38.令嬢との別れ
村娘ちゃんから中央都市行きの船のチケットを貰ったから港町に戻って来ました。船の方を確認する。やはりあの猫娘ちゃんはいないか……。てぇてぇを拝めないっ!
「中央都市ってどんなところなんでしょうね?」
「ヴィヴィにとってはテテがあるかないかの違いでしかないんじゃない?」
フェネ! その通りだけど、その通りなんだけど! 真面目に聞いてるんだから常識人として教えて欲しい。
「人界有数の首都であり、世界的見てももっとも発展した街の一つですわ。そして、人界国議長ヴァルツをトップとして、日々目覚ましい進化を遂げています」
フェネと違ってモノコは優しい~。あれ、そういえば……。
「その人って確かモノコのお父さんでしたっけ?」
「はい。中央都市はわたくしの故郷です」
その言葉には何の感情も込められていなかった。モノコはただ水平線の彼方を物憂げな顔で見つめているだけだった。
「僭越ながらわたくしは中央都市へは行けません。ですからここで皆さんとお別れと致します」
屋敷を抜け出したモノコは、なんらかの事情があるのは知ってるけど地元に戻りたくないほどの理由ってなんだろう……。
フェネとラプスがこっちを見てる。珍しく百合団長として尊重してくれている?
ま、私の答えなんて分かり切ってるけど。
「モノコがそういうなら仕方ありません。中央都市は止めましょう」
乙女を一人残して旅行になんて絶対行けない。フェネもラプスも同じみたいで頷いてくれたけど、モノコだけは表情が暗いままだった。
「わたくしは気になさらずに。これは……わたくしの我儘だったのですわ」
それが本心じゃないって分かるこそ尚更できない。でも無理にも聞けそうにないし、どうしよう?
口を開こうとしたら邪魔するみたいに無駄に大きな汽笛が鳴り響いた。海の方を見たら白く巨大の船体が小さな波を作って接近してる。無駄にキラキラとした装飾からして豪華客船って一目で分かる。大事な話をしてるのに割り込んでくるなんて無粋な船。斬ってやろうか?
汽笛は鳴り続けて港に着くと町のお偉いさんらしき人が一斉に駆けつけてる。何事?
崇高な乙女の登場を期待したけど、船から降りて来るのは仰々しい甲冑を纏った騎士の野郎ばかりだった。女騎士がいないなんて……これはおかしい!
「……物凄い人だかり」
ラプちゃんがぽつりと呟く。確かにたかが野郎の騎士が来ただけでこんなに人が集まるなんて普通じゃない。
「あのバッジは……」
フェネが意味深に言った。バッジ? まぁどうでもいいけど。ともかく中央都市には行かないんだし、これ以上ここに居ても仕方ないから行こうと思った。
なのに、いつもならある足音が一つ少なかった。振り返ったらモノコが放心したみたいに足を止めている。
「モノコ?」
声をかけても返事がない。まるで何かを恐れるように震えている。その態度でおおよその見当がついた。
すぐに行動すべきだったんだと思う。実際私はモノコの異変に気付いていたし。でもさ、私達って百合信仰旅団だからわりと目立つというか? まぁ天使と獣人と魔人とお嬢様って相当珍しい組み合わせだし。だから何というか、すぐに野郎騎士に目を付けられたっていうのが正しい。
ガシャガシャとうるさい足音が一目散にこっちに来た。とりあえず武装はしておこう。両手に銃。これが正義。
「おまえっ! モノコか!?」
野郎騎士の中の一人が薄汚い声を響かせた。真っ白な髪に白銀の甲冑。まるで精錬潔癖ですと言わんばかり。モノコは後ずさるようにしていたから前に立つ。
「……アッシュ」
「先日にここで目撃証言が報告されて来たが本当にいたとはな。天使に拉致されたって噂は本当のようだ」
野郎騎士がこっちを睨んで来るからお返しに銃で睨み返してやろう。そしたら他の騎士が一斉に前に立って大盾を構える。面倒くさいな。
「野蛮な天使め。よくも俺の婚約者を攫ってくれたな」
は? こいつは何を言ってるんだろう? こんな野郎が婚約者? 寝言は寝て言えって思うけど、モノコは相変わらず冷めた態度をしている。まさか本当?
「モノコ、冗談ですよね?」
「……本当ですわ」
目を瞑って淡々と答えている。
「あのバッジは四界連盟の関係者か」
フェネが言った。それが意味することは、政略結婚ってやつ? お父さんが人界のトップだから娘も当然相応の地位が相手になる。たとえそれがモノコの本意じゃなかったとしても。だからモノコは屋敷を抜け出した?
「賊にしては理解があるらしい。ならば話が早い。俺は四界連盟の人間だ。人界の今後の発展の為にもモノコと結婚するのは当然だろう?」
まるで常識ですと言わんばかりの顔があまりにムカついたから発砲してやろうと思ったけど、フェネに抑えられた。
「ダメだ。前にもあっただろう? 四界連盟を敵にするのはわけが違う。特に人界の人脈は各国にもある。つまり人界を敵に回すのは各国を敵に回すと同義だ。天界だけを敵に回すのとは意味が違う」
「だったら前みたいに法令違反を言ってやってくださいよ。こんなの理不尽ですよ」
フェネがコツコツとブーツの音を立てて前に進んだ。いつの間にか町は静寂に包まれて周辺に人はいなかった。
「相手の同意なしで結婚するのはいくらトップでも違法というのはご存知ですか?」
フェネは相手を刺激しないように丁寧に言ってる。口調も柔らかくて癒されたけど、直後に野郎が部下から何やら紙を受け取っている。
「国議長直々のサインの婚約手続きの紙だ。たしかに本来であれば君の言うようにこれは違法になる可能性がある。だがそこの女は長く屋敷にも戻らず勝手をしたのだ。ならば親から手続きを受けるのはなんら問題ではないだろう?」
その紙を見た瞬間フェネが分が悪そうに苦い顔をした。けど、私にとってはそんなのどうでもよかった。だってさ、結婚するってことは普通は愛すでしょ? でもこいつは『そこの女』って言ったんだよ? これって結局モノコの地位を利用しようとしてるのがバレバレじゃん。もういいよね。
「フェネ、全面戦争の時間です」
「ダメだ!」
フェネが血相を変えて私の前に立つ。普段から目付きの悪いフェネだけど今は一段と悪い。
「ここで君を失うわけにはいかない。もしも、戦うというなら……」
フェネが拳を握って、掌に炎を作った。え? フェネ……?
「はっはははは! 仲間割れとは面白いやつだ。まぁそこの人間は理解があるらしい。それに免じて貴様の無礼も許してやろう」
野郎騎士が手を叩くのが何とも不快だったけど、それ以上にフェネの目が本気だった。これはきっと全力で止めに来ると思う。野郎が相手なら迷わないけど、フェネが相手なら私にはどうやっても手を出せない。武器を下ろすしかなかった。
「もう、いいんです。ヴィヴィさん、あなたの意志は確かに受け取りました」
「モノコ、あなたからも言ってください。こんなのおかしいですよ!」
「……おかしいのは貴方ですわ。高名な騎士に武器を向けるなど言語道断。ここまで理性がないとは思いませんでした」
モノコ……?
「アッシュ。申し訳ありませんでしたわ。この件はわたくしの身勝手さが招いたこと。彼女も無知ゆえの蛮行が働いただけですわ」
「まぁ、いいだろう。お前が戻るというならば俺に異論はない」
野郎騎士がこっちに歩いてくる。そしたら地面に何やら水たまりが出来てた。そして野郎騎士盛大に転ぶ。
「……なんか、ムカついた」
ラプちゃんがぼそっと呟いたのが聞こえて今日一番の拍手を送りたい! でも野郎騎士は何事もなかったみたいに立ち上がってモノコの手を引こうとする。止めようとモノコに手を伸ばした。
でも、その手は無情にも払われて鋭い目付きのモノコに睨まれる。
「……行きましょう」
モノコがそう言うと騎士たちは一斉に退散していく。
モノコ、どうしてですか。どうしてなんですか。
あなたはどうしてそんなに優しいんですか?
私に罪が被らないように、自らを差し出したんですね? 仲間と思われないように他人の振りをしたんですね?
だって……そうでなかったら、瞳の涙腺の意味が説明つかないから……。




