第13話 女子三人揃うと
ひた、ひた。
足の裏から感じる、ひんやりまとわりつく無機質な感じ。
泥って気持ちいいんだ、と再認識。
父母ヶ浜は閑散として、解放感が何とも心地いい。
だだっ広くって、異世界に立ってるみたい。
どこまでも歩いていけそうな干潟にスマホを向ける。
その時。
足元を丸い何かがうごめいた。
危うく落としそうになったスマホをしかと握る。
ぽかん……と立ち尽くす朱里。
「……何か、今……UFOみたいなのいなかった……?」
そう呟いた瞬間、ぎゃははは! と背後から笑い声が上がる。
「なわけない!」
「うっそ、どこどこ!? 見たいUFO!」
突っ込む菜々緒と悪乗りする鈴。いつものノリ。
「不自然に消えました……」
「こっわ!」
「どんなUFO!? どんなのだった!?」
朱里は両手で円の形を作った。
「これくらいの」
「ちっさ!!!」
二人の突っ込みが見事に揃った。
合わないのに、何か合うんだよね。不思議。このノリが心地いい。
―― ep.13 朱里の場合
「なんだったんだろ……気になりすぎて、めっちゃ探しちゃう」
「香川のウユニ塩湖に来てUFO探すのやめな、朱里」
「もーちょい風止んでくれないかなー」
鈴がスマホを構えながら、不満げな声を漏らす。
「せっかく来たんだから、無風の状態で撮りたいよねぇ」
「わかる。ポスターみたいな、キレイな写真ね」
「UFOでも探して待つしかない……」
「UFOネタは続くのか」
「あっ!」
急に鈴が菜々緒の足元を指差す。
「それは!?」
「えっ!?」
集まる視線。
そこで、もぞもぞと動く、小さなそれ。
朱里はぽんと手を合わせた。
「ザリガニ!」
「ヤドカリね」
「ぎゃ――!」
途端に菜々緒が背後へ仰け反った。
バランスを崩してふらつくも、何とか持ちこたえる。
「あっぶな……! ヤドカリにしてやられるところだった……! 泥に顔から突っ込むかと思った」
「歩いてただけのヤドカリをスナイパーのように言わないであげて」
「菜々緒、ヤドカリ嫌いなの?」
「よく甘エビの唐揚げ食べてるのに?」
「『のに?』の意味がわからんから、鈴」
もれなく突っ込む菜々緒に、朱里と鈴は可笑しそうな笑い声を響かせた。
いつもそう。
高校時代から。
キャラも趣味も全然違うのに、妙に息が合う。
顔を突き合わせれば、くだらない会話しか生まれない。
でもそれがいい。
「でもヤドカリはUFOじゃないなあ」
「えー違うのかぁ」
「すーって消えたの」
「……それはUFOかもしれん……」
「なわけないから」
降り立った干潟を、のんびりと沖合いの方へ向かって歩いていく。
写真を撮ったり、生き物を探したり、UFOを探したり。各々自由。
「そーいや鈴さあ」
菜々緒が、水を足でちゃぷちゃぷ揺らしながら、何気なく口にする。
「んー?」
「彼氏どうなったの?」
「えー? 月単位で連絡ないけど」
「自然消滅?」
「不自然に消えました……」
「UFOみたいに言わないで」
思わず笑いが漏れた。
鈴は、三年くらい付き合っていた彼氏がいたはず。
でもどうやら、別れたみたい。
すると鈴が、スマホを朱里に向け、パシャ、とシャッターを押した。
「笑い事じゃないじゃーん、朱里。うさぎに傾倒してないで結婚しろって言われてなかったっけ?」
「言われてるよ」
「いわれてるよ」
「あっさり」
今度は鈴と菜々緒が笑う。
朱里はうさぎが好きだった。
うさぎがいるありとあらゆるところへ行ったり、うさぎグッズを収集したり、うさぎの服を特注したりと、忙しい。
正直結婚なんて、考えられない。
「共にうさぎ詰めの日々を送りましょう、って言う人が現れたら考える」
「いねーわ、そんな男」
「むしろ見たい……!」
「菜々緒は? 言われない?」
「うさぎ詰めの日々を送りましょうって?」
なんでよ、と、しゃがみ込んで水中へ目を凝らしながら鈴がけらけら笑う。
「ちがうよー結婚しろって」
「うちの親はもう諦めてる」
「はっや」
「仕事がカオスで、今それどころじゃないし」
「仕事がカオス」
「どういうこと?」
菜々緒の仕事は事務職だ。
お局と空気読めないあざと新人が職場の空気を破滅的に悪化させている、と前に話していたけど、そのことかな。
高校で出会って、意気投合して、気づけば30代。
そんな話も出るようになった。
でも、いまいちみんな乗り気じゃない。
結婚とか、今後の身の振り方とか。
考えないといけない年なのかもしれないけど、どうにもその流れに乗りたくない感が、言わずとも漂う。
それで結局、馬鹿話に戻るんだけど。
「そういえば、どういうポーズで撮る?」
鈴が、親指と人差し指でカメラのような四角を作りながら振り返った。
父母ヶ浜といえば、水面が鏡のように映る幻想的な写真。
「んー……飛ぶとか?」
「よく見るけどさぁ、タイミング合うかね?」
「いや……飛ぶ年齢でもないし、失敗しそう。成功率上げてこ」
「うぃ」
「だね」
菜々緒の提案に、鈴と朱里はいい返事をした。
人もまばらの夕どき。
三人の笑い声は、ひときわ大きく響いていた。
4月の心地いい気候に、足元のひんやり感。周囲に何もない解放感。綺麗な水面の非現実感。
いつまででもここにいられそう。
そんなことを思っていた時だった。
「あっ!」
突然、菜々緒が大声を上げた。
「今、ベストタイミングじゃない!?」
つられて鈴と朱里は顔を上げた。
気づけば一面、夕日に染まる空。
小さな波紋を描いていた潮溜まりには、線一つない。まるで鏡ように、幻想的な橙色の空を映していた。
はあ……! と、三人の口から感嘆の息が漏れる。
「ほんとだ……! 無風! 夕日! きたこれぇ!!」
「はわわわ……」
「感動して震えてる場合じゃないから朱里! 写真写真!」
一斉に、まずは夕日単体の写真を撮る。
すると、鈴がバッグに手を突っ込んだ。
「三脚持って来たよ、私!」
「さっすが鈴!」
「さすがさすが! どうやって三人で撮るのかなって――」
じゃん!
と、鈴が堂々掲げた三脚が、夕日に照らされた。
小さい。
その脚の短さに、思わず目を丸くする。
それは確かに、机の上とかで使うには良さそうだけれども。
「ちっさ!!!」
「え!? うそ!?」
「スマホが沈むわ、父母ヶ浜に!」
「沈む!?」
「あはははは!」
おっかしくって、腹を抱えて笑う。
何でこうも、やることなすこと、面白いんだろう。
全然うまくいってないのに。
うまくいってないことが、菜々緒と鈴といると、それだけで笑える。
「い、いちおう砂地に置いて、やってみる?」
「朱里、ナイスポジティブ!」
「アングル決めるのに、地を這わないといけなくない?」
「私が這う! 私が這うから責任もって!」
ポーズ決めとけばよかった……! とわちゃわちゃしているときだった。
「撮りましょうか?」
声をかけられた。
青年だ。
笑いを堪えるように口に手を当て、こちらを見下ろしている。
きゅん……、と、全員の胸が鳴った。多分。
「あ……えっと」
地を這いかけていた鈴から、しずしずとした声が漏れる。
その青年はすらっと背が高く王子系の整った顔立ちで、茶髪がよく似合っていた。
要は、なかなかのイケメン。
出会いの少ない30代女子の態度は、もちろん急変する。
鈴は恥じらうように慌てて立つと、ぱぱっと砂をはたく。
「い、いいんですか?」
「もちろん」
「あ、じゃあ、あの……お願いできますか?」
菜々緒が、気持ち高い声でそう告げた。
「あなたの」
「えっ?」
一番綺麗に撮れそうな場所を決めると、青年は朱里のスマホを指差した。
「そのスマホで撮ってもいいですか?」
「えっと……はい」
そっと手渡す。
手、震えてなかったかな。
「設定、少しいじりますね」
「はい……どうぞ。あの……何で私の」
「ああ、俺のスマホと同じ機種なので使い慣れてて」
青年が設定をいじっている間、こそこそっと会話を繰り広げる。
「何だ……機種」
「恋が始まったかと思った」
「わかる。一瞬期待しちゃった自分がいます」
「うさぎはどうした」
「言ってくれる人かもしれない」
「絶対言わんだろ、あのタイプ」
「……ていうか」
こっそりと青年へ顔を向ける三人。
「……その道のプロ?」
「準備念入り過ぎない?」
「すごい人だったりして」
すると、スマホへ落ちていた青年の視線がこちらへ向いた。
一斉にしゅっと背筋が伸びる。
「どういうポーズで撮りますか?」
え、と言葉に詰まる。
「え……っと」
「どうしよ……」
「あの……まだ決めてなくて」
「父母ヶ浜でよくあるのは……同時に飛ぶとか」
「飛びます」
三人、少し高い声が揃った。
お兄さんの「3・2・1」の合図で飛ぶ。
それが、案外難しい。
「ちょ……朱里遅くない!?」
「うそ……私だけは完璧だと思ってた」
「菜々緒、そのおしとやか飛び何!? 立ち幅飛びクラス1の実力を発揮して!」
「懐かしいな、それ!?」
写真を確認していたお兄さんが、こちらを向く。
「もう一枚、いきましょうか?」
「はーい」
手を上げてにこやかに微笑む。
二回目。
バラバラと着地する三人。
「なんだろう……合わせないとと思うほど、緊張が」
「鈴、本番に弱いもんね」
「『1』で踏み込んで、『せい!』で飛ぶ」
「いつものノリだと引かれるから菜々緒! 『えいっ』にしよ!」
「合わなさそう……」
「じゃあ朱里決めて」
「『ぴょん!』」
「じゃあ『えいっ』で」
「なかったことにしないで」
「じゃあ、もう一枚だけ」
三回目。ラスト。
そう言って、お兄さんがスマホを構える。
その時――
視界の端で、水の中を何かが横切った。
「あっ! 今いたかも」
「えっ? なに、朱里」
「どしたどした」
「UFO」
「えっ!?」
二人の声が揃う。
「じゃあ、いきますよ」
お兄さんの、低めのいい声が届く。
鈴が、お兄さんと足元を交互に見た。超高速。
「えっ!? どこ朱里!」
「あれ……どこ行ったかな……?」
「何でこのタイミング!」
「ちょ、お兄さんの3・2・1来るって!」
「気になるからぁ!!」
叫ぶ菜々緒と鈴。
朱里はUFOを探しながらも、助走のための右足を下げた。
「3、2、」
「と、とりあえず飛ぼう!」
「ええい!」
「1」
三人揃って、息も絶え絶えで、足元の砂地に崩れ落ちていた。
可笑しすぎて。
笑いすぎると、声も出ない。
「……も……おっかし……!」
「くるし…………鈴、『ええい』って……なに……?」
「いや…………気合い……?」
「おかしいおかしい……!」
「元はと言えば……朱里が、UFOとか……いうから……!」
ひーひー言っていると、人影が近づく。
くすくすと小さな笑い声が頭上から降ってきて、三人揃って顔を上げた。
お兄さんが口元を押さえながら、スマホを差し出していた。
慌てて立ち上がると、さっと受け取る。
「あ、あの、ありがとうございました」
「いえ。最後の、一番いいですよ」
「えっ?」
「すごくいいですよ。ほんとに。三人の雰囲気が、一番出てると思います」
突如舞い降りたイケメンの、あっさり去っていく後ろ姿を、ぽかんと見つめる三人。
はっ!? と最初に我に返った菜々緒が、朱里のスマホを指差した。
「写真は!?」
「あっ」
朱里はスマホのロックを解除した。
「え」
息を呑む、とは、まさにこのこと。
ポスターかなって程の絶景が、目に飛び込んできた。
一面オレンジ色。
地平線が、画面の中央に真っ直ぐ引かれ、上下は本当に写し鏡のよう。
少しだけ出ていた雲が、水面に映って神秘的だ。
そしてその中を飛ぶ、三つの影。
少しだけ言葉を失ってた三人は、揃って吹き出した。
「……菜々緒、飛びすぎじゃない……? どうなってんのこれ……?」
「いや実力を発揮しろって言うから」
「朱里、ちゃんとうさぎの耳になってる!」
「や、やった! 『ぴょん!』感ある!」
「そういう意味だと、鈴もちゃんと『ええい!』感あるわ」
「『ええい!』感ってどういうこと?」
あははは……! と腹を抱えながら、うずくまる。
「あー……涙出てきた」
「わかる」
「ほんと……なんか泣ける」
『三人の雰囲気が、一番出てると思います』
(……ほんとに)
笑いすぎてってのもあるけど。
笑えるのに、なんだか、じんわりときた。
五年後も、十年後も、結婚してもしてなくても、ずっとこうやってくだらないことで腹抱えて笑ってたい。
それで、こうやって、写真撮りたい。
(いい写真すぎる)
「お兄さん、神……」
「お兄さん、すご……」
「イケメンは正義……」
声が揃った。
「鈴だけおかしい」
「なんで!?」
浜から上がる階段に近づいてきた時だった。
階段の一番下で、野良猫が何かをじっと見つめていた。
たまに前足を出したと思ったら、飛び上がり、また砂浜をじっと睨む。
なになに? と三人不思議そうな声を漏らしながら近づく。
近づいて、猫が睨んでいた砂浜を見て、三人同時に声を上げた。
「あ」
ちょこちょこと動く、丸い甲羅。
「カニ?」
そう朱里が呟くと、菜々緒が、ぽん! と手を合わせた。
「カニじゃん? UFO」
ぱちぱち、と目を瞬く朱里と鈴。
「……かにじゃん……?」
「UFOは……? UFOじゃないの……?」
「どんだけUFO期待してたの」
「カニだったの、あれ……?」
「絶対そうでしょ」
「いやでも……UFOだと思うんだ、私は……」
「あんた見てないでしょ」
「菜々緒も見てないじゃん」
むすうっと口を尖らす鈴。
「UFOでいいって」
「まあ……UFOでいいかも?」
「朱里まで、何言ってんの?」
「ほら、これ。UFO探し記念写真」
「え?」
そう言って、朱里はもう一枚の写真を見せた。
それは、最後飛ぶ前に、お兄さんが撮ったものだろう。
そこには、姿勢を低くして水面に目を凝らす三人のシルエットが、幻想的に映し出されていた。
「あはははは!」
菜々緒と鈴の弾けるような笑い声に驚いた猫が、さっと走り去る。
「ベストショット! 今日のベストショットです!!」
「すっごい必死感……! シルエットだけでこんなわかるもの!?」
「すごくない? 全員見事に探してる」
「探してるわ、これは……!」
「ぐうの音も出ません!」
くだらない。ほんとくだらなくて、笑える。
すると、菜々緒が大きく顔を上げた。
「……あー笑い疲れた。ビール飲みたい」
「わかる。アイス食べたい」
「じゃあ、うどん食べに行こ!」
朱里は思わず吹き出す。
「ぜんっぜん合わない……!」
「朱里の『わかる』が一切機能してないのよ!」
「鈴の『じゃあ』も意味わかんないから!」
そう突っ込むと、キリっと二人を見る菜々緒。
「わかった。うどんある居酒屋行こ。で、締めはアイス」
「最高」
「完璧」
多分次会っても、この後の居酒屋も。
ちょっと現実の話に触れて突っ込み合って、すぐ馬鹿話になるに決まってる。
それ位でいい。それがいい。
――三人揃った時は、こうやって笑えれば、それで。




