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路の先はなーんでそうなっちゃったんでしょうね。バトンってか金砕棒だろコレもう

注意。今回のツッコミ所はエゲつねぇです。知力をいつも以上に落としてお読みください。

 蒼天の下で太陽と鉄柱を担ぎ、一人の男が亡くなっていた。世界を分岐させた冗談の様なチート存在が何一つ思い残す事なく仁王立ちであの世に旅立ったのである。江戸城二の丸内藤屋敷の庭を路の終点として、進み進んで満115歳の生を終えたのだ。


 辞世の句。と、言うものがある。死を前にして最後に詠む句だ。それを内藤長忠は三つ残した。

 君主達や周りの人間に恵まれたと言う句、科学と交通インフラを推し進め自家への励ましと主家への繁栄を願った句、各地の重要資源の重要性を改めて伝え外交と地勢を重視する句。

 彼の死を目の当たりにした将軍織田信定は織田信長の死以来の沈痛なる日本に向けて三句と共に声明を発布した。


「我らが大鬼の願いを無碍にするべからず」


 それらは日本を十数年に渡って大きく突き動かした。そもそも人口が増えに増えていた事から下地は十二分にあったのだ。

 先ず領土は極寒の土地であれ酷暑の土地であれ、湿潤な土地であれ乾燥した土地であれ日本人は進み進んだ。土地は北奥東端の二つの山脈から後に奥東と呼ばれる地へ(ハドソン湾まで)、蓬莱からは蓬莱山脈(ロッキー山脈)を超えて後に山東と呼ばれる地まで(ミシシッピ川西岸まで)。広大な二つの太宰が加わった。

 これはフランスの入植が進んでイングランドの人が全然いない事に気づき、イングランド及びフランスと結んだ条約がもう一つ東の山脈だと分かったからだ。


 技術に関しては強く推し進めていた研究が花開き始めた。

 軍事的には褐色火薬とか雷汞とか雷管とか出来てりゃ、なんかもう主力艦は見てくれだけなら小さなドレットノートだし、飛行機は布から木へ変わり旅客機一歩手前みたいな代物も出て来てる。

 インフラ的には巨大な大壁堤(ダム)などを用いた発電が始まり、織田領と国司家領では上下水道が完全に行き渡って、鉄工所の副産物のガスが至る所で用いられ始めた。

 医術的な発展は大きくある時期から研究に関して糸目を付けなくなった事から数多の妙薬と呼ばれる代物が出来ている。

 あと速い話がダム作りまくって高電圧放電法で硝石をアホ作れたりだろうか。

 全く一般化はできてないが電球の派生で真空管が出来て電算機作ったり、飛行機で察したかも知れないが高額少量ながらステンレス作ったり、ゴムの樹の栽培が始まったり。


 歩みをとめた男の持っていた世界線の知識を持つ者が見れば笑ってしまう物もある。

 変な部分であれば最近支給が始まった織田幕府軍の足軽(歩兵)銃はヤバい。それは正式名を明暦二年式紙製薬莢回転弾倉施条銃と言う。早い話がリボルバーの砲身を伸ばしたリボルビングライフルと言う物である。

 特徴を細かく言えばライフリングかました長砲身、六発詰められる回転式の弾倉、紙製薬莢で包んだ細いドングリみてぇな弾だ。

 無いよりはマシ程度に手を守り弾倉を塞ぐ蓋があるものの、兵士たちはミトンみてぇな鉄と皮の籠手を着けて撃つのだ。そんな変な凝り方をした珍銃が正式採用されてる。

 尚、通常のライフルの様な銃は明暦三年式紙製薬莢鎖閂式施条銃、通称は狭間(狙撃)銃があった。


 後は各地の開墾や開発に田圃など不整地で有能で、特に北で必須級のキャタピラの技術研究が進んでいた下地。キャタピラの技術と共に重いソレをブン回す為の内燃機関に関する技術がやたらと進化していた。

 その結果として一足跳びに良い方向へ向かったのは鉄よりは軽いステンレスであっても大型の飛行機なんて代物が造られた事だ。


 一方でこれがゴムの一般化が出来る程の低価格化が間に合わなかった事で起きた珍事がある。


 町外れに未舗装の土地がある。赤嶺紋人流行りの総髪黒綿結と言うポニーテールのテール部分がアフロ。ド派手な絹の浴衣に刈武(カリブー)の毛皮の腰巻きをして大小二本差し。簪は蓬莱鷲の羽を孔明が持ってそうな扇状にした侍。


 乗っているのは履帯を回して自走する機械。


 砲塔の代わりにフロントガラスとか屋根の付いた戦車の下部である。戦車を知っているのなら横幅広いルノーFT17の砲塔の代わりに、馬車では無く牛車から進化した様なクラシックカー的な、妙な乗用車的人の乗る部分を乗っけた感じである。しかもソレは簾の代わりにガラスの付いた牛車の様だった。あとエンジンを置く為にロングノーズ部分があるから。


 陸路はそんな珍方向に進んでしまっていた。これは大量生産による費用削減を狙って製造数を増やす為と言う理由があったのである。特に北の土地で金が出て来たので喫緊の問題となっていたのだ。

 ってな訳で車より先にキャタピラ車が大衆車ってか大衆車一歩手前のノリで広がる事になり、特に将軍家や国司家の地域だと街中に態と舗装して無い場所が有るとかいう珍事が発生している。

 バカみてぇな絵面だが17世紀やっと半分過ぎたくらいなのに全然戦車作れてまうがなっていう。いやまぁ作れてまうって言うか試作品を思いっきり作ってんだけど。


 閑話休題そんな大きな変化を迎える日本内で諸事情により発展をさせ難い場所があった。


 それは台湾である。此処は外交と交易の場として機能していたからだ。だから余り技術投入が出来ないのである。

 何せ飯盒船という体裁で機帆船と港湾設備、また台湾で生産する砂糖黍の為に馬車鉄道を巡らせた瞬間、密偵を何人も捕まえるハメになったのだ。他には地味に面倒な鉄泥棒などを取り締まる必要があるので最新の物をおいそれと置けなかった。

 最近は交易に関しては呂宋島に移りつつあったが宣教師不入を条件にイスパニア、ポルトガル、イングランド、ネーデルランド(オランダ)が派遣した外交官を一纏めに受け入れている。

 そこにある船団が入って来た。船種は所謂ジャンク船である。文禄二年以降はスッタモンダの末に台湾に入ることの無かった旗を掲げていた。


「あの旗は明だったな……?」


 織田信長の息子と木下秀吉の娘の間に生まれた高山国司の木下忠吉が言えば、明智光秀の孫で摩訶田多藩主明智光国が頷いて。


「間違いありますまい。文禄から慶長にかけての近海水練と遠海水練で国交は断絶して居るはずですが、はて。

 明の使僧として参った黄殿の旗があの様な物だったと心得まする」


 黄殿とは黄宗羲と言う明の坊さんである。後金、今は清が攻めて来てヤベェから援軍くれって日本に来た人だ。ただ日本的には絶対に仕返しかなんかだろうと思ってた。


 と言うのも65そこら年くらい前。対馬のアレコレやら朝鮮通信使のアレコレでキレた織田幕府が外海に出る前の下準備を開始したのである。敵が居るだろう状況に備えて対馬を拠点に海賊行為を働いたのだ。

 厳密に言うと次世代の者達に遠洋航行に出る前に経験を積ませたかった。特に当時の幕府としては権益保護の為にイスパニアが攻めてくる可能性も捨てきれない状況だったのだ。だが手応え無いわ妙に地元民が協力的だわで想定通りに行かなかったのである。

 しゃーないので港と言う港を落として偶に近場の城を落城させて訓練してた。そしたら北に行き過ぎたのが不味かったのか、明が「ウチのモンに何してんじゃあワレェ」って軍艦持って来のである。これ幸いと艦隊戦を決行して大半を沈めて序でに明の港とかにも突撃してみた実践経験を積む。


 そんな事を慶長くらいまで続けてたらマジ勘弁してって感じで通信使が来たので、既存領土の再認証と変わった石メッチャ持って来させるノリで終いとしたのだ。特定条件下で青く光る石とか緑に光る石とかの詫び石と呼ばれる鉱石類は未だ持って来させてる。だが明に関してはその間に何も言って来なくなってたので密貿易以外での関わりが無くなっていた。


「一先ずは何用か聞くとしよう。戦であるのならば願ったり叶ったりなのだがな」


 木下忠吉は血の気が多かった。


「で、何と?」


 木下忠吉は城で数人の男達へ言った。船を先導した先の館でだ。

 一人は田川七左衛門。もう一人が鄭成功と言う。田川七左衛門は鄭成功の弟で長崎から台湾に移った商人だ。倭寇と関わりがある。

 もう一人の鄭成功は弟もそうだが日本人と明人のハーフ。だが鄭成功は明で生き明に忠誠を誓う男であった。


「兄は大樹と合わせて欲しいと」


 田川七左衛門が言った。木下忠吉は露骨に顔を顰める。そう見せた。


「何故か」

「北伐の助成を願いたいと」

「面倒」


 翻訳を聞いた鄭成功がカッと燃え上がる様に顔を赤く染め上げる。秀麗な見た目をしているが常に元より眉間に皺が寄った顔。それが更に怒りを加えて霹靂の様な額となった。


 その怒気に対して木下忠吉は立板に水と言ったら様相。眉ひとつ動かさず。


「明は海禁を行っていた。己らの失政により生まれた海賊を倭寇と称してもいたな。俺はそれを助ける価値を見い出さん。

 そも負け戦に手を貸し唐国を統べる清に恨まれる意味が分からんぞ? 我等に何の益があると言うのか」


 鄭成功が立ち上がり怒鳴った。そして大きく息を吐き出してから座り直し増悪さえ宿しながら言葉を続ける。田川七左衛門が通訳。


「陛下に日本を同等の国と認めて頂く。交易は思いのまま。武器と船を用意してくれれば望むものを渡す」

「空手型か」

「金門島を譲る、と」

「要らん。謀るか? それをしすれば如何なるか分からぬとでも?」


 その冷淡な答えに鄭成功は怒気を迸らせながらも頭を床に叩き付けてみせた。それに田川七左衛門も続き。


「父の仇を討たせて頂きたい!!」


 木下忠吉は薄ら笑い顎を一撫で。


「では、そうさな。取引には応じよう。対価は銀でなくとも良い。それなりの物であれば、だがな。場所は金門島で良い。ただし日本人町を建てるのだ。

 ただ大樹に合わせる事は罷りならん。しかし国書については持ってくれば必ず渡そう。それで如何かな?」


 鄭成功は青筋を浮かべて頭を下げた。木下忠吉は呵呵大笑。脇に置いていた瓶を一つドンと。


「鄭殿。持っていけ。妙薬ぞ」


 蜜柑から作られたと言う妙薬を渡した。鄭成功が訝しげにそれを見る。しかし受け取りはして拱手し帰って行った。少ししてから茶を飲んでいると明智光国が入って来て。


「木下殿、ご苦労様です。嫌な役を演じ切りましたな。それに最後の物は宜しかったので?」

「おう明智殿。将軍の為ならば嫌な役の一つや二つ当然よ。それにエウロペの者達に比べればやり易いわ。

 妙薬に関しては如何も奴を気に入ってしまってな。鄭殿は気骨と忠義の男よ。聞くかも、効くかも、その何方も分からんが病さえ無ければ中々やるだろう。

 ただ悲しいかな余りに遅かったなぁ。如何に鄭殿が優れていようと明の復活はとうの昔に潰えてしまっている。皇帝は後漢最後の皇帝の様になれれば御の字であろう」


 織田幕府は鄭成功の密貿易を黙認。鄭成功は後に木下忠吉の事を「恩深きクソ野郎(意訳)」と評した。彼は此処から二十年間近くも清と戦い続ける。




 イスパニア(スペイン)とフランスが戦争を終えた。両国間を流れるビダソア川の島で結ばれたピレネー条約と言われる条約である。


 領土の話し合いや婚姻と賠償金代わりの結納金などフランスの躍進を印象付ける物で、ともすれば当然だがイスパニア(スペイン)の凋落を印象付ける内容だった。これをハプスブルク家という範囲まで広げれば目も当てられ無い。特に財政赤字なスペインのハプスブルク家と、特に領土荒廃な神聖ローマ帝国のハプスブルク家だ。


「呂宋島を含めた太平洋の島々を出来る限り高額で買って欲しい、と」


 何度も確認を取った通訳と自分の耳を訝しんでいた木下忠吉は漸く齎された交渉内容に白目を剥いた。その交渉を持ってきたのは通訳に何度も頷いていたサビニアノ・マンリケ・デ・ララ。態々やってきたスペイン領フィリピンの総督の発言である。


 木下忠吉は思った。マジ超思った。『何の罠コレ』と。


「真か?」

「は、何度も確認いたしました」

「……ほんと?」

「ほんと」


 コクコク頷く通訳に木下忠吉は目をパチパチさせる。確かに最近のイスパニア(スペイン)の羽振りは悪い。加え買うのは鉄砲や大砲ばかりだ。

 その理由の一つだろうネーデルランドやポルトガルが独立したのも知っている。フランスに敗北したのも内藤家伝いに聞いていた。だが土地を売ってくるとは思わない。

 いや、よしんば売るのは良い。買い方が懇願じみてる。マジ何事って感じ。


「国書も持ってきた、と」

「分かった。取り次ぐとしよう。一応伺うが如何様な内容で?」

「条件を飲んで頂ければ100万ダブロン」


 100万ダブロンとか言われても分かりにくいがダブロンとはイスパニアの金貨だ。その金含有量は凡そ6.2㌘即ち100万ダブロンとは純金だけで見れば6.2㌧。純金6.2㌧も正直想像しにくいが五万トンでオリンピック用のプールくらいらしい。


「小判で凡そ四十万両程か。高いな」


 木下忠吉は呆れたと言うか驚いたフリをして言った。大まかだが交易においては日本は金や銀の含有量を目安に交易取引を行っている。安いと思ったけど高いなって見せるブラフって奴である。

 だが同時に現在の日本は兌換布紙幣を用いており金銀本位制だった。資金供給が抑制されない様に生糸や米等が変動副次本位として加えられる事があるが閑話休題。兌換紙幣および兌換布幣には幕府本位品との交換を約束する文言があって要は金銀減ると困るのだ。

 本位品に石油が加わるし色んな所で金とか銀とか見つかってるから、別に困る事じゃないんだけど減り過ぎれば怖いなっていう。


「高いだろうか、と。申しております」

「唐国の連中やモロ衆の事もある。其方はそれに加えてイングランドやネーデルランドも攻めて来ているだろう? 開発も余り進んではおらん。

 買い取った島々は開発の最中だがボホール一帯やテルナテやスールーと住み分けた民棚尾の方が発展している」


 日本とイスパニアは戦争をする関係ではないが単純な距離の問題でフィリピンで戦力的優位を有するのは日本だ。

 買い取った呂宋(ルソン)島北部篝屋(カガヤン)、その際に南部安定化の為に譲られた戊放(ボホール)島、テルナテ国とのアレコレで和戦織り交ぜて関係を持ったスールー国のある民棚尾(ミンダナオ)島など。

 日本フィリピンは海賊が多い為に全部合わせて兵士が二万程、人口で言えば日本人だけで二十万を超える数になる。


 買う理由は幾らでもあるが逆に倭寇やイスパニアに膨大に雇われた明人にキリスト教徒やイスパニア人の扱い等の問題もまた多い。


 日本側は条件次第と言えた。


 一方のイスパニア(スペイン)的には売りたくないが苦渋の決断での話だ。先ず宗教的熱狂と評すべき信心深さと次に香辛料貿易と言う理由となる。だがフィリピン自体の価値が香辛料以外に無いのだ。

 この世界線でも明は一条鞭法の施行はしたが変態進化しちゃった日本の影響でメキシコ銀の流入が減少を続けていた。その減少理由が日本への流入であって要はイスパニアの交易目的が日本との物に変わっているのだ。とすると蓬莱で取引した方がフィリピンまで船を出すより人件費や船舶の運用費を考えると安い。

 最近では香辛料の為の船は出すが他の物品は蓬莱で買取を行っており、以て銀の流入先が日本なのは変わらないが蓬莱での取引が主になり、フィリピンの維持防衛の費用が結果大きな負担となっていた。


 その重要度が低下した土地はイスパニアの敵には垂涎の物。ネーデルランドやポルトガルの襲撃の為に平均してフィリピン運営には一年で25万ペソ程掛かっているのだ。思いっきり赤字であるので新大陸からだいたい銀25㌧くらい仕送りしてる。

 元より本国さえ財政火の車で、三十年戦争による敗北も重ね、火に油というかロケットを突っ込んでる様な有様。もう火の車どころかスペインだけどパンジャンドラム。そんなズタボロの財政をパンジャンドラム的な爆発する前に何とかする為だ。

 金は必要で土地を売るなら異端者などのガチ敵よりも関わりある異教徒の方がマシってレベルの苦渋苦肉の策だった。


 どの程度の状況かと言えばイスパニアとフランスが結んだピレネー条約に於けるイスパニアの結納金という名の実質賠償金。それがフランス金貨銀貨のエキュで50万である。1エキュ銀貨には24.93グラムの純銀を含み純銀のみの総量で12.465㌧となる。ザッとだがフィリピン運営資金の凡そ半分。


 当たり前だが戦争なんて賠償金払った後も万事の損害を回復しなければならないが、イスパニアは破産しすぎたし破産宣言しすぎて金を貸してくれる相手が居ないのだ。

 単純に資金繰りに困ってる。尚、まだポルトガルと戦争中であり王政復古されそうで金はバチクソに必要な状況。って訳で苦肉の策もやらざる終えない。


 そう。金が必要だ。だがしかしその金の無いイスパニアの提示した100万ダブロンは条件付きとは言え破格だった。後の事だがイングランドとフランスのダンケルクの売却交渉では32万ポンド、500万リーブル。

 リーブルとダブロンは大体同じなので即ちフィリピン売却の100万ダブロン。これはドーバーに於ける軍事交易の要衝にして万一の際の橋頭堡とは言え一つの街。その五分の一という事だ。


 が。


「ちと高い。と、言うのが個人的な見解だ。大樹は如何御考えか分からんが一応その条件の方を伺っても?」

イスパニア(スペイン)領フィリピンの100万ダブロンでの売却の条件については宣教師のフィリピン内活動及び居住許可。加えてイスパニア船舶の噸税免除と船舶の貸し出しを考えております」

「ふぅむ……これまた。交渉次第、と言ったところか」

「それか、魔法の船を教えて欲しいと」

「魔法の船?」


 木下忠吉は片眉を上げて首を傾げる。ただ内心では『嘘だろ?!』って絶叫してた。遂にバレてしまったのだと。


「飯盒船について」

「アレを?」

「あの真水を作れる船が知りたい」


 メチャクチャにホッとした。木下忠吉的にマジ心臓出るかと思った。まぁ飯盒船の方も大概だが。


「ガレオン船の中央に大釜を設置して煙突を建てるまでは可能だったが何故、あれ程に大きな物を設置しているのか。船速が遅くなり過ぎて他の船舶に付いて行けない。

 燃料も鉄も莫大な量を使う所為で遠洋は不可能だ。釜が大きくなる理由は分かったが秘密を教えて欲しい、と」


 飯盒船の不味い真水に関しては石油精製とかでも使う技術を使ってる。山頂で水が沸騰しやすくなるアレの減圧蒸留だ。それに清水薬と呼ばれる塩素ブッ込みという割と教えたくない情報。

 それも飯盒船が実は自走できる機帆船であるという情報に比べれば全然マシだが重要な情報だった。清水薬に関しては最悪バカ高いが売ればいいがそれ以外は悩みどころだ。

 しかし木下忠吉は困ったと言うよりは気遣う様な顔で。


「アレは、高いぞ」

「如何程か」

「飯盒船は船の値に加え鉄を多量に使う。また理解しておられよが薪もだ。何より船自体が非常に大きい」

「一隻の値段は」

「分からんがガレオン三十隻分はしよう」


 翻訳を聞いたサビニアノ・マンリケ・デ・ララが固まった。日本のガレオン船は安い。だがそれはイスパニアで作る船より小さいからだ。じゃあ同じ大きさの船より安いかって言うと性能の割にはって話になる。


 んで説明がカスに成り果てるが木造帆船って今で言うと石油で船を作ってる様な物だ。何にでも使う木材という代物は当時それくらい重要だった。

 で、木材に比べれば鋼鉄とは金銀にも等しい素材だ。現状で鋼鉄なんて反射炉もパドル法もねぇのに用意できるわけが無いのだから希少性は論ずるまでも無い。それで浄水器と風呂場と調理設備を付けたデカい釜を作るとなると均一性なんかも必要だ。

 正に飯盒船とは石油で作った船に金銀を用いて装飾を施した様な代物。


「ともかく直ぐに大樹に使者を出そう。ゆっくりなされるが宜かろう」

「感謝する。そう言えば聞きたい事があった」

「何だろうか」

「其方の飯盒船らしき船が帆を落として黒煙を吐いていたがアレは何の意味があるのだろうか」

「あぁ、それは昔から急な嵐になると帆桁を切り落としていた。理由は其方と同じだ。煙を上げるのは風見と狼煙だな」


 サビニアノ・マンリケ・デ・ララは二、三度頷いて退室した。


「あっぶねぇ……。転羽式船がバレたかと思ったぁ」


 木下忠吉は冷や汗を拭いながら大きく息を吐き出す。そこから二年ほどの交渉を経て太平洋交渉が合意された。この太平洋イスパニア領売却は大体以下の感じである。


 イスパニアのやる事は四つ。

 日本の領土と売却した領土の領有権を全て認める。

 フィリピンの帰還希望者の移送は三年以内に完了させる。尚イスパニア持ちであるが金額を減らす代わりに日本が請け負う事も可能。これは譲渡金を用いる。

 特定樹木の苗木を各種五百本。

 太平洋の新大陸近郊の島を除くイスパニアの領有地域の全てを売却。


 日本がやる事は五つ。

 イスパニアの領土を全て認める。

 マニラ港のイスパニア船を年間二十隻までは噸税免除。

 マニラ港の一部をイスパニア人街としてイスパニア人街内でのカトリックの宣教以外の活動許可。

 東インドでのイスパニア商人の保護と香辛料貿易の仲介。清との交易黙認。

 200万両をイスパニアに払う。


 どうなっちゃうんでしょうねコレ。

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