第8話 春のダージリンティー。
「ぼ、僕は、、女の人の化粧の匂いが、その、に、苦手、なんですが、、、」
あら?
「ローズさんは、い、いい匂いだと、お、、、思います。」
「うふふっ、、、ありがとう。うちで扱っている化粧品は、基本的に無香料なのよ。あんまり、いろんなものを入れないように、誰でも安全に使えることを目指してるのよ。ま、私の母親が、ね?」
春になっても、相変わらずこの子の手は冷たい。
ルーカスの手を温めながら、返事をする。
「そ、、、そうですか、、、」
「化粧品、と言っても、お薬に近いかな?例えば、、、そうねえ、、古い傷跡や痣とかに悩んでる人には、目立たなくするメイク。顔色が悪い人には、まあ、健康一番だけど、明るいチークを入れる、とか。髪の毛に問題がある人にはウイッグ、とかね?気持ちを明るく出来ればいいなあ、と思うわ。」
「髪?も?」
「そう、病気で髪が抜けたりする人もいるでしょ?あとは、どうしても髪色を変える必要がある人も、、、、ああ、あのいつかの舞踏会みたいなんじゃなくてね?いるにはいるのよ。まあ、、、あんまり、貴族階級の人には関係ないけど、何かから逃げなければならなかったり、ね?」
「・・・逃げ、、、る?」
「まあ、例えばの話よ?逃げるのは、悪いことばかりじゃないのよ?どうしても、自分であるために、自分を守るために、逃げる必要がある場合もあるわ。」
ポットのふたを軽く抑えた指先。今年の春の新色のマニキュアも良い色だ。淡いピンク。
今日は、マリエスが届けてくれた、春のダージリンティー。うーーーん、いい香り。
ルーカスのカップに、砂糖を3つ入れる。クリスマスに貰ったカップを使っている。花柄が、春らしくていい。
冬の間、閉ざしていた中庭に向かった窓を開いている。風が、ほんわりと優しい。
いつか、ルーカスが、ここは居心地がいいと言ってくれた。
私も、そう思う。
二人で並んでお茶にする。
この子の茶器の扱いは優雅だ。
ルーカスはおしゃべりは苦手みたいだが、、、中庭を並んで見ながらのお茶会は、いつも、ほのぼのして楽しい。風が吹いて、モミの木が揺れる。
「あ、、、い、いつか、、、ローズさんの言っていたキンモクセイの花を、、、ぼ、僕も、見て、、見たい、、、」
穏やかに微笑みながら、ルーカスが独り言のように言う。
*****
間違いないような、、、気がする。
香りは不思議だ、、、あの時の安心した、ほっとして泣きそうになった小さい自分まで思い出される。
何で今まで思い出せなかったんだろう?
あの花の香りをかいだ時に、、、、、何かの糸口がつかめた気がした。
いつか、、、、ローズさんの言っていた、彼女の知り合いの庭を訪ねて行ってみたい。何か、、、、思い出すかな?
いい思い出だけでは、、、、なさそうだけど、、、、
今は、朝起きると、キンモクセイの香りがほのかにして、、、僕を幸せな気持ちにしてくれる。
*****
「ブルクハルト家のアルノ様には、婚約者はまだいらっしゃいませんでした。公式には、ですが。当日の御同伴者は、ブルクハルト卿でした。」
侍従が、報告に来た。
「今は、王立学院高等部の2年生。成績優秀です。黒髪に、グリーンの瞳ですね。もうひとつ、マリーと呼ばれていたご令嬢ですが、、、該当するのは、大公家のマリエス様ぐらいかと。金髪、碧眼です。」
「・・・・・」
大公家のマリエスならよく知っている。学院でも一緒だったし。近々、弟の婚約者になる。まだ、、、内定だが、、、
「ブルクハルト家の別荘地を調べてくれないか?」
「はあ、、、、あの、、、、先回から、随分とブルクハルト家をお調べですが、、、何か?問題が?」
「・・・・いや、、、、特にはない。頼む。」