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十傑作・第5番『フュンフ』

 森の中を全力疾走し、人間ではありえないスピードで駆け抜ける人形が一体。

 アテナの十傑作、第7番『ズィーベン』だ。

 少女の姿をした人形は、ひたすらに第11番『エルフ』言われたとおりの店へと向かっていた。


 別に急いでいるわけではない。

 彼女に急がなければいけないという感情もプログラムも何もない。

 これが普通。人間ではありえない、が、アテナの十傑作の普通だ。


 やがて深夜に差し掛かったころに、ズィーベンはマリオネの城壁を越えた。

 正規の手段ではなく、文字通り、物理的に、跳躍によって城壁を越えたのだ。

 エルフのように人間らしい行動ができない彼女は、城門から堂々と入れないのだ。ゆえに、強引に城壁を飛び越えた。

 そして何のためらいもなく工業区の方へ。


 マリオネへは何度か来たことがある。その際に、人形のマッピング機能が勝手に働き、地図を作っていたのだ。

 スカーレインもその地図に記されている。迷うことなく、その店へと向かった。


 表の扉は閉まっている。

 裏へと回ろうと思ったとき、二階の窓が開いて一人の赤髪の少女が顔を出した。

 少女の目は、泣き腫らしたように赤くなっている。


「……人形です?」


「はい。アテナ様の十傑作、第7番『ズィーベン』といいます。第11番『エルフ』に言われ、ここまで来ました」


「『エルフ』……ヒビキです? ヒビキはどこです!?」


 ズィーベンにヒビキという人物は記憶されていない。

 しかし、文脈からエルフのことだと判断した。


「エルフは帰ってきていません。ズィーベンだけ、先に帰りました」


「ヒビキはどこです!?」


「行先は、おそらくマオリ鉱山かと」


 ズィーベンにも誰が後を追ってきていたかはわかっていた。

 そして、その相手の固有スキルも見たことがあった。


 カールが契約者だったころ、大公の彼と一度王都に訪れた際、その騎士団長がフュンフと訓練をしているのを見たことがある。

 そしてフュンフが騎士団長に命令され、自爆するところも。


 彼を気配察知で最後に感じたところと、向かった先、それに相手の固有スキルから推測して、まず間違いないだろう。

 フュンフの自爆は固有スキルのため、威力も普通のものより強力だ。

 それゆえ、安易に固有スキルが使えないであろう坑道へと逃げたとそう判断できた。


「す、すぐに行くです!」


 少女、ヒメユキは慌てたように顔を引っ込めてしまった。

 代わりというように、ズィーベンの目の前の扉が開かれ、今度はドワーフのヴェイグが顔を出した。


「お前さん、ヒビキの使いか?」


「はい。エルフの紹介だと告げれば、邪険にはされないと」


「そうかい。まぁ、追い返したりはしねぇさ。……とりあえず、上がんな」


 ヴェイグに促され、ズィーベンは店の扉を潜る。

 ズィーベンが入ったのと同じくらいに、二階からヒメユキが急いで降りてきた。


「ヒメ! ちょっと待て。少し落ち着け」


「で、でも! ヒビキ、壊れかけてるです! 放っておいたら……」


「ヒメ、お前さんにゃ、ヒビキが簡単に死ぬように思えるか?」


「そうは思わないです、けど……」


「だったら落ち着け。ヒメも、この時のために頑張ってきたんだろ?」


「……はいです」


 落ち着いたというよりも、落ち込んだようなヒメユキ。

 ヴェイグはそんなヒメユキの頭を大きな手で撫で、椅子に座らせる。

 そしてもう一つの椅子にズィーベンを座らせ、自分は床に胡坐をかいて座った。


「それで、じゃ。どうしてヒビキはマオリ鉱山にいったんじゃ?」


「エルフは、申請のされていない迷宮の財宝。発見者であり契約者だったものもおらず、騎士団に追われているのです」


 ズィーベンの説明に、ヴェイグは手を額に当てる。

 そういえばそんな制度もあったな、と今更ながらに思い出したのだ。


 そして、もう一つ。

 よりにもよって、騎士団に追われているのか、と。

 騎士団長のシャーレンの強さは折り紙つきだ。どの国にも名前が轟いているほどに。

 それゆえ、シャーレンの戦い方や所持している人形についても知られているので、鉱山は確かに有効な逃げ場だとも思う。

 しかし、だ。


「シャーレンの野郎は何をしでかすかわからんことでも有名じゃ。鉱山に逃げたとして、フュンフの自爆を使ってもなんらおかしくないぞ」


 頭に血が上り、見境がなくなるとシャーレンは手が付けられないと、もっぱらの噂だ。

 普段は冷静な良き指導者らしいのだが、一度怒り狂うと何をしでかすかわからないのだ。


「かといって……わしらが行って何ができるかという問題もある」


 一番の問題だ。

 この場にいる2人と1体に戦闘経験はほぼない。魔物のいない地上で平和に暮らしているのだ、それが当たり前。

 いや、ヴェイグだけなら鍛冶で鍛えた腕があれば少しは戦力になるかもしれない。が、実際はわからない。

 ヒメユキなど完全に足手まといになってしまう。

 ズィーベンも固有スキルが示すように、また響ともまともに戦えなかったことから、戦闘向きではないのは明白だ。


 どうしようもないのだ。


 その時、ズィーベンが何かを思い出したように顔をあげた。


「契約者です」


「……契約者?」


 契約者自体は知っている。人形の所有者になることだ。

 だが、響自身から契約については何も聞かされておらず、二人の考えに浮かばなかったのだ。


「ズィーベンのマニュアルに加筆された部分があります。それは第11番『エルフ』についてなのですが、エルフはどの職業でも契約が結べるとのことです」


「……契約したところで、どうなる?」


「通常、契約前と後では天と地ほどの差があります。さらに、エルフの指定職業は人形師。人形師と契約を交わしたときはどうなるか」


 具体的に言うと、


「契約すると自動修復を行えるようになります。また、固有スキルがあれば使えるようになり、基本性能も数十倍に跳ね上がります」


「なるほど……ヒメは人形師か?」


「ズィーベンの鑑定スキルによると、鍛冶師Lv15と人形師Lv10です」


 迷宮などの魔素が大量にある場所は、魔物の取り込んでいた魔素を喰らって成長する。魔物を狩ってのレベル上げだ。

 だが、地上には魔物がいないため、どうしても経験によってレベルを積まなければならない。

 普段の経験だけでレベルを上げようと思えば、1年ではせいぜい2か3しか上がらない。さらにレベルが上がるごとに上がりにくくもなる。

 つまり、ヒメユキのレベルは異常だ。人形師養成機関に通ってまだ2年余り、ヴェイグに鍛冶を教わり始めたのもほんの3,4年前だ。

 ヴェイグの場合は鍛冶師Lv50という、こちらもかなりの異常性だが、ドワーフは皆これくらいだろう。


「人形の性能も、契約者のLvによって高まります。ヒメ様が契約すれば、エルフは間違いなくフュンフよりも強くなります」


「そうか。ならば行くしかあるまい。ヒメ、準備は」


「ばっちりです!」


「よし、わしは馬車を取ってくる。城門に行っておけ」


 そういって家から出て行くヴェイグ。

 ヒメユキも必要そうなものを詰め込んだリュックを背負う。


「ズィーベンも行くです!」


「え。はい」


 少し戸惑ったような声を出したズィーベンだったが、契約者も所有者もいない今、彼女の言葉に逆らうことはできなかった。

 ヒメユキとともに外に出たズィーベンは、そのまま言われたとおりに二人で城門前まで向かった。

 数分ほど待つと、ヴェイグが御者台に乗った馬車が到着した。

 後ろに二人が乗り込むと、ヴェイグは手綱を捌いて城門から出た。




 ヴェイグたちがマオリ鉱山に着いたのは、空が白み始めたころだ。

 周りにテントを張っていた採掘者たちが起き出すころ、彼らは到着した。


 馬車を止め、ヒメユキとズィーベンが後ろから出てくる。

 3人で鉱山の中に入ろうとしたとき、坑道の中から地鳴りが響いた。


「まずい、シャーレンが怒っておるのかもしれん。急ぐぞ!」


 ヴェイグの声掛けに、ヒメユキが大きく頷き、3人は駆けるようにして坑道へと入って行った。



☆☆☆



 踏み込んだ瞬間、シャーレンとフュンフの攻撃が無数に見えた。

 その多さに目を見開く。

 とてもじゃないが、避けきることはできそうにない。

 しかも急制動を掛けたせいで足から嫌な音が響いた。体の方も限界が近い。


「ぐっ……!」


 避けられないなら、一番攻撃の少ない右手側を選んで飛ぶ。

 その際、フュンフから振られた剣が肩口を削って行った。出血はもちろんないが、壊れかけの体がさらに壊れてしまった。


 俺は剣を振り切って隙のできたフュンフに向かって、剣のついた右腕を振るう。

 だが、フュンフの向こう側から突き出てきた剣に思わず反応してしまい、フュンフの頭を狙っていた剣の軌道が真下へと移動してしまった。

 剣の主は当然シャーレンなのだが、連携がうますぎる。

 やはり、2対1ではかなり不利だ。しかも二人とも剣の達人でもあるし。


 一歩引いて態勢を立て直そうとするが、それすら許されずにフュンフの突きが繰り出される。

 その無数の点の攻撃を、何とか見切ってすべて回避する。

 何度か回避し切れずに体の一部を持っていかれるが、やはり痛みなどは一切ない。


 今度こそ反撃に出ようとするが、シャーレンの姿が見当たらない。

 気配察知で咄嗟に居場所を把握すると、背後を取られていた。

 前と後ろ、両側から挟み込むようにして攻撃が繰り出されている。


 俺は飛んで上に回避し、坑道の天井を蹴りつけてフュンフの背後を取る。

 容赦なく首を狙って切り落とし、フュンフの背中を蹴りつけて向こう側のシャーレンにぶつける。


 だが、シャーレンはフュンフごと俺を狙って剣を振ってきた。

 大上段からの斬り下ろしに、俺は右手を何とか挟み込むことに成功するが、力が強すぎて体が悲鳴を上げる。


 剣を斜めにずらし、滑らせるようにしてシャーレンの攻撃をいなす。

 バランスの崩れたシャーレンに向かって、右腕を斬り飛ばすつもりで剣を振るう。

 が、今度は頭のないフュンフが強引に右腕を突っ込んでくる。

 俺の攻撃はフュンフの右腕を斬り飛ばすだけに終わり、その間にシャーレンはバランスを立て直して腕を引いていた。


 くそ、やはり人殺しを躊躇ってはいけないのだろうか……?

 今の攻撃をシャーレンの首に向けていたらどうなっていただろうか。

 おそらくフュンフの防御があったとしても、致命傷とまではいかなくとも傷を与えられたかもしれない。

 仮にフュンフの防御が間に合わなかったら……完全に犯罪者だろう。

 だが、それでもためらっている余裕がないのも事実だ。


 フュンフの無手の左腕が顔へ伸びてくる。

 それを首を傾けて躱し、その左腕を掴んで強引に背負い投げる。


 すぐに振り向くが、シャーレンの攻撃が目の前に迫っていた。

 慌てて横に転がるようにして回避するが、転がった際にまた肩から嫌な音が響いた。

 体の方が本格的にやばくなってきたな……。


「貴様の体もそろそろ限界か」


「うっせぇ。どこが限界だよ」


「見ればわかる。強がっているのもな」


 ……くそ。

 やっぱり、2対1じゃ分が悪すぎる。

 一か八か、賭けに出るか。

 何のリスクもなく、何か得られるわけがないよな。


「強がりも必要だろうが。だってお前ら、2対1とか超卑怯じゃん。なんなのお前ら、まさか弱いものいじめで優越感に浸っちゃう頭のイカれた奴らかよ」


「……なんだと?」


「1対1ならお前なんか相手にならねぇ、って言っているのがわからないのか? お前はさァ、そのアテナの傑作の人形を使って相手を不利な状況に追い込み、そこを嬲って勝ってきたんだろ? 王国随一だぁ?聞いてあきれるな。人形相手に正々堂々と戦えもしねえ、腰抜けの騎士団長サマ」


「……」


 無言の睨みが強くなった。

 もうちょいか?


「シャーレン様、挑発です」


「……わかっている」


「ほら、そうやって一々いつまでも冷静な人形に指摘されないと、お前自身はまったく冷静でいられないんだよ。わかる? お前単体じゃ、王国随一なんて称号は飾りだよ」


「……」


「国に仕える騎士サマが、まさか卑怯者のお山の大将とは。国民が知ったらひどく落胆するだろうな」


 やれやれと言った感じに首を振ってみせる。

 シャーレンの手がカタカタと震えているのがわかる。

 フュンフはもう諌める気がないのか、無駄だと判断したのか、黙り込んでいる。


「貴様ァァァ! もう容赦さんぞ!!」


 容赦していたのかよ。という疑問が湧くが、まぁ良いだろう。

 怒りの形相に変わったシャーレンが、一人で突っ込んでくる。

 単調な攻撃のせいでひどく簡単に躱せる。これなら魔物を複数相手にしている方が難しいだろう。


 体を斜め前へと出して躱しながら、すれ違いざまに足を引っかける。

 それだけで、力み過ぎたシャーレンは無様に転がっていく。


「ほら、それがお前の実力だよ」


 そう声を掛けるが、聞こえていないのか無視しているのか、シャーレンは鎧に付着した泥を熱心に拭っていた。

 随分と余裕があるもんだな。

 容赦してくれないから、こっちも容赦はいらないだろう。


 完全に顔を下に向け、俺のことを視界から外しているシャーレンに近づく。

 気絶させるつもりで、強めのパンチを顔面に入れる。

 避ける動作もされることなく、俺の左拳がシャーレンの右頬に入った。

 地面に座った状態だったシャーレンが、そのまま態勢を崩して坑道を滑っていく。


 気絶したのか、シャーレンは動く気配がなくなってしまった。

 あとは、フュンフを屈服させればいいか。

 こんな奴にいつまでも追い回されたくない。

 頭と右腕がないフュンフへと問う。


「フュンフ、どうする?」


「……油断しない方がいいです。シャーレンは、まだ気絶していませんよ?」


「はぁ? あれのどこが――」


 後ろから熱が伝わってきた。

 これは……爆発か!?


 急いでその場から離れようとするが、爆発するまでに逃げ切ることはできなかった。

 結果、人形の左腕が吹き飛んだ。


「くそ!」


 今の爆発は、フュンフの【大爆発】ではなかったにしても、俺の自爆とは段違いの威力だった。

 爆発の余波は坑道全体に及び、激しく鳴動した。天井から小石が振ってくる。

 普通、坑道で爆発なんか使うか? 下手したら生き埋めになるんだぞ。


 フュンフの方を見てみれば、右腕が修復されていた。今の爆発は右腕分の爆発ということだろう。

 爆心地の方を向いてみれば、シャーレンが立ち上がって剣を構えていた。


「許さん許さん許さん許さん……」


 なんか呪詛のようなものを唱えているが、訊きたくないのでシャットアウト。

 シャーレンは右手に剣、左手にはフュンフの頭を抱えていた。

 きっと、頭を爆弾に使う気だろう。


 シャーレンはゆっくりとこちらに近づいてきながら、左手に持ったフュンフの頭をゆっくりと掲げた。

 そして、ぶん投げてきた。


 それを、冷静に右手の剣の腹で打ち返した。


「なッ!?」


 ピッチャー返しだ。シャーレンの顔に向けて一直線だ。

 こいつ、フュンフの爆発にクールタイムがあるの知らないのかよ。ちなみに自爆にクールタイムがあるのはフュンフだけだ。固有スキルからわかるように、自爆が持ち味なので威力が高いからだ。他の人形に自爆のクールタイムはない。

 ていうか、マジで知らなかったのかよ。完全にハトが豆鉄砲くらった顔だよ。そんなとこ見たことないけど。


 シャーレンは打ち返された頭に驚き、しかし起爆スイッチのようなものは既に押してあるのか、フュンフの頭が光り出した。

 先ほどの右腕の爆発とは威力が違うだろうことは、その光り方からわかる。

 だが、頭は俺よりもシャーレン側にあるので、今度は爆発から逃げ切ることができるだろう。

 そして一際強く光ったフュンフの頭が爆発する。


 今度の爆発で、坑道の入り口の方が耐えきれなくなったのか落盤が起きてしまった。

 シャーレンは……生きている。咄嗟に身を引いたのかどうか知らないが、生きていた。

 だが、土煙のせいで姿が見えない。気配察知で居場所はわかるのだけど。


「シャーレン様!」


 完全修復したフュンフが慌ててシャーレンの方へ向かっていった。

 フュンフにも気配察知があるから、生きていることはわかっていると思うが。


 俺はあまり動きすぎてさらに壊れてしまわないよう、坑道の壁に背を預けて座り込む。

 人形の体に水も食料も必要ない。埋まってしまった坑道が外から掘られるまで、ゆっくりと待つとしよう。

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