い範囲への攻撃が可能な為に敵が多い状況で使うべきだと、特に試したかった物を放ったのである。
その大砲は当初の目論見として敵の付け城や竹束で鉄砲を防ぎながら壕と盛土を進める仕寄。それへの攻撃を意図して百年後戦記の中で何とかなりそうだった放物線を描き敵の頭に砲弾を叩き込める砲を作り上げた。その砲弾が爆発して炸裂すれば強くねってなった代物だ。
ただ案山子相手が精々で、その間に飛距離が伸びたり、信管の研究が捗ったりしてそのままだった。勿論、それによって戦い方を変えねばならないと理解はしていたが、実際に使ったら想定以上にやばかったっていう。
敵が狂乱したから砲弾とか棒火矢とか色々ブチ込みながら法螺を吹いて回転弾倉施条銃を撃ちながらの突撃。
味方の頭の上を過ぎて敵の頭に砲撃を降らせて敵のケツに火を付ける支援砲撃。敵の塹壕奪取を目的とした一斉射撃をしながらの突撃。散らばった敵を味方の残存騎兵の総力をもって追撃する残敵相当。
これらの手順を一応は試した形だったけど初手で壊乱しちゃったって言う。そりゃ戦列に榴弾なんて叩き込まれたらそうなる。
「しかし、これは……」
若将軍は戦場を見た。文字通りの全滅だ。
「敵も引くに引けまい。関を作るべきか。吉備殿に聞いてみるべきだな」
当たり前だけど清はブチギレた。康熙帝は感情は脇に置いて非戦が最良と分かっていたのだが、自身の支持基盤である満州人の声を無視出来ずに開戦を承諾。折角なので反乱分子や反乱分子っぽいのを送って様子見。
全滅。
小競り合いが続く事になる。
一方で織田幕府の動きとしては弾薬の消費量が尋常ではない事から鉄路航路の大規模化に加え、この火力を敵が用いる危険性から情報の流出を抑える手段の必要性を認識。
白地川の南部に日本型と言うよりは大陸型の関門。その上で大砲に備えた厚みのある曲輪に、多聞櫓と城門櫓を組み合わせて山間部に関門を建築。これは防御的な能力もあるが何方かと言えば情報の遮断を意図して建設された。
また周辺騎馬民族への懐柔策も取り満州人と言うアイデンティティ及び少数派の自覚のある清を焦らせることになる。




