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午前十時過ぎ。
ニュースはまた一段、重くなった。
記者会見。
官房長官。
いつもの無機質な背景。
いつもの無機質な声。
だが、言っていることはいつもよりずっと重い。
現時点で、近地球空間において未確認の大型構造物が観測されているとの報告を受けています。
政府として関係省庁と連携し、情報収集と分析を進めています。
国民の皆様には、冷静な対応をお願いしたい。
冷静な対応。
それは、だいたい冷静ではいられない時に出る言葉だ。
「……来たな」
恒一が言う。
『はい』
ルイゼの返答も短い。
「正しい点」
「政府はもう、未確認構造物の存在自体は事実として扱ってる」
『はい』
「不確実な点」
「それをどこまで開示するか」
『はい』
「不明な点」
「この会見の裏で、どれだけ防衛ラインが動いてるか」
『かなり』
「……かなり、か」
ルイゼは静かに続ける。
『あなたの文明では、“冷静に”の裏で、最も慌ただしい人間が増えています』
「官僚と軍と研究者な」
『はい』
「だろうな」
恒一はテレビを消した。
その直後、スマホが震える。
顧問先の社長から。
うち、朝から宇宙の話でまた現場ざわついた
でも昨日の文章使ったら少し静かになった
助かった
「……」
恒一はメッセージを見つめて、少しだけ息を吐いた。
世界が公的段階へ入っても、目の前の混乱を減らすことは意味がある。
少なくとも今は。
それが、少しだけ救いだった。
◇
昼前。
今度は、もっとはっきりした接触が来た。
携帯に、非通知ではないが、明らかに普通の営業ではない番号。
留守電が入る。
内閣府関連の安全保障研究会事務局です。
相馬恒一様に、近地球空間の未確認構造物に関して、民間観測者としてお話を伺いたく……
「……」
恒一は留守電を止め、しばらく何も言えなかった。
『公的寄りになりましたね』
ルイゼの声がかなり低い。
「民間観測者」
恒一は小さく繰り返す。
「そこへ来たか」
『はい』
「正しい点」
「向こうは、少なくとも俺を“話を聞く対象”に入れた」
『はい』
「不確実な点」
「本当に空を見た件だけに興味があるのか」
『はい』
「不明な点」
「他の接触と繋がってるかどうか」
『はい』
問題はそこだ。
たまたま空を見た民間人として聞きたいのか。
それとも、既に何かしらの線で自分を拾っていて、その入口として“観測者”を使っているのか。
「……どうする」
『今すぐ折り返しは推奨しません』
ルイゼが言う。
「理由」
『前提が不十分です』
「……」
『名乗りの組織実在性、研究会の立ち位置、単独ヒアリングなのか複数対象なのか、そのくらいは確認した方がいい』
正しい。
徹底的に正しい。
「……でも、無視し続けられる段階でもなくなってきたな」
『はい』
『あなたが民間観測者として本当に拾われたなら、別経路でも来るでしょう』
「だろうな」
恒一はメモ帳を引き寄せる。
内閣府関連安全保障研究会
•留守電あり
•“民間観測者”として接触
•実在確認必要
•単発か継続か不明
「……」
『良いです』
「よくねぇよ」
『状況整理としては』
それはそうだ。
最悪な状況でも、整理は良い。
そういう話だった。




