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夜。
ニュースはとうとう、その言い換えを限界まで押し広げた。
“宇宙船のようなもの”との見方も 近地球未確認構造物で議論拡大
宇宙船のようなもの。
まだ断定ではない。
だが、もうほとんど口にしたも同然だ。
SNSは完全に二極化していた。
盛り上がる側。
怖がる側。
陰謀論。
冷笑。
不安。
笑い。
全部ある。
そして、その全部が、恒一には少し遠かった。
「……もう、俺は普通に騒げないな」
ベッドに座りながら、恒一は言った。
『はい』
ルイゼの声。
『あなたは既に、どちら側でもただの観客ではありません』
それは嫌なくらい正しい。
「なあ」
「はい」
「俺、自分で思ってた以上に、真ん中に押し出されてる気がする」
『そうですね』
「地球側から見ても変」
『はい』
「そっち側から見ても重要」
『はい』
「でも、どっちにも完全には属せない」
『……』
『はい』
その“はい”が、妙に胸に残る。
属せない。
その感覚は、少し前まで孤独の言葉だった。
今は違う。
立場の言葉だ。
「……最悪だな」
『はい』
「でも、逃げたくもない」
『……』
『それも、あなたらしいです』
恒一は少しだけ笑った。
「褒めてる?」
『かなり』
「変な褒め方だな」
『重要なので』
そして、そのまま二人はしばらく沈黙した。
外では世界が騒ぎ始めている。
中では、もっと大きい何かが近づいている。
その間で、ただ一人の民間人が、仕事の整理メモと異星の危機を同じ机の上に置いている。
かなりおかしい。
でも、それが今の現実だった。
翌朝。
恒一は珍しく、仕事の前に、自分の立場だけを整理しようと思った。
顧問先案件。
会計事務所案件。
先輩案件。
そこに、地球近傍の異常と、外部からの接触と、ルイゼ側の接触判断が重なっている。
全部を一つの頭で持ち続けるのは、さすがに危ない。
そう思った。
ノートを開く。
大きく三つに分ける。
仕事
•現場整理
•締切・進行
•睡眠補助の芽
•収入の基盤
地球側
•ニュース拡大
•政府・安全保障ライン
•本人への接触
•元勤務先照会
異星側
•避難船
•追跡勢力
•接触判断の揺れ
•ルイゼとの関係
書いて、しばらく止まる。
そして、その下に、もう一つだけ足した。
自分の立場
•民間人
•初期観測者
•情報提供者
•どちらにも属しきれない
•だが、どちらにも無関係ではない
「……」
恒一はペンを置いた。
『良い整理です』
ルイゼが言う。
「かなり重いけどな」
『はい』
「でも、これ書かないと、たぶんごちゃつく」
『そうでしょう』
恒一は椅子にもたれ、天井を見た。
「なあ」
『はい』
「俺、今、足場が欲しいんだと思う」
『足場』
「うん。どっちにも属しきれないなら、せめて自分で立つ場所」
『……』
「仕事の方を、ちゃんと基盤にしたい」
『はい』
「そうじゃないと、全部向こうに引っ張られる気がする」
ルイゼは少しだけ黙った。
それから、かなり静かに言う。
『それは、正しいです』
「珍しく即肯定だな」
『あなたが地球側で立っている場所を失うと、私との関係も歪みます』
「……」
『それは、避けたい』
その言い方に、少しだけ胸が熱くなる。
でも今は、その熱をそのままにはしない。
「……じゃあ、仕事は仕事でちゃんと伸ばす」
『はい』
「今までより、意識的に」
『はい』
「地球側にも、異星側にも飲み込まれないために」
『はい』
言いながら、自分の声が少しだけ安定していくのが分かる。
属せないなら、足場を作る。
その発想は、少しだけ救いだった。




