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十傑作・第7番『ズィーベン』

 アテナの言っていた、俺がその気になれば、とは、エルフには気配察知のジャミングが可能だということだった。

 マニュアルに書いていなかったので気付くことができなかったが、確かにその気になればできた。迷宮内でも、知らずのうちに使ってフュンフやズィーベンの察知を逃れていたのだろう。

 このあたりの地理には詳しくないので、どこに向かっているのかわからない。


 体全体にひびが入ってしまっているし、どこかで修復が必要なのはわかる。

 だが、自動修復は契約者必須だし、手で直すにしても必要な設備がない。

 これならヴェイグさんに頼んで各部位のスペアを作ってもらっておけばよかった。


 闇雲に走っていると、気配察知に魔物の反応が映った。

 クソ、こんな面倒なときに!

 まさかフュンフだけでなく、ズィーベンからも逃げなくちゃいけないのかよ。


 しかも自爆攻撃ができないと来た。これでは、どう戦えばいいんだよ。

 考えている暇も、作戦を立てる間もなく、魔物が襲ってきた。


 イノシシのような魔物だ。

 でかい牙が二つ生えており、一直線にこちらに向かってくる。

 直線的な攻撃のため、難なく回避に成功する。

 そして走り抜けたところを追い、手刀を作るとイノシシの頭に突き刺す。


「ブモッ!?」


 イノシシから悲鳴があがるが、容赦なくそのまま脳みそをかき回す。

 名状しがたい感触に背筋が震えるが、息絶えたのを確認してから手を引き抜く。

 だが、今の戦闘でズィーベンに追いつかれてしまっている。


「ようやく見つけましたよ。まさか、堂々と町に住んでいるとは盲点でした」


「見つけて欲しくなかったよ、ったく」


 一年前、迷宮で遭遇した燕尾服が、あの時と変わらないまま目の前に現れた。

 ジャミングを仕掛けていたのにも限らず、まさかみつけて追いつかれるとは……。本格的に人形の体が壊れかけているのかもしれない。

 俺はジャミングを消し、燕尾服とズィーベンに向き直る。


「知ってると思うけど、ズィーベンに戦闘能力はない。魔物は迷宮にしかいない。飼育には契約者の魔力を際限なく使う。勝てる気か?」


「勝つ気はありませんよ。どうです? わたしと契約をしては?」


「……まぁ、確かに悪くない申し出だよな」


 こいつと戦うということは、周りにある大量の魔物の反応を撃退しないといけない。

 今のひび割れた状態では厳しい戦いになる。それに自爆攻撃もできない。

 それに対し、契約すればひび割れは直るし、魔物と戦う必要はなくなる。

 ズィーベンがどうなるかは知らないが、俺に対して悪い話ではない。


「そうでしょう? さぁ、わたしと契約を――」


「だが断る」


「――……断りますか」


「あったりまえだ。てめぇ、この状況で断る以外の選択肢がねぇよ、普通」


 確かに相手に絶対的有利な状況であり、この要求はとてもいいものだろう。

 だけど、だからこそ断らなければ。様式美だし。


「大体、そもそも、大前提から間違ってんだよ。前にも言っただろうが。誰が好き好んでテメェのような変態と契約するんだよ」


 ズィーベンは人間の魂ないから、選択権がないだけだけど。ていうか、俺以外の人形すべてか。

 感情や人間の魂があれば、誰が燕尾服と契約を交わすというのだ。出で立ちからしてもう怪しいし。

 なに、燕尾服って。その恰好は異世界だからこそ許されるものであって、俺の感性からしたらただの痛い大人だ。


「知ってるか? 契約を、強制破棄させる方法」


「……そんなもの、あるわけが」


「あるんだよ、これが」


 マニュアルに書いてあった。

 どうすれば、契約を問答無用で破棄できるか。

 俺はズィーベンに指を突きつけながら、解答を明かす。


「人形自体を屈服させる。それが条件だ」


「……あなたに、できますかな?」


 燕尾服がゆっくりと手を掲げ、指を鳴らした。

 その瞬間、周りの魔物の反応が一斉に俺に襲いかかってくる。攻撃予測はないが、気配で十分わかる。


 ……人形ってのはとてもいい体だ。

 疲れは感じないし、無茶な動きも可能。契約者が居れば、特攻もできる。

 そして何より、武器に困らない。


攻撃型(アタックモード)ソード


 唱えると、人形の右手の先が剣に変化した。

 契約していれば、剣以外の武器もあるのだが。


 まずは背後から跳びかかってきた魔物に対し、振り向き様に斬り伏せる。

 オオカミのようなその魔物は、頭を両断されて倒れ伏す。


 次に、左右から襲いかかってきた魔物に対し、後ろに身を引いて衝突させる。

 こちらもオオカミのような二匹が怯んだところに、右側にいた方に右手を頭に突き刺して放る。

 怯みから立ち直ったもう一匹が、喉に噛みついてくるが、人形では致命傷にもならない。胴体を右手で貫き、強引に首から剥ぎ取る。


 左手に持ったオオカミを、また後ろから突っ込んでくる魔物に投げつける。

 イノシシのような魔物は、構わずに走ってくるが、上に跳んで突進を回避、すれ違いざまに脳天に剣を突き立てる。


「小物ばっかりだな。前のギガンテスのような奴はいねえのか?」


「エルフを壊されては困るのですが……殺すつもりでちょうどよさそうですね」


 新しい魔物が探知される。どうやら空からだ。

 見上げれば、赤くなった夕焼け空からでかい鳥が急降下してきた。

 その着地点を見極めながら、攻撃態勢になる。

 そして鳥が地面に衝突しないために急停止をかけたところを狙い、首を切り落とす。


「ヴオオオオオオオ!!」


 迷宮でも聞いたような魔物の叫び声が響いた。

 その声の主は、巨大なミノタウロスだ。


 俺はミノタウロスに駆け寄っていく。先手必勝だ。

 ミノタウロスが、その剛腕を振るってくるが、大ぶりな動作のおかげで難なく回避。迷宮内での経験が生きている。

 その剛腕を駆け登り、左眼に剣を突き込む。


「ヴオアアアアアアア!!」


 ミノタウロスから痛がるような叫びが発せられるが、容赦なくそのまま剣を押し込み、後頭部に剣が抜ける。

 左側にスライドさせるようにして、ミノタウロスの頭から剣を引き抜く。


 血糊が着いた右手を勢いよく振るう。

 魔物の気配はまだあるが、襲ってこなくなった。


 俺を恐怖したか、それとも別の原因か。

 きっと後者だ。燕尾服もそれに気づいてか、憎々しげに顔を歪める。


 構う必要はないので、俺は走り出す。

 狙うはズィーベンの屈服。それだけだ。

 どれだけの攻撃を加えれば負けを認めてくれるかわからないが、別にコアさせ破壊しなければ十分だ。むしろコアだけ取り除いて持ち帰ろう。


「くっ……!」


 燕尾服が咄嗟に、腰に差していたレイピアを抜き放つ。

 ズィーベンには戦闘能力がほとんどない。ゆえに契約者が戦わなければいけないが……。


「ただの人間が人形に勝てるかよっ!」


 右腕の剣を勢いよく振るう。

 燕尾服は俺の攻撃をすんでのところで防御に成功するが、細いレイピアでは防ぎきることは無理だ。

 俺は力任せに右腕を振り切り、レイピアを叩き折る。咄嗟に身を引いた燕尾服の目の下に、剣先が少しだけかする。


 その勢いのまま、一回転するようにしてズィーベンを狙い、左手で頭を掴みとる。

 一瞬遅れてズィーベンが俺の左腕を掴みかかってくるが、容赦なく下に腕を振りおろし、首をもぎ取る。

 燕尾服が動きだしそうになったので、腹に強烈な蹴りを叩き込む。それだけで、燕尾服は数メートル吹っ飛んで気に背中からぶつかった。


 左手のズィーベンの頭を放り捨て、今度は左手でズィーベンの右腕を掴みとる。

 そのままズィーベンへ蹴りを叩き込み、右腕もまたもぎ取る。


 修復は行われない。

 欠損した部位の修復を行うには、その部位が完全に使い物にならない状態でなければできないのだ。

 頭も右腕も、自爆などをしない限りは復活しない。


「ズィーベンッ! 宣言するぞ、今度はコアを穿つ!!」


 人形に感情があるかはわからないが、アテナを過信してみるとしよう。

 俺には人間の魂が入っているが、そのほかの個体には人間の魂とまではいかなくとも、感情は植え付けられている、と。

 それくらいでないと、どうやって屈服を認めるかわからないしな。


 アテナを過信しての、脅迫。

 人形相手にどこまで通じるか。


「テメェの契約者は使い物にならねぇ! 生か死か、選べ!!」


 ズィーベンには頭はないが、所詮飾りだ。本体はコア。

 コアが残っていれば、聞き取れる。

 俺は頭と右腕を叩き潰し、ズィーベンが修復するのを待って命令する。


「跪けッ!」


 俺の叫びに、ズィーベンが跪いた。

 アテナの十傑作、第7番『ズィーベン』が、俺に屈服した。



☆☆☆



 契約破棄を行ったことにより、燕尾服が使役していた魔物はすべて息絶えた。

 魔素の薄い地上では、魔物は生きられないのだ。

 燕尾服については、ぐるぐるの簀巻きにして木にくくりつけておいた。

 誰か心優しい人が外してくれるだろう。


 俺は燕尾服とやり合った場から離れながら、従順について来るズィーベンに言う。


「さて、ズィーベン。お前、喋れよ」


「了解」


 今まで一言も発していなかったのは、あの燕尾服のせいだろうか。

 まぁいいか。

 とはいえ……勢いで契約を破棄させてしまったが、これ、国に届けないと怒られるのかな?


「なぁ、お前は国に許可がないと窃盗か?」


「いいえ。人形、その他、迷宮、の、最奥、の、部屋に、あるもの、は、発見者、の、財産。譲渡、も、発見者、の、判断」


「そうか。……あれ? でも、俺追われてるし」


「はい。迷宮、を、攻略した、場合、国、に、届け出、が、必要」


「なるほど。それで追われているのか」


 ……あれ、ならヴェイグさんかヒメが届け出てくれれば、騎士団長から逃げる必要なくない?

 忘れていたか、あるいは知らないか。後者はありえそうにないけど……ドワーフと子供だから、わからないな。


「ただ、『エルフ』、は、貴重な、11番、の、ため、どうなるか、は、わからない」


「ふぅん。やけに詳しいな。前の所有者は?」


「大公、の、一人、カール・ヘルツォーク・フォン・ザロモン、様、です」


「長い長い……カールでいいだろ」


 誰だそれ。まぁ、大公っていうくらいだから貴族なんだろうけど。


「それで? なんで燕尾服に引き取られた?」


「財政難、に、なった、カール、様、が、オークション、に、出品、しました。そこ、で、ハインツ・ダンツィ、様、に、買われ、ました」


「……ふぅん。なぁ、その喋り、どうにかならないのか?」


 単語ごとに区切るのは仕様だろうか? 聞きにくくてしょうがないんだけど。

 システムなら無理なんだろうが、ダメ元でお願いしてみる。


「……普通に喋っていいのですか?」


「むしろ普通に喋れ。前の契約者との間のいろいろは破棄しろ」


「了解」


 システムじゃないのかよ。

 あの燕尾服、どういう命令しているんだ、ったく……。

 ため息を吐きながら進んでいると、気配察知にまた厄介な奴が引っ掛かった。


 追いつかれるとは思っていたが、勢いで従わせてしまったズィーベンをどうしようか……。

 固有スキルの【魔物使役】って言ったって……お? いつの間にか、俺の空いていたスキルスロットの7番目が【魔物使役】で埋まっていた。

 ……おいおーい、待てこのクソ仕様。まさか固有スキルを覚えるには屈服させなければならないって? ふざけんな!

 もう一つため息を吐き、ズィーベンに命令する。


「マリオネの町のスカーレインっていう鍛冶屋に行け。俺の紹介だ、って言ったら、邪険にはしないだろ」


「了解」


「あ、お前を強制契約破棄させたけど、大丈夫なのか?」


「はい。契約者がいないアテナ様の十傑作は、見つけた者の所有物になります。特に、我々アテナ様の人形は、嘘を吐けない喋る人形ですので」


「わかった。じゃあ、先に帰っておいて」


 そう告げると、ズィーベンは一礼したあと、マリオネの方へ向かっていった。

 ヴェイグさんに押し付ける形になったが、俺には彼以外頼る場所がない。

 それにアテナの十傑作を放置なんて、一億円の小切手を見知らぬ人に渡すようなものだ。そんな超無駄遣い、したくない。


「さて……」


 気配察知で追ってくる連中を確認する。

 奴らは、今燕尾服を縛り付けている木に差し掛かったな。これで足止めとはいかずとも、戦力分散はできるだろう。

 今のうちに、さっさとマオリ鉱山へ急ごう。



☆☆☆



 マオリ鉱山へと辿り着くころには日が昇り始めていた。

 軋む体では長距離の徒歩はかなりきつかった。だが、それもここまでだ。

 目の前に鉱山の入り口である坑道がある。早朝のせいか、周りにテントがいくつかあるが、採掘者はいない。

 俺は坑道へと入っていく。

 今回は採掘目当てではないが、できるだけ深く、追いつかれるまで深く潜るつもりだ。




「――!」


 後ろからの攻撃を、横に跳びながら躱す。

 攻撃を仕掛けてきたのは、同じ個体の人形――アテナの十傑作、第5番『フュンフ』だ。

 見た目は少年だ。俺より少し小さめの身長。

 油断なく構え直すフュンフ。だが、俺は視線を契約者である騎士団長のシャーレンに向ける。


「アテナ様の未登録個体、第11番『エルフ』だな?」


「違うっつっても信じてくれねえだろ」


「その通りだが」


 シャーレンは迷宮で初めて見たときと同じ騎士甲冑の装備をしている。

 不遜というか傲慢というか、とにかく気に食わない態度だ。


「大人しく従え。貴様の契約者であったクラウスは死んだ。申請の出されていない貴様は、国の所有物だ」


「ざけんな。俺は人の魂がある。人形じゃねえ、消え失せろ」


「……説得は無意味か」


 シャーレンからも剣を構えられる。

 2対1。危惧していた最悪の状況。

 契約者のいない俺で、どこまでやり合えるか。

 燕尾服もズィーベンも戦闘タイプではなかった。ゆえにゴリ押しで勝てた。

 しかし、相手は戦闘のプロ。しかも王国随一の騎士。勝てる要素は――無きに等しい。


 ……その相手の勝利の一つを完全に潰すため、この坑道まで来たわけだが。

 坑道、つまり穴の中だ。

 こんなところでフュンフの固有スキルである【大爆発】を使ってしまえば、生き埋め確定だ。


 シャーレンはどういう奴か。

 自己犠牲してでも国に尽くすか、それとも自分を第一に考えるか。もしくは、逆上型か。

 どれにしても、俺に勝ち目が出るかと問われれば否だろうけど。


 それでも、このまま黙ってやられるわけにはいかない。

 まだクラウスの遺言をヒメに伝えていない。

 俺が死んでしまえば、守れなくなる。


 頼まれた。約束した。

 この世界で初めて会った人に、死に際に頼まれて約束した。

 だったら、俺も死に際まで諦めないのが義理ってものだろう。


「……攻撃型:剣」


 右手が剣に変わる。

 それを見て、シャーレンもフュンフも臨戦態勢に入った。


 前へと、踏み込んだ。

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