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午後。
ルイゼの側から、珍しくかなり強い同調の波が来た。
いつもの薄い気配じゃない。
もっと切迫している。
「……?」
恒一が顔を上げる。
『今、短く繋げますか』
ルイゼの声。
「短くって」
『状況共有だけ』
「分かった」
意識が少し引かれる。
深い藍。
艦の輪郭。
そして、今日は通路ではなく、戦術表示板めいた空間の近くに立つルイゼ。
その顔は、かなり硬い。
「何があった」
『地球側の一部観測ラインが、私たちの外殻反射にかなり近い推定を出し始めています』
「……」
『そして、追跡側の位相撹乱も、今日また一段近かった』
胃が重くなる。
「つまり」
『隠れ続ける時間が減っています』
単純だった。
単純で、最悪だった。
「接触判断は」
『艦内でかなり荒れています』
「……」
『地球側の先行脅威認定が固まる前に、こちらから限定接触すべき、という派』
「うん」
『逆に、今出れば追跡側に地球を丸ごと晒す、という派』
「うん」
『私は、どちらにも完全には寄れなくなっています』
珍しい言い方だった。
艦長なのに、“寄れない”を口にする。
「……お前の立場、かなり揺れてるな」
『はい』
「それでも、俺には繋いでる」
『必要だからです』
「半分は?」
『……』
長い沈黙。
『切りたくないからです』
ルイゼは、かなり静かに言った。
恒一は返事に詰まる。
今言うのか。
このタイミングで。
とも思う。
でも、今だからこそ本音が漏れるのかもしれない、とも思う。
「……そうか」
ようやくそれだけ返す。
ルイゼは少しだけ目を閉じた。
それが、今の彼女にとってかなり大きい言葉だったのだと分かる。
「でも」
恒一は続ける。
「それで俺が全部飲むと思うなよ」
『分かっています』
「地球側からも、もう来てる」
『はい』
「そっち側でも意見割れてる」
『はい』
「なら、俺はますます“地球側にも異星側にも属しきれないやつ”になる」
『……』
『はい』
その“はい”は重い。
だが、もうそこを否定する段階でもない。
◇
夕方。
恒一は留守電の“内閣府関連安全保障研究会”を、公開情報だけで調べていた。
完全な公的機関ではない。
だが、官庁OB、研究者、シンクタンク人員が集まる半官半民の安全保障系研究会らしい。
名前も実在。
イベントもある。
怪しさは残る。
だが、駅前の研究所男よりはずっと現実的だ。
「……グレーじゃなくて、薄い官だな」
『表現は悪くありません』
ルイゼが言う。
「問題は」
「うん」
「本当に俺を“民間観測者”として呼んでるだけかだ」
『はい』
「そこに、前職とか今の接触が重なってたら面倒どころじゃない」
『はい』
恒一は少し考え、折り返しではなく、まずメールだけ送ることにした。
留守電拝聴しました。
ご連絡の趣旨確認のため、ヒアリング対象の位置づけ(一般民間観測者としてか、別件を含むのか)と、想定時間・形式をご教示ください。
送信。
その文面を見て、恒一は少しだけ息を吐く。
「……前よりちゃんと切り返せるようになったな」
『はい』
「前なら、ビビって無視してたか、変に応じてた気がする」
『学習です』
「お前の影響も大きい」
『かなり』
最近、本当に自己評価が高い。
だが、たしかに否定はしにくかった。




