ハッケヨイ
上欄相撲は織田信長の相撲好きが高じて織田幕府の行事の一つとなった物である。当初は大阪と江戸の大関を戦わせ毎年行われる物だったが、今では三年毎に各地から横綱を集め大横綱を決める物となっていた。府のある日本、赤嶺、蓬莱、北奥、八寒、白地、山東、奥東の八府から大関以上を集めるのだ。
因みにどっかのチート男が相撲の事を余り知らなかった為、中途半端な形で流入して大関の上に横綱と言う立場が既にできてる。
鉱滓煉瓦と鉄骨で組み上げられ、ふんだんに材木を使って作られた建物。正四方の和風コロッセオ的な建物には五万人程の人々が熱気と共に座っていた。
狩野探幽による各地の横綱を描いた巨大な相撲絵。
数多並ぶ中心は各地の名横綱。日本の伴正林の分家の末裔である七抜富士右衛門。赤嶺は関門島の綱の様な髷を立髪の様に広げた心心舞鯱吉。蓬莱は元々漁師だった朝馴曳舟。北奥は天祐人の布袋様こと縹壁山キアナ。白いクマを殴り殺した八寒の凍裏面殴白熊、白地は狩人で鉄砲の名手だったナナイ大鉄砲助。山東はバチバチにやり合ってたアパッチ衆の安八大鷲。奥東は犬橇を引くのに百匹を必要とした大氷山百犬太郎。
最も小さなナナイ大鉄砲助で196線智、最も軽い朝馴大漁で157阡具である。力士のなのままに剛力巨漢の
彼等は四方に向かって四股を踏み御目見土俵入り。最後に土俵回りで輪を作り外向きに塩を振って仁王立つ。
なんか主人公を選択してくださいって感じ。
「八卦良ィッ!!! のォッタァ!!!」
大横綱を決める戦いは232線智、213阡具の縹壁山キアナと196線智161阡具ナナイ大鉄砲助だ。
名が体を表すが如きナナイ大鉄砲助の突っ張りが炸裂する。彼の鉄砲は武器の方なら百発百中、稽古の方なら大樹を倒す。並の相手なら重心を高くされるどころか放物線を描いて土俵から叩き出される様な一撃が雨霰と降り注ぐ。
だがそれを受ける縹壁山キアナは布袋様の様な表情のままに重心深く一歩一歩前へ。縹壁山の電車道と呼ばれる土俵に己が足の二条を残す押し出し。普通であれば決まっていたソレがしかして受け止められていた。
双方が分かっていた事。
ここからの動きは体躯に優れた縹壁山キアナはがっぷり四つを狙い、ナナイ大鉄砲助はソレを避けようとした。だが巨体に見合った縹壁山キアナの長い両腕と一切ぶれない低重心の摺り足で土俵際まで迫られる。
ドっと縹壁山キアナがブチかます。いかな力士であっても防げぬソレ。ナナイ大鉄砲助は受け止めるが上半身を土俵の外に出す程に押される。
最早絶叫じみた行事の「のこった!!」の連呼が激しくなった。最早やぶれかぶれにナナイ大鉄砲助は思わず掴む。縹壁山キアナの頭越しに褌をだ。
ハッとする。
「ッダアアアアアアアアアアアアアア!!!」
片腕一本。213阡具の縹壁山キアナを投げ飛ばした。決まり手は波離間投げ。
爆裂する歓声。大横綱はナナイ大鉄砲助に決まった。次回の上欄相撲まで江戸城で相撲の稽古を付ける相撲番として召し抱え、相撲番の間の国司曲輪内の大横綱館の貸し出し、大小二刀と賞金千両円を下賜された。
三ヶ月後、今日戦った者達は天欄相撲を披露してから故郷に帰る。
富士の麓に幕府軍の演習場があった。どう見ても偉い人達が重機が掘った幾つかの塹壕を見聞している。今は排水溝を加えているがデロデロでグッチョグチョな水溜まりがあるヤツを見てた。
「此処に兵を置くのか……」
「もう少しこう、何とか出来んか」
「こんな所にに控えさせていては足が腐るぞ」
「しかし砲弾の威力を考えるとなぁ」
「塹壕を用意だけしておいて後方に、無理か」
「大筒で吹き飛ばされるな」
「あの夢物語に近づいてきてる」
織田幕府の最近の悩みは技術革新に伴う対応である。特に軍事的な事では悩みが多く火薬の種類も威力も増え製鉄は勿論だが合金技術も発展していた。すると当然だが各種兵器の性能も上がっている。
艦砲とか普通に十五阡目取り超えてきちゃったし貫徹弾とか炸裂弾とか出来ちゃった。特に炸裂弾とか既存の方法では兵士達の被害が尋常じゃなくなるので頭を悩ませているのだ。ほぼ自分の尻尾追っかける子犬子猫みてぇな感じ。
彼等を突き動かすのはエウロペ、昨今は欧州と呼ぶ様になってきた、は絶対に自分たち以上の何かがあると確信していた。鉄砲と大砲とガレオン船を持ち込んで大盤振る舞いしてきた相手を誰が侮れるというのか。
もう百年後戦記(実際は三百年くらい後の第二次世界大戦)の技術を越えててもおかしくない。日本はマジでそう思ってた。
お互いが本国に大使館を置かないせいで凄い勘違いしてる。一応は数年前の欧州で締結されたヴェストファーレン条約あたりから欧州内では常駐使節の派遣は始まってるが何せ日本は遠いのだ。距離とか文化とかもアレだが海の危険度的に大使に行くのも来て貰うのも大変なのでしゃーない。
「堀……いや塹壕は塹壕で必要だろうが戦車と飛行機、可能なら舟を使うべきだな。
足軽と大筒で壁を作り戦車を騎兵として飛行機による空も加えた形だ。オラニエ殿の三兵戦術に合わせて四兵戦術。
これで出来うる限り早く済ませる。どうだ?」
「良いとは思う。と、いうかそうすべきだ。だがなぁ……。金が掛かるぞ? いや、それは良いんだが、さて何と言うべきか」
「戦術から、いや戦略。その土台から変える必要がある」
「北と南では話が変わるしな」
「ああ、そうだ。武器は統一するとして、各地にあった兵装も必要だろう」
「待て待て。北はまだしも南は密林だぞ? そも土が掘れん」
「同等の相手と戦ったのは北条征伐が最後だ。もう七十年は前の話だしなぁ。内藤家の先先先代……三代目様くらいしか語れんぞ」
「御隠居に来て頂くか? 今年で八十少々だったか。来れるか?」
「曽祖父は九十いってる。絹の曽祖叔父も居るが。二人ともに飛行艇を乗り回しておられるよ」
「吉備殿……幾つだっけ」
「私か? 私は確か四十五……くらい?」
「やっぱり内藤家の見た目と長寿っぷりおかしいよ。語隠居方は飛行機乗り回してるし吉備殿ギリ二十代で通るし」
「えっと、どうも?」
「流石は鬼の家系」
「えぇ……。まぁ兎も角です。鉄砲も紙製薬莢を止めれば発条式弾倉が御座いますし」
「吏僚方に何と言われるか。兵站を鑑みて貨物自動車、飛行機、輸送船の大型化だな。まぁ
護謨木の成長を待つべきだが」
織田幕府の軍政はヘンテコ知識の流入によって第二次世界大戦頃っぽい何かを目指して進化中だ。
だが戦国時代からの進化である為に基本は備と言う雑に言えば中隊が出発地点だった。その為に兵種ごとの二十名程の組をまとめる組頭と副官に相当する半頭、さらに伍人頭と言うものが加わった。備は即ち中隊くらいに考えてくれればその通り。
基本的な備である戦備は足軽組、大筒組、騎馬組と言う槍と弓が消えた為に三兵戦術的彩色を持っている。また船の戦力として新設されて現在の実質の主力、海兵隊に相当する海備は足軽組だけだ。
今では協力的な先住民の関係で馬備とか砲備など単一兵種の備が出来たし、そっから全体の規模が大きくなったから、作事|備やら荷駄備とかもあった。
それらの単一兵種の中隊が出来た理由である山東や八寒、白地の小競り合いの経験から備を統合した大隊に相当する大備と言う部隊、更に多くの備を合わせた連備という部隊。言っちゃえば普通に大隊と連隊的な物が出来てた。
更に国司家の元になった方面軍団があったので、それに加える先住民の例から、師団や旅団に相当する衆団と言うのが出来上がってる感じ。
ゆくゆくとは言えそこに戦車だの航空機だのを混ぜるのだからメッチャ面倒。石油の運搬規模とか考え出したらゲボりそうだった。
「兎も角、案山子演習を始めよう」
織田信定が言った。
案山子演習とは軍事研究の結果がどうなるかを兵を用いて判定する物だ。案山子なので反撃もなく攻撃側の情報しか得られないが、やんないよりはマシと今回は塹壕の中に案山子を並べて突撃する。今回は吉備国司が試す。
国司直轄の三つの備と十の海備、馬備と砲備が一つづつ。ザッと四千五百程度だ。内藤敏忠が。
「攻撃開始」
控えていた電信兵がボタンをカチカチ。モールス信号だ。馬備が迂回を開始して各備の騎馬は伝令と偵察に走り回る。
砲備が塹壕に向かってバカスカ榴弾、爆発する弾を叩き込み、各備の砲兵が支援砲撃を初めて塹壕まで爆発するだけの弾無し薬wl射撃しながら走った。
「……塹壕って凄いな」
結果として放った砲弾の量の割には被害が少ない事が判明。残ったカカシの数から砲撃を生き延びた兵力を割り出して、突撃した兵を削れば突撃した兵の内で何人が残るか分かるのである。
やっぱ塹壕は必要だし塹壕を越える術も必要だと判明した。
織田幕府の変化は著しい。つーか幕府と七太宰府を運営するにあたり色々と変えていかないと如何しようも無いのだ。
例えば織田幕府が置いた太宰府の中で最も血みどろだった山東太宰府。この例を出せば先ず隼人司を下地にした組織である太宰府と共に羽人司を設置。
太宰府は純幕府の組織。軍事政治裁判を担い、日本麾下の人々の統治守護仲裁をする組織。要は政府機関である。
羽人司は朝廷の公家も混ぜた組織。日本庇護下の人々と外を繋ぐ役割。主に交易の補助をしつつ地元文化と言語の習得、また日本語と文字の伝授を職能とした政府機関だった。
で、そっから敵対的な羽人とは戦い、交易を求める羽人とは交易を重ねていき交易拠点を広げていく。
んで、交戦交易を重ねていくと双方共に欲しい物が分かり、その運搬の為に鉄路や航路が伸びる。そんなインフラが整えば交易や利便性から、太宰府近隣の集落を中心に麾下に入りたがる者も出だすのだ。すると契約書とかで約束をする様になるが、基本的に彼等には文字が無い。
文字が無いから日本語で契約を交わすが騙されてはいけないので、羽人司が出てきて交渉通訳と羽人補助を担う。日本人であれ先住民であれカスみてぇな真似したら幕府が出てきて斬首晒し首な流れ。朝廷という権威で日本人を納得させ、公平性で羽人を納得させるのだ。
この辺りになると太宰府で商売をする東山以外の出身者も多くなる。んで日本語使用者が爆増する上、契約の必要性から自発的に日本語を学ぶ羽人が一気に増えるのだ。特に漫画とか流入すると若年層からヤバいくらい日本語を使う比率が増す。
こうなってくると彼等は利便性に加え安全性から進んで日本の行政に組み込まれる。他部族から略奪部族とか言われてたディネ衆とか山東太宰府出寧衆として名字帯刀かまして武家化してる者もいた。
で。まぁもう未開地も粗ねぇなって話で。
「いくら何でも無理がある。各府の権限を増やすか。役人が余りにも少ない」
将軍織田信良は言った。
日本織田幕府の地域区分は五畿七道、即ち畿と道があって国(州)で郡だ。でも統治範囲が広がって畿と道の上の府が出来た。江戸城であれば日本日本府東海道武蔵国豊嶋郡江戸になる。
そして日本府だけで見ても広がった範囲がヤバい。樺太道、蝦夷道、琉球国、台湾道、呂宋道、陽彩道、民棚尾道、洲瑠道、振寧国。もう広過ぎてバカ。
他の府は凡そ織田家の分家と国司家の分家を送り、権帥が将軍、大弐が大老、少弐が中老で後は幕府と同じだった。正味言っちゃえば上層部の名称が違うだけの幕府である。外交(戦は例外)権が無いだけだが日本の足並み揃えるのにソレは必要だし各府も面倒だからそうしてるし。
「まぁもう追認って感じだしいいだろ」
将軍が議長となって日本府の代表として若将軍が出る各府から二名を集める八府評定。正直追認でしか無いがとある宣言が出された。
『日ノ本一宇、之太平乃洋に有り。環を壱と成しては和人、紋人、羽人、橇人、唯主上の御代、大樹七徳の布武に依て万世一系也』
この後ウンタラカンタラと長々続くが端的に日本の日ノ本人別改帳に記録されてて、日本語話して書けたら役人として超雇えって布告がなされた。
政務多過ぎてなぁなぁでやってた武家じゃ無いけど役人的な、武家奉公人を正式に幕府が制度化したと言う話だ。和人、紋人、羽人、橇人とかもガンガン役人になってね的な触書だった。大仰に言ってるけど唯の事後承認である。
だって人足らんもん。




