第4話 見た目じゃ推し量れない
ざわざわ。
がやがや。
福岡・中洲は、夜を感じさせない賑わいを見せていた。
どこからともなく上がる喧騒に、四方から漂う酒が進む香り。
香りだけで飲める、とはまさにこのことだな、と佐々木はクラフトビールを傾ける。
暗がりの中点々と屋台が軒を連ね、橙色の提灯が眩しく光る。
その、とある屋台。
広くはない、でも閉じた空間でもない、独特の空気で饒舌になった口からは、愚痴が止まらない。
「――でさ、宮島に立ち寄って、明日客先に持っていく手土産を新人に頼んだんだけどさぁ……『紅葉バターサンド』ってやつ買ってきたんだよね。知ってる? 紅葉バターサンド。普通もみじ饅頭買わない? 無難にさぁ。宮島だよ?」
おかしくない? と同意を求めるように顔を上げる。
「いいね、紅葉バターサンド」
「何それ、美味しそう……!」
「見た目が綺麗なやつだよね」
「センスあるじゃないですか、新人君」
店長、バイト、同席した若い夫婦が、一斉に紅葉バターサンド側についた。
「…………いや……もみじ饅頭……」
あれ? 思ってたのと違うな。
―― ep.4 佐々木の場合
「ちょっと変わってるから話題になる、見た目が綺麗。クッキー系って年齢層を問わないし、でもちゃんと広島土産って分かる。何より女子受けがいい。クライアントへの手土産はこれ大事。お菓子なんて、女子に受けてなんぼ。新人君、完璧!」
「…………」
「美香ちゃん、ぐうの音も出ないくらいお客さん叩きのめすの、やめようか」
「はーい店長!」
おかわりもクラフトビールでいいすかー! と、バイトの美香ちゃんとやらが、悪気の無い笑みを弾けさせる。
美香ちゃん、絶対元営業マンだろ。それか受付嬢。
ぐう……と呟くと、笑いながら店長が串が何本か乗った皿を置いた。
「最近の若者って、怖いよね。おじさんたちは肩身が狭いよ」
「……45歳をおじさん枠にしないでほしい」
「ああごめん。僕39だけど」
「…………全然若いじゃん、店長」
ははっ、と店長は楽しそうに笑った。
「まあ、もみじ饅頭じゃないけど、時代に合わせて価値観のアップデートは必要だよね」
「古き良き、みたいなのはないの?」
「その考え方が、既におじさん!」
そう言いながら、どん! とジョッキをカウンターに置いた美香ちゃんは、別の客の呼び声に応じて、はーい! と踵を返す。
美香ちゃんは、何かおじさんに恨みでもあるのか。
「……だから、新人とうまくやれないのかな……」
「うまくやれないの?」
「うまく身動きとれないっていうか。昔の価値観で動くと、何言ってんの? って顔されそうで」
「今の若者は、みんなおじさんに対して『何言ってんだろ』って思ってると思うよ」
「そんな気がする……」
佐々木はおかわりのクラフトビールを喉へ流し込んだ。
今年度、新人が下についた。
真面目そうな、眼鏡の青年。名前は一ノ瀬。
(眼鏡=真面目そう、という考え方自体も偏見かもしれないけど)
一ノ瀬は、変わっていた。
一ノ瀬が下についてすぐ。
業務の説明をしていたら、じ、とパソコンを見つめながら佇んでいた。
「……メモとか、取らなくて大丈夫?」
「はい、録音してますので。後でAIに文字起こししてもらいます」
「…………えーあい……いや、仕事中に堂々スマホ使うの、どうなの……」
「ああ、なるほど」
そう言って、ぱっと一ノ瀬は机へメモ帳を取りに行った。
また別の日。
「歓迎会するけど、一ノ瀬今日夜来られる?」
「え? 今日? 配信がな……別日でもいいですか」
「…………はいしん……? ……あ、じゃあ明日とか……」
「明日なら大丈夫です」
では明日、と一ノ瀬は頭を下げた。
(……何か……別次元の人種を相手にしているような……)
佐々木は遠い目をした。
別に嫌いとか気に入らないとか、そういう次元じゃなくて。
AIなんて使うな、とは言えないし、プライベート優先かよ、なんて、もっと言えない。
別にAIもプライベートもいいんだけど。
――要は、どう踏み込んでいいか、わからない。ってこと。
すると。
突然、ひょい、と野良猫が隣に座った。
「うわ! びっくりした……!」
「ああ、その子、よくうろついてるの。かわいいでしょ!」
「自由だな……」
撫でようと手を伸ばすと、ぱしっ! と前足が伸びてきて、慌てて引っ込めた。
そして、じと、とこちらへ鋭い目を向ける。
何か一ノ瀬に睨まれているようで、いたたまれなくなり、わずかに距離を取った。
一ノ瀬はよく、じ、と人の顔を見る。
この間、一ノ瀬を連れて客先へ赴いた。
打ち合わせ中、お客さんの顔を、じ、と見ていた一ノ瀬。
帰りに「あのお客さん、すごい視線が泳ぎますね。何か気になることあるんじゃないですか」と言った。
自分もすごい見られているような気がした。
すごい見られて「このおじさん、言い方とか考え方が古臭いな」とか思われてたらどうしよう。
と、何か怖くなった。
あはは! と美香ちゃんが大きく笑い飛ばした。
「考えすぎでしょ!」
「おじさんはこう見えてメンタルが豆腐なの。あ、おじさんって言っちゃった」
「それこそ、飲み会とかで聞いたらいいのにー! 『おじさんムーブ気になる?』とか」
「おじさんムーブって、何」
「そこ?」
「飲み会でも、よく隣になるんだけど、聞くと『うっとうしい』と思われそうで」
「めんどくさ!」
「…………」
聞いてもうっとうしい、聞かなくてもめんどくさい。
確かにおじさんは肩身が狭いな。
その時。
ひょい、と猫が椅子から飛び降りる。
と同時に、屋台の暖簾が揺れた。
「ああ、いた。良かった、見つかって」
横から、ひょいと小柄な男が顔を出す。
「すみません。お待たせしました、佐々木さん」
一ノ瀬が、さらっと現れた。
「……どこ行ってたの?」
「辛子明太子を買いに」
これ、と一ノ瀬は大きな袋を掲げる。
「辛子明太子? 好きなんだ?」
「はい。というか、まあ、折角博多へ来たので、という」
「明太子にしては、袋でかくない?」
「明太子と、いわし明太と、めんたいラスクと、めんたいポテトチップスと……」
「多い多い多いな」
「そうですか?」
レモンサワーください、と美香ちゃんに告げ、一ノ瀬は隣に座った。
「あ、噂の紅葉バターサンドくん」
「噂の紅葉バターサンドくん?」
美香ちゃんは、本当におじさんの精神力をごりごり削ってくる。
「あ、いや、一ノ瀬が選んだ手土産の話をしただけで」
「ああ宮島の? あれは僕が選んだというか、宮島でカップルが『めっちゃ美味しかった』って話しているのを聞いたから買っただけです」
いただきます、とレモンサワーを口にする一ノ瀬。
「……あ、そうなの?」
「はい。最初はAIが『もみじ饅頭かレモンケーキ辺りが無難で失敗がない』って言ってたので、その辺りを狙っていったのですが。やっぱりAIよりは実際の『美味しかった』の声の方を優先させたいというか」
「AIが」
「AIが。味が心配なら、僕自分用にも買ったので、佐々木さんも後でホテル戻ったら食べてみます? もみじ饅頭も買ったので、美味しくなければそちらを手土産にしては」
「…………」
小さく口を開いたまま、固まる佐々木。
「何ですか?」
「すごい買うな……」
「出張って、旅行ですよね」
「なわけない」
やっぱり、一ノ瀬は変わっている。
「そんな、AI使いこなしてるんだ」
「使いこなしてるかはわかりませんが。普通によく使うツールの一つですね」
「AIに仕事奪われる、とか思わない?」
「あーそれ。僕らエンジニアに限って言えば、ないと思いますよ。正確な指示を出すのも、最終的にチェックして責任持つのも、結局人なので」
そう、一ノ瀬はさらさらと告げた。
(……なんだ、そうなのか)
なんかAIって、人を乗っ取ろうと目論む天才的頭脳のやばいやつ、みたいなイメージがあったけど。
なんだ、そうなのか。
なんだろう、一ノ瀬が言う説得力というか。
若者は、未知の技術とおじさんの橋渡し役なのかもしれない。
そう思ったら、急に頼もしく思えたから不思議だ。
すると。
一ノ瀬は、じ、と佐々木の顔を見た。
「お客さんとのつながりも、佐々木さんみたいな人柄あって、みたいなところもありますしね」
僕は向いてないかもな、と呟いた。
佐々木は目を丸くする。
「……さすが橋渡し役……よく見てんだな……」
「何の話ですか?」
普通ですよ、と小さく笑った。
屋台という、独特な空気感からだろうか。
物理的な距離の近さも相まって、何故だか今日は、会話が弾む。
今日なら踏み込めるかも、という気になった。
「……その、えーと……AIの使い方? とかさ」
「はい?」
「社内で、説明できたりするの? 一ノ瀬」
「……えっ?」
「仕事奪われないってわかればさ、みんな使いたいじゃん。多分。知らないと怖いけど、知ればうまく付き合えるっていうか」
「…………」
意外そうな顔を、じ、とこちらへ向ける。
フリーズしたように少し固まった後、一ノ瀬は少し嬉しそうに目を細めた。
「いいですね」
「おじさんも、アップデートしてかないとね。あ、おじさんって言っちゃった」
すると、一ノ瀬が珍しく声を出して笑う。
「佐々木さんは、おじさんじゃないですよ」
はいお待ち! と美香ちゃんが一ノ瀬の前に餃子の皿を置いた。
「結局大事なのはさあ、おじさんとか若者とか括ってないで、人としてどうなのって話だよね。人として尊敬できるおじさんならさ、多少古臭くったって、若者はついて行くって」
「ああ、そういうのはありますね」
一ノ瀬も頷く。
若者に諭されているという敗北感はなかった。むしろ清々しいほどの達観っぷりだ。美香ちゃんが。
「わかった。美香ちゃんは元秘書だ。絶対」
「美香ちゃん?」
「ぶぶー!」
美香ちゃんは口を突き出しながら、目の前で腕をクロスさせた。
「正解は……社長でしたー! ざんねーん! 当たったら半額にしたのに。惜しい!」
「こらこら」
やんわりと窘める店長。
え、と佐々木と一ノ瀬は揃って間の抜けた声を漏らす。
「うそ」
「見えない」
「やだ! かわいいってこと?」
どういうこと?
隣で呆気に取られている一ノ瀬が、ふと疑問を口にした。
「……何で、社長から屋台のバイト?」
「そんなの、会社より屋台のが好きになっちゃったからに決まってるじゃん?」
会社やめちゃった! とあっけらかんと言う美香ちゃんに、開いた口が塞がらない。
「……若者のすごいとこは、フットワークの軽さかな……」
「おー、おじさん今日イチいいこと言った」
「中洲の屋台と若者の多様性は、唯一無二だよねぇ」
「店長、かっこい!」
好き! きゃ! と楽しそうな美香ちゃんに、好きになったのは屋台というより店長じゃないのか、と喉まで出かかった突っ込みを、そっと飲み込んだ。
そんな美香ちゃんを、じ、と観察していた一ノ瀬が、ふと視線に気づいたのかこちらを向いた。
同じことを思っていたのか、何ともつかない表情を浮かべると、やれやれといった感じの苦笑いを浮かべた。
すると、じ、と一ノ瀬の視線が刺さる。
「…………何?」
「いや、佐々木さんは、そういう感じだなと」
「!」
『人として尊敬できるおじさんならさ、多少古臭くったって、若者はついて行くって』
こういう感じってこと?
ふい、と一ノ瀬の視線が外れた。
まじか。嬉しい。
何か、野良猫がちょっと近づいてくれたような、嬉しい気になった。
こういうのを「エモい」、って言うのかな。
こんな夜も悪くないな、と、クラフトビールを飲み干した。
会計を済ませると、ぐぐっと伸びをする。
中洲は未だ、賑わいの真っただ中。
ほろ酔いで、心が軽くなったみたいに、何だか気分がいい。
調子が上がってきた気がする。
「よーし! 二軒目どこ行くよ!? 一ノ瀬何食べたい!?」
「え? 普通にホテル戻りますけど」
「…………」
きょと、と見合う佐々木と一ノ瀬。
「……そこは付き合えよ……」
「でも明太子……冷蔵庫……」
店長、美香ちゃん、若い夫婦が、一斉に吹き出した。
――いきなり距離が縮まるとは、思ってないけどさ。




