油断
目を覚ますと、今度は体が初期よりも断然に軽くなっていた。
重くなっていた分が軽さに回ったような感覚。
自分の調子の変動を怪訝に思いながらも、時計機能を使ってみる。
……へ? 今度は、1年?
時計機能で調べた結果、今度はあの鉱山へ行った日から大体1年の歳月が流れていた。
ここまで来ると本当に不気味だ。
一体、俺に何が起こっているのか。
……ヘルプを使うか。
残り2回だが、別にこの世界のことはこの世界の住民に訊けばいいし、やはり訊くなら、人形についてだろうし。
「ヘルプ」
頭痛に襲われる。
『はいはーい。何か教えて欲しいことでも?』
わかっているだろ?
2回の人形の活動停止は、システム的なものか?
『いいや、違う。それは人為的に起こったものだ。ボクの最高傑作を侮らないで欲しいね』
……いや、人為的に起こったならなおさら侮るんだけど。
『システム的に君の不利にはならない、ってことさ。……一ついうとすれば、ヒメユキちゃんだっけ? あの子、天才的だね』
ヒメが? 何の?
『神にも届き得る才能……やっぱり、地上は面白そうだね』
答えになってねぇし……。
ていうか、お前地上にいないのかよ?
『いるわけないじゃない。ボクらが地上にいたら、それこそ大騒ぎだろう?』
まぁ、そりゃそうか。
神を崇めているんだもんな。本気で祭り上げられるか、偽物だと弾劾されるか。
『人間は愚かしいからね。きっと後者だ』
だろうな。俺もそう思う。
『他に、君のいつもの質問以外なら受け付けるけど?』
そうだな……いつものを封じられると……この体で他の個体の固有スキルを覚える方法は?
『やっぱりそれかぁ。だけど残念。それには答えるつもりはないよ』
ちっ……受け付けるだけで、答えるかはまた別ってか。
ったく、性悪な神様もいたものだ。
他には……認識遮断だけど、これでツヴァイを撒けるのか?
『難しいところだね。ツヴァイは探索特化型だから普通は隠れられないけど、君の持つ認識遮断アイテムもなかなかの品だ。君がその気になれば、撒けるだろう、って感じかな』
なるほど。なら撒けるな。
あとはー……ズィーベンの魔物は一回で何体までだ?
『契約者の魔力量による。ズィーベンの力で魔素を振りまき、地上でも生きていられるなら何体でも、だ』
ふむ……。
あと、フュンフについて。
固有スキルは【大爆発】って言ったけど、当然一度きりじゃないんだろ?
『そうだよ。けど、再度しようと思ったら、体の修復とクールタイムが必要だ。連発はされない』
おかしいとは思っていたんだが……フュンフって、職業騎士が使うような人形じゃないよな?
『そんなことないさ。フュンフは剣の達人がモデルだからね。切り結べば、勝てないだろう』
真正面からやる気はない。どうせ騎士団長様も参戦してくるんだろうし。
こっちに契約者はなし、必然的に2対1の不利だ。
『人形師自体も、そんなに戦闘能力は高くないしね。だけど、君のスペックはそれを補うに余りあるからね? それと、意地張ってないで、ヒメユキちゃんと契約しちゃえば? 彼女、人形師だろ?』
ヤだよ。そのせいで狙われる可能性がある。
それを理解したうえで、契約してもらわないと。クラウスの二の舞もいやだ。
『君は随分と優しいね。それじゃ、今回はこの辺で?』
ああ。ありがとよ。
『一つ忠告しておくよ。契約者のいない今、絶対に油断しないことだね』
わかってるよ、心配されずとも。
ブツッと音が響いた。
俺は一つため息を吐き、ベッドから出て部屋を出る。
一階に降りると、ヴェイグさんがやはりかまどの前で何かを作っていた。
ヒメは……いない。養成機関にでも行ったのだろうか?
「ヴェイグさん、少し外見てきます」
「おう。ヒメならもう2,3時間で帰ってくるぞ」
「わかりました」
まぁ、別にヒメと話すこともないのだが。
店を出て、まだ見たことがない商業区の方へ向かう。
初めて来たときは閑散としていたが、今日は市が開かれており、かなりにぎわっていた。
道幅はかなり広く、馬車がすれ違えるほどだ。その両脇に露店が出ている。
市を見て回りながら、店を冷やかす。
金を持っているわけではないので、買うことはできない。
だが、この世界のものを知るにはちょうどいい機会だ。
武器や防具といったものも売られているが、どれも少し割高だ。鑑定スキルで見ていくのだが、ぼったくりというほどではないにしても、少々高めの設定がしてある。
運送料とかが含まれているのかもしれない。何せこの町にしか鍛冶屋がないわけではないだろうし。
とはいえ、マオリ鉱山から一番近い町もここだ。
ここ以上に良い武器は、そうそうないと思っていたのだが……。
見て回った結果、やはりここは美術大国、といったところか。
武器や防具、果ては日用品や使い捨てのものにまで、精緻な模様が刻まれていたりするのだ。
どれも美しいとは思うが、如何せん前世が日本に住んでいたため、実用性重視で考えてしまうとどれも使いにくそうだ。
その点、ヴェイグさんの作るもの……というか、ドワーフは実用性重視なので、家ではそう困ったりはしないのだが。
スカーレインにある家具や物はすべて、ヴェイグさんかヒメの手作りだ。その辺に売っているものよりも完成度は高い。
一通り市を見終わる頃には、2時間ほどが経過していた。見物だけでかなり時間を稼いだようだ。
このあともすることがないし、ヒメの迎えにでも行くとするか。
町往く人に人形師の養成機関の場所を聞いて、何とかそれっぽい施設に行きつく。
そこはもう、学校といっても差支えない施設だ。
校舎があり、体育館っぽいものがあり、校庭があり。前世の公立の学校というよりかは、私立の学園といったかんじだろうか。
表札には『人形師養成機関ドールズ』と書かれていた。
校門には警備の人が立っているので、入るのは無理そうだ。
適当に近くで時間を潰そうかと方向転換した時、ドールズの校門から少女が一人出てきた。
歳や背格好はヒメに近いが、髪は光を跳ね返すような銀色だ。瞳も海のような深い青色をしている。
少女は俺に気付くと、なぜか笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「お人形さんだ!」
俺の正体を、何の疑いもなく見破った。
「え、え? ち、違うよ? 俺、お人形さんじゃないよ?」
「そうなの? ……お人形さんじゃないの?」
「うっ……」
何の曇りもなく、純真な目で見てくる。
おかげで嘘を吐いていることに罪悪感が芽生えてくる。
「お人形さんじゃないの……?」
「……お、お人形さんです」
「やっぱり! こんなにきれいなお人形さん、初めて見た!」
綺麗なのだろうか?
ヴェイグさんの家には鏡があり、自分の姿を見たことはあるが、まぁ神が作っただけあって整った顔立ちではあったが。
ていうか、男が綺麗と言われても微妙な感想しか浮かばないんだが。
「か、かっこよくない?」
せめてものプライドでそう少女に訊くが、しかし首を傾げられてしまった。
かっこよくはないらしい……。俺の美的センスがおかしいのだろうか?
「それより、なんでお人形さんだってわかったの?」
「うーんとね……なんか、ふつうの人と違うの」
どう違うのか。
まぁ、それがわからないから違うといったんだろうけど。それにまだ幼いからな。
俺はふと思い当たることがあり、鑑定スキルを使ってみる。
すると、思った通り少女には人形師Lv2と出た。
「……もしかして、人形師の子はみんなわかるの?」
「たぶんわかるよ」
人形師の近くには近づかない方がよさそうだ。
まぁ、人形師自体、まだ確立されたばかりの職業らしく、人口は少ないらしいけど。
「ねぇねぇ、お人形さん、まだ契約してないでしょ?」
「そのお人形さんっての、やめてくれる? 響って名前があるからさ」
「ヒビキ……?」
「そう、響お兄ちゃん」
「ヒビキおにいちゃん!」
ひゃっはー! 幼女ちょろいぜ!!
少女の脇に手を入れてくるくる回る。
とかやっていると、警備員さんの目が痛いので早々にやめる。
「もういっかい! もういっかいやって!」
「え、ちょ、それはちょっと勘弁……」
「もういっかい! もういっかい!」
「手叩くな! ダメ、しません!」
「もう……いっかい……」
「な、泣いてもダメ!」
ていうか、それよりも何か言われていなかったけ?
警備員さんの目がさらに痛くなったので、仕方なく少女を抱いてその場を離れた。
「はい、終了」
「えー!」
「一回って言ったでしょ。自分の言葉には責任持ちなさい」
「……わかったー」
少女は少し不機嫌になりながらも、頷いてくれた。
……さて。
勢いでその場を離れてしまったが、これ、マジで誘拐とかにならないかな? 大丈夫かな?
この世界に警察があるかはわからないが、警備員がいたんだから警邏隊が居てもおかしくはないだろうけど。
「さ、気が済んだら家に帰りなさい。パパとママが心配するでしょ?」
「えー! まだ契約してないよ!」
あ、そうだ。契約について言われていたんだ。
しかし、子ども思考回路怖いわ。完全に忘れたと思っていたのに、いきなり思い出すし。
「ダメ。契約はしません」
「なんで? 契約しないと、お人形さん弱いんでしょ?」
「よ、弱くねえし! 十分強いし!」
「強いの!? どれくらい? どれくらい強い!? シャーレン様より強い?」
シャーレンて誰や。
しかし、こんな少女でも様付けするくらいだから、相当身分の高い奴なのだろうけど。
「シャーレン様は騎士団長様だよ! アテナ様の十傑作フュンフの契約者!」
「ああ、騎士団長様か。強いに決まってるだろ。お前、俺は世界最強だぞ」
「お前じゃないよ、シャルロッテだよ」
「そうか、シャルロッテ。俺は世界最強の人形だ。誰よりも強いぞ!」
「すごいすごい!」
手を叩いて目を輝かせながら見てくる。
……や、やべぇ! 俺の良心に容赦なく突き刺さる! 警備員の目なんか蚊に刺された程度に感じる!
顔が引きつるのを感じながら、急いでシャルロッテから視線を外す。
幼女の純真な目はダメだ。精神ダメージがでかすぎる。
「契約しよ! 契約!」
「だからダメだって。契約する人はもう決めてるから」
「えー! でも契約してないんでしょ!?」
「してないけど。それに、シャルロッテだって、別に世界最強の人形が絶対に必要ってわけじゃないだろ?」
「そうだけど……」
「じゃ、諦めて。……さて。俺は戻るけど、シャルロッテはどうするの? 家までなら、送るけど」
ドールズから離れたが、家が反対方向では遠くなってしまっている。
こんなところから一人で帰すのは、さすがに人としてダメだと思う。
「家はすぐそこだからだいじょうぶ!」
「そっか。じゃあ、気を付けて帰りよ」
「うん! ……そういえば、ヒビキおにいちゃんって、ヒメユキちゃんの家に住んでるの?」
「……そう、だけど」
唐突というか……なぜわかったのだろうか?
「ヒメユキちゃんが前に教えてくれたの! すっごいお人形さんが家にいるって!」
「そうなんだ」
「それでね! それまでなんとなく元気がなかったヒメユキちゃんが元気になったの!」
「……それは、嬉しいな」
「それでね!」
まだ続くのか。
やっぱり、子どもってよくわからないな。
「最近はよく学校休むようになったんだけど」
養成機関とはいえ、やはり学校認識なのか。
まぁ、確かに似たようなところだよな。てか、違いがわからん。
「ときどきにしか会わなくなったけど、すごいすごくなったの!」
……すごいすごく?
すごくって言葉は確かに便利な言葉だけど、ちゃんと何がどうすごいのか言ってくれないと伝わらないよ?
シャルロッテに言って訊いてくれるかわからないけど。
「だからね! ヒビキおにいちゃんにはずっとヒメユキちゃんといて欲しいの!」
「そっかそっか。そろそろ帰りなさい。パパとママが心配するよ」
「うん!」
シャルロッテは再度の注意に大きく頷くと、元気よく手を振りながら走り去っていった。
その後ろ姿を見送り、俺は彼女の言葉について考えていた。
俺がいて、ヒメが元気になったのなら、それは嬉しいことなんだけども。
学校を休むようになったとは、どういうことなのだろうか?
家で何かやっているのか? そうなれえば、必然的に鍛冶のことになるのだろうけど。
しかし……ああ、俺、ヒメが何か作っているところ見たことないや。スカーレインに住み始めて、俺の意識があったのは初めて訪れた日と鉱山に行った日、それに今日の三日だけだ。
三日しか意識がなかったのに、一年も時が経過しているなんて。
それに、すごいすごくなったとはどういうことなのだろうか。
思いつくこととすれば、人形師としての実力がすごいのか、それとも鍛冶師としての実力を見せたのか。どちらかだろう。
「訊いて、素直に答えてくれるとは思えないし」
ヴェイグさんも、まっすぐには育たなかったって言っていたし。
まぁ、追々わかればいいか。
まずはさっさとドールズの校門近くまで戻らなければ。
シャルロッテに相当時間をかけられたので、もうヒメは帰ってしまったかもしれないが。
☆☆☆
ドールズの校門に戻ってみたが、大量の生徒が出てきており、数十分ほどヒメを待ってみたが出てこなかったので帰ることにした。
帰り道、市の開かれている通りを歩く。
市は夜まではやらないのか、店じまいを始めているところもある。
そんな中に、赤い髪を見つけた。
ツーサイドアップにしたその赤い髪は、初めて見たときよりも若干高くなっていた。
ヒメだ。
ヒメは、露店で何か買い物をしていた。見る分には、たぶん夕食だろう。
ヴェイグの料理は食べたことないが、盛り付けはかなりおいしそうに見える。
手先が器用だからだろうか、結構凝った盛り付けなんかをしていたりする。
遠目から見れば、ヒメの普段の表情はやや不機嫌顔、といったところか。希少鉱石が出ると、年相応の輝いた目を見せるのだが……条件がもう少女じゃない。
それも仕方ないか。ドワーフに育てられてきたのだから。
露店から離れて帰ろうとしたヒメが、俺に気付いてこちらに駆け寄ってきた。
ホント元気な――
「ヒメッ!!」
元気なのはいいことだが、今、この瞬間だけはそれが裏目に出た。
馬車が、突っ込んできていた。
俺は慌てて、人形の体を全力で使ってヒメに駆け寄る。
だが、馬車はすぐそこだ。間に合いそうにない。
「クソッ!」
俺は右腕をひじから先を射出した。
人形の手がヒメを押し退け、何とか馬車の軌道から外すことに成功する。が、俺の方は間に合わない。
それでも構わない。人形の体は、コアさえ残っていれば生きられるから。
俺の体が馬に跳ね飛ばされるのがわかる。
体にひびが入っていくが、どうにかコアだけは守り抜く。
胴体が地面を転がっていく。
……どうにか、コアだけは守り通せたようだ。
しかし、体の方はそうはいかない。
壊れた体が直るのは、契約している場合のみだ。契約者の魔力を使って体を直すのだから。
自分の体を見下ろしてみるが、所々にひびが入ってしまっている。
顔を手で触れるが、ひびが入っている。これでは、人形だと隠し通せないだろう。
人々の視線が集まってくる。
認識遮断の腕輪も壊れてしまっている。どこかにアテナの十傑作がいれば、すぐに気付かれてしまう。
油断した。
あの馬車が走ってくるとき、腕だけ射出していればよかった。それならば、人形だけだとしかばれない。
だが、腕輪を壊されては十傑作が近くにいるとすぐに『エルフ』だとばれてしまう。
元が人間だったため、体が先に動いてしまった。
人形、機械のように合理的な判断ができなかった。
油断、していた。
「ヒビキ!」
……この町からは、早く去らないと。
下手に匿ったりされては、罪に問われる可能性がある。
アテナの最高傑作だ、国に申請せず使っていれば、そりゃ怒られるだけじゃ済まないだろう。
「ヒビキ、大丈夫です!?」
「平気だ。……ヒメ、腕輪をヴェイグさんに届けてくれる? すぐに」
「わ、わかったです。ヒビキはどうするです?」
「俺は……」
気配察知に、十傑作が引っ掛かった。
これは……フュンフか? まずいな。
「家に帰って、ヴェイグさんから離れるな。いいな?」
「ひ、ヒビキは?」
「俺はやることがある」
さっさと離れなければ、余計な疑いがかかる。
すぐに去ろうとしたとき、ヒメに腕を引かれる。
「い、か……ない、で欲しい、です」
涙声の混じるヒメを、ゆっくり撫でる。
「すぐに帰るよ。ヴェイグさんと待っててくれ」
「あっ」
ヒメの手を振りほどき、すぐに城壁の外へと向かった。




