第6話 勇気を出して
(気になってました。和菓子。……んーだめ。言い訳っぽい)
ガタンゴトン。
ゆっくりと景色が右から左へ流れていく。
(ずっと見てました。和菓子を。……いや怪しい。怪しい人だわ完全に)
もじもじくるくる。
新しいショルダーバッグの肩ひもをいじる。
(好きです。あ、和菓子が。……違う。違うでしょ。「和菓子」いる!? ……ああもう!)
無理ぃぃぃぃい! と、真琴はバッグを顔に思いきり叩きつけた。
びくっ! と斜め前のお姉さんが跳ねた気がする。
あ、眼鏡、と慌ててバッグを下ろす。
恋と春は、人をダメにするよね。ね?
―― ep.6 真琴の場合
ガタン……ゴトン……と、車内に響く低音が徐々にゆっくりになる。
完全に列車が停止すると、プシュー……と空気の抜ける音とともに、扉が開いた。
水島臨海鉄道は、休日の今日も客はまばら。それが好き。
真琴はこの、ころころと色んな景色を見せてくれるのんびりとした列車に揺られながら、一喜一憂していた。
(もう三回目なんだから、ただの常連客になるか、かわいい常連客になるかの瀬戸際じゃない? まずはお友だち――)
そう思いながら、ぐっ! と拳を胸の前に掲げ、固まる。
(――……いやお友だちって何!? 認識してもらうこと! それからでしょ! いきなり好きとか怖すぎるから! 変質者ダメゼッタイ!)
ガコン、と列車が小さく揺れ、再び進み出す。
徐々にあの人へ近づいていると思うと、手に変な汗が滲む。
小さく震える手でレンズの汚れを拭くと、眼鏡をかけ直した。
古民家の庭にひっそりと佇む桜が目に入り、あーまだ少しだけ花残ってる……きれい、と目を細める。
はっ!? と目を見開く。
(これいいんじゃない!? 「桜の季節ですね……和菓子が合いますね。どの和菓子がお勧めですか?」 いやすでに葉桜だわ!)
何で先週服買いに行っちゃったかな私……! と頭を抱えた。
ふと、ふわふわと膨らむ淡い花柄のスカートが目に留まる。
(でも……この桜餅っぽいスカートは素敵だと思う)
和菓子屋のお兄さん、桜餅好きかな…………着物のが良かったかな。いや着付けられないわ。と真琴の内心は突っ込みで忙しかった。
この不毛な恋(あっ、不毛って言っちゃった)に落ちたのは、1ヶ月ほど前。
上級生が卒業式で、下級生は休みになる平日。
暖かくなってきたし、高校1年ももう終わりだし、ってことで、女子三人。普段行かない倉敷美観地区へと出かけてみた。
いつもはショッピングモールへと直行してしまうその足を、駅から降りて逆方向へ。
めっちゃ雰囲気いいね! 彼氏できた子、真っ先に来るもんね! うちらには縁ないから! ときゃわきゃわ声を弾ませながら、散策を楽しむ。
一軒の和菓子屋の前を通り過ぎた。
ねえねえクレープ屋あるよ! 行こうよ! と盛り上がっているみんなの最後尾を歩いていた真琴は、その和菓子屋から人が出てきたことに一人、気がついた。
本当に何気なく、そちらへ視線を向けた。
次の瞬間――
――真琴の息が、止まった。
店から出てきたのは、背の高い青年だった。
白の着物のような制服にデニムの藍色が映えるエプロンを着こなし、爽やかな笑みを浮かべながら爽やかに猫を撫でている。
その青年に、真琴は一瞬にして目を奪われた。
(……爽やか×猫=尊――!?!?)
わなわなと震え、顔は一気に高揚し、動けない。
そのお兄さんが、ゆっくりと顔を上げた。
目までかかっていた前髪が、さらっと横へ流れる。
(……イケメン……――!!!)
その整った顔がこちらへ向くか向かないか、というその時。
反射的に顔を逸らした真琴は、きゃ――!!! と、友人の背に顔を全力で埋めたのだった。
(――……で、「この列の和菓子全部ください」って吐くほど和菓子食べたの、あれ1か月前か……すでに懐かしい)
一目惚れって怖いな、と小さく自嘲する。
真琴は前髪をささっと整えた。
(脳内シミュレーションは完璧(多分)。今日こそ……会話を! ……いや、声! せめて声かけ!)
ガタン、と低く重い音とともに、列車が止まる。
ショルダーバッグの肩紐をぎゅっと握りしめると、真琴は立ち上がった。
(……アクスタにしたい……)
爽やかに店の前で猫を撫でているお兄さんを、今日も真琴は柳の木の裏(定位置)から、じと……と見つめていた。
(今日も一段と爽やか……春だからかな……なんか過去イチかっこよく見える……あ、前髪切った?)
ぽー……、っと見惚れたまま、微動だにしない。
その時、通りを歩く人たちの不思議そうな視線に気がつき、何気なく視線を落とす。
ふわふわ広がる桜餅スカート。
(ふわふわしすぎで隠れてなくないこれ!?)
やば! 変質者ダメゼッタイ(二回目)! と慌ててスカートを絞る。
危ないな……! と息を吐くと、もう一度顔を覗かせた。
すると、お兄さんはすでにいなくなっていた。
真琴は眉を下げた。
(……やっぱり……こんな地味眼鏡女子が勇気を出すなんて、無理があったな……)
かわいい服とか一式揃えて、いけると思ったんだけどな、と肩を落とす。
真琴は倉敷川沿いをとぼとぼと歩き始めた。
和菓子屋のお兄さんに一目惚れをしてからというもの、真琴は定期的に倉敷美観地区へ訪れていた。
そしてお兄さん出現を待つ間に散策をし続けた結果、大層この地区に詳しくなった。
見慣れた川沿いの柳並木や、時折通る川舟。
この地区全体のゆったりとした、趣のある景観が不思議と居心地がいい。
お兄さんに会えない日も「それでもいいか」「次は会えそうな気がする」と思えたのは、このレトロな風景が心まで穏やかにしてくれるからかもしれない。
(なんか……ずっと見ていられるんだよなあ。お兄さんとは別の。お兄さんはどきどき。この景色は落ち着くっていうか)
お兄さんと同じ空気吸ってるっていうだけで、もう幸せですけど、と頬に手を当てた。
少し歩いたところで、柳の木の下にいる一匹の猫を、真琴の視界が捉えた。
その猫は暢気に、ごろんと寛いでいる。
真琴は、ギン……! と目を見開いた。
(お兄さん猫!!!)
きゃ――きゃ――! と興奮のあまり震える。
(お兄さんが撫でていた猫を私が撫でる=手を間接的に触れるようなものじゃ……!?)
真琴はテンションに任せて駆け寄りそうになる足を何とか留め、そっと近づく。
失礼します、と手を伸ばした。
すると――
シャッ!
猫が、真琴の手を払いのけるように、前足を出した。
「……っ!」
ピッ、と爪が当たる。
指先に、わずかに痛みが走った。
(えっ、何――)
視線を落とすと、うっすらと指に血が滲んでいた。
真琴は、はたと固まる。
そうこうしている間にも、猫はお昼寝を邪魔されてご機嫌ななめなのか、低い声を鳴らし、走り去ってしまった。
その後ろ姿を、ぽかんと目で追う。
姿が見えなくなった途端、胸に言いようのない苦しさが込み上げた。
ショックすぎて、言葉も出ない。
(なんで……)
猫が走り去るなんて普通。
なのに、なぜだか無性に悲しくなる。
(…………なんか……お兄さんに近づくなと、言われているような……)
わずかにふらつくと、俯いた頭を木に預けた。
(そんな簡単に、距離を詰められると思うなよ、的な……?)
ずきずきと指が痛みだす。
――やっぱり無理なの? 勝手に憧れて、近づきたいって思うの、だめなのかな?
視界がじわりと滲んだ。
その時。
「大丈夫ですか?」
一人の女性が、覗き込んでいた。
(……え)
慌てて木から頭を上げる。
「……あっ、すみません、大丈夫で――」
「血出てるよ!」
横に大きく振った真琴の指を見て、その女性は目を丸くする。
バッグへ手を入れると、小さな紙のようなものを取り出した。
「これ絆創膏。ちょっと……女子には申し訳ない柄なんだけど」
「え…………あ」
その恐竜柄の絆創膏を見て、真琴は目を瞬いた。何で恐竜?
すると。
「――はるちゃん!!!」
今度は、何やら叫びながら、小柄な男性が走って来た。
「何? 夏目」
「何? じゃなくて! 川舟! 時間! 急いで!」
「また?」
呆れたような顔で、その女性は振り返る。
その顔に、ちょっと愛おしそうな笑みが滲んだ。
「この子怪我してるんだから」
「え、怪我!? どうしたの!?」
「……あ……えっと…………猫の爪が……当たって」
「え! それは大変!」
「あ、ほら、かわいいスカートに血がついちゃう」
(――かわいいスカート)
恥ずかしさのあまり俯いて固まっていると、今度は男性がバッグからポケットティッシュを取り出した。
はい! と丸ごと手渡してくる。
「……ちょっと、何そのティッシュ」
「秋人が好きなゲームのやつ」
「かわいい女の子に、そんなの渡さないでよ」
(――かわいいおんなのこ)
みるみる顔が火照っていく。
「とにかくはるちゃん! 行かないと!!」
「わかった。わかったから。……傷、小さそうだから。すぐ治るよ」
「ティッシュで血押さえてね。絆創膏はできれば指洗ってからね。川の水で洗っちゃだめだからね!」
「細かいなあ」
「行こ! はる!」
そう言うと、男性ははる、と呼ぶ女性の手を取った。
ぐいっとその手を引く。
駆け出す男性にぐいぐい手を引かれながら、女性も駆け出した。
振り返りながら男性は、ごみ箱の場所分かる!? わかんなかったらお店の人に聞きなよ! 絆創膏貼れる!? と叫び続けている。
もう、恥ずかしいから、と困ったような表情の女性は、それでも嬉しそうだった。
あっ、と真琴は顔を上げた。
「……あ、あの! 川舟……逆です!」
え。と足を止める二人。
一瞬顔を見合わせると、二人は笑い声をあげた。
「ありがとう!」
そう叫ぶと、手を繋いだまま、二人は逆方向へと走り去っていった。
(……なんか……素敵な夫婦だったな)
夫婦だよね多分……と、走り去った方向を無意識に見つめる真琴。
ぷっくりと滲む血に気づくと、慌ててティッシュで押さえた。
(お礼、言いそびれちゃった……また会えるかな)
恐竜の絆創膏に、ゲームのティッシュ。絶対、子供のやつでしょ。
手を繋いで、一緒に川舟に乗るのかな。
(……いいな。ああいうの)
じわっと頬が熱くなった。
そういえば、お兄さんお兄さん言いながら、こうなりたいとか理想のイメージみたいなの、なかったな。とふと思う。
(そういう次元に達していない、ということは置いておいて)
手を繋いで、呆れた顔しながらも愛おしそうに見つめて、笑い合うとか。
――そういうの、いいな。
今まで漠然とした「妄想」だったのが、初めて「理想」になった。
『かわいいスカート』
(やっぱり……このスカートかわいいんだ)
なんだか嬉しくなる。
このかわいい桜餅スカートなら、お兄さんも桜餅ですねって言ってくれる気がしてきた……! と無駄に勇気が湧いた。
恐竜の絆創膏を指に巻くと、和菓子屋へ真っ直ぐ向かう。
(やっぱり服買ってよかった! 一式揃えた甲斐があったかも!)
心なしか、足取りが軽い。
さわさわとそよぐ柳を見上げ、きれい! と口端を上げる。
(行けそうな気がする! 何だか今日なら――)
ぴたっ、と足が止まった。
もうすぐそこで和菓子屋ですよ、というところで、足が急に動かなくなる。
じわりと手に汗が滲む。
じと……と和菓子屋を睨むと、建物の角に、さっと身体を忍ばせた。
(……おかしいな…………行けそうだったのに。和菓子屋の周り、結界でも張ってある……?)
恐る恐る、その角から顔を出す。
するとその時――建物の角に貼ってあるポスターが、不意に目に留まった。
(なにここ、めっちゃ綺麗)
えっ!? ファンタジーの世界!? これ日本!? とポスターにかぶりつく。
よく見ると、それは結婚式場のポスターだった。
(なにこれ!? こんな場所あるの!?)
天にも届きそうなほど高い天井に、窓からは真っ青な空と海が輝く。
白基調のチャペルを彩る花は、神聖さに可愛らしさを添えてくれているみたい。
バージンロードも青く透き通り、まるで海に浮かんでいるようなその式場に、思わず息を呑む。
わあああ……と、無意識に口から感嘆の声が漏れた。
胸が熱くなる。
(素敵素敵……素敵すぎ……! こんな場所で結婚式したい!)
――ふっと想像する。
世にも美しい教会で並ぶ、美しい花嫁(※もちろん、私)と……お兄さん。
きゃあ――!!! 鼻血出る!!! と顔を覆った。
すると――その指の隙間から、さきほどの猫が和菓子屋の扉の前を歩く姿を視界に捉えた。
大きく目を見開く。
「ちょ……だめだめ! 入っちゃだめ!」
慌てて駆け寄ると、ガードするように、猫と店の間に立つ。
と同時に、背後で店の扉が開いた。
「ああ、大丈夫ですよ。この猫ちゃん、店には入ってこないので」
(――………………「猫ちゃん」呼び、尊……)
ピシ、と固まる真琴。
予期せぬ出現に弱いのが、妄想女子だから。
「いらっしゃいませ」
にこやかな笑み。甘い声。
猫を撫でながら、君頭いいよねえ、とゆったりとした口調で話すお兄さんに、卒倒しそうになる。
(ここ、こ、こんなことが――!?!?)
猫様――!!! と、内心叫んだ。
途端に苦しくなる呼吸。
どきどきどきどき……と胸は今にも爆発しそう。
身体中から汗が吹き出し、ありえないくらい震えだす。
(今よ! 今しかない!! 理想の結婚式への第一歩!!! シミュレーション通りに、今こそ――)
ぎゅっ、とスカートを強く握りしめた。
「……桜餅、の、季節ですね」
「えっ?」
――何か違った気もするけど、声かけられただけで120点じゃない!?




