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大英帝国は俺たちのネル ムガル帝国は俺たちが練る

「私のチャールズ・ザ・サード。ジャパンの船は如何だったの?」


 良い意味で軽々、いや軽妙と言おうか。陽気でシンプルに飾らない、の方が正鵠を射ているだろう。そんな問いがイングランド王チャールズ二世の耳に入った。

 イングランド国王を三人目の彼氏だからとチャールズ3世呼ぶ女性、問いを発した寵姫ミストレスが寝かしつけた息子の頬をムニムニするのを驚きを持って王は眺める。


「珍しいなネル。君が政治の事を聞くなんて。この前のピープスの様な友人がリターン号の中に居たのかな?」


 王が為に息子を侍女に預けたネル・グインは首を左右に振って。


「違うわ。でも友達の為と言うのは合ってる。ジョンやチャールズだけじゃなくて皆んながジャパンの書物の事を聞いて来るのよ。まるで可愛い可愛い子犬ちゃんみたいにね。

 私も好きよ。東洋のオリオンの伝説なんて無茶苦茶すぎるのもあるけど」

「ああ、ネルはアレだ。そのオリオン。キビ卿が子供の為に描いたっていうト(ピー)アンドジェ(ピー)ーが好きだったね」

「ええ! あれは笑い過ぎて死んじゃうかと思ったわ。元とは言え女優として参考にもなるしね。それで子犬ちゃん達の為にお願いできないかしら?」


 ネル・グインは父親が王党派大尉でこそあったが貧民街の出身。そこから女優として身を立て王に見そめられた女性である。出自は時代的に言って下賤と言えてしまうが美しい女性だ。明るく陽気で無欲と言って良く、友情に厚い好かれて当然のミストレス。

 ウィットに富んだ言葉とプロテスタントという立場は地獄を経験したイングランド国民の清涼剤であった。


 彼女の出したジョンとは宮廷詩人の第二代ロチェスター伯ジョン・ウィルモット。チャールズはちょっと遠いが彼のウィリアム・シェイクスピアの縁者で甥の息子である。要は彼女の要求とは友人や昔馴染みの為の事だ。それを理解して王は納得し微笑ましく笑う。


 王はネル・グインのそう言うところが特に好きである。権力欲の隠せない連中や取り繕った物言いをする女性、政治が絡む様な相手と常に関わっていては心身が摩耗する。だから王は定期的に此のペルメル街の小さな借家で休息を取るのだ。


「ああ、彼等か。フフフ成る程、そうだね。子犬の様になるのも分かる。実は君がそう言うと思っていてね。

 まぁ政治的にはジャパンの本土に使節を置くのは距離的に難しいと言う結論になったが、インディアンの問題は協力が出来そうだし金銀は得られないが貿易自体の規模は拡大の形をとれた。

 交渉がある程度うまくいったし船長に数冊の本の入手を頼んで置いたからマンガや小説が幾つか手に入るだろう」

「まあ!」

「ネル。また本が届いたらまた朗読会を開いてくれないかな? 私も気になるよ」

「ええ勿論! 私のチャールズ・ザ・サード。任せてちょうだい!」


 夜の帳が下りるまでイングランド王チャールズ二世は笑い話を聞き外交で疲労した心を癒す。




 ベンガル地方コルカタ(カルカッタ)はフーグリー川西岸。日本人は天竺津館と呼ぶ建物の広間に主要人物が集まっていた。


「困ったなぁ……」


 河村平太夫義通(瑞賢)が頭痛を堪える様に言った。広間と言うのは|回漕株仲間《フワフワ東インド会社擬》のムガル帝国ベンガル地方コルカタ(カルカッタ)政所だ。

 元々は回漕株仲間は雑に言えば商人と傭兵で成り立っていた。海上護衛こそ幕府が担うが陸の上では言わば交易所以上の物では無かったのである。

 ただ時代が時代で戦国時代テンションを忘れ得ない者を筆頭とした、血の気の多い者がバチバチにいて戦闘能力も数の割には高かったのだ。結果として各地で交易と同等か下手をすれば、それ以上に戦力として見られていたのである。まぁ人云々より大砲とか鉄砲とか作りまくって売りまくってるから当然ちゃあ当然。


 で、ムガル帝国は回漕株仲間が出来てから凄い激動だった。端的にメチャクチャな拡大期でありエグい数の鉄砲がバカみてぇに必要だったのだ。その為に数村程度だが商館回りの村の統治委任をされたのである。

 コレはマジかって話ではあるが安い部分の金属製品を赤嶺から持ってきて、木材はムガル帝国で加工して組み立てっていう流れ。ムガル帝国的には地元の産業の育成と銃の価格低下、日本的には物産の輸送スペース確保と税収いう旨味を利益とした事。

 日本側の対価は鉄砲の組み立てとムガル帝国への納税と傭兵斡旋で、こうなると商館では対応しきれないので幕府が交渉。船団護衛を担っていた中老家である岩室家、丹羽家、内藤家、滝川家、柴田家の中老家の分家を戦力と共に常駐させ、統治と傭兵を集め筒部分と絡繰部分を持ち込んで村の人々に組み立て方を教えた。此処までは随分と上手く行っていたのだ。そら宗教とか文化とかで全くの無問題ではないが正にwin-winな感じ。


 けどムガル帝国で内乱起きちった。


 凡そ15年程前の事だ。四兄弟が争う此の戦いで商館は、イスパニアの事例を知っていた事から長男なら良いなぁと思いつつ中立を宣言。

 雑な流れを言えばであるが王位を狙っていた第二王子。ベンガル、ビハール、オリッサ太守のシャー・シュジャーは当初穏当な関係だった。しかし大敗北を端緒に追い詰められるに連れ態度が切羽詰まって行き最終的に火器と兵力寄越せって商館に軍勢を差し向けられたのだ。この強行に駐屯していた滝川家と傭兵がバチクソにキレ散らかり大砲を叩き込こんで象兵を混乱させ突撃した感じ。

 これが兄弟との争いでボロクソに負けて評価がガタ落ちだったシャー・シュジャーにトドメを刺した。


 で。その後のベンガル太守になったミール・ジュムラーの死亡などで混乱した際に、中途半端に商館周辺での影響力が増してしまったのだ。


アーラムギール(アウラングゼーブ)陛下はジズヤなる税を復活させる気らしいな」


 柴田勝家を初代に持つ中老柴田家の次男坊である柴田七之助国勝が言った。ジズヤとはなんか雑に言って宗教的な人頭税だ。良くは無いが金で済むならマシである。

 しかし宗教的な事で拗れるとダルい。ただでさえ商館の代理統治領と、それ以外の差が出来て何か面倒な事になってるのだ。

 そういう意味では現在の皇帝とは折り合いが付けづらいのでガチ勘弁って感じだった。


「そう言えば近々フランスのポンデシェリより客人がいらっしゃるそうで」

「今は……イングランドと手を組んで、いや。ネーデルランドとは戦っていたか? 後で確認しておこう」

「和戦の入れ替わりが激しいですね……」


 河村平太夫義通(瑞賢)が至極面倒くさそうに言った。即ちフランスと他国を仲介し折衝する必要も出てくるという事だ。基本的に商売が目的なのに何かドンドン別の手間が増えていく。

 しかし旋盤などに用いるダイアを始め重要度の高い物が多過ぎて離れられない。コルカタ(カルカッタ)回漕株仲間はムガル帝国にジャイアントスイングばりに振り回される事となる。

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