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午前中。
顧問先案件の進行表を修正していると、工場の社長から直接電話が来た。
「相馬さん?」
「はい」
「今日ちょっと、現場がざわついててさ」
「宇宙の件ですか」
「そう。なんかもう、みんなスマホ見て仕事の手止まるんだよね」
恒一は小さく息を吐いた。
起きると思っていた。
だが、実際来るとやはり早い。
「昨日作った共有文、出しました?」
「朝礼で読んだ」
「その後は」
「最初は静かになったけど、休憩でまた戻った」
「……」
「で、現場リーダーから、“納期より空の方がやばいだろ”って冗談なのか本気なのか分からんこと言われて」
冗談。
でも、その冗談が増える時は危ない。
人は、笑いながら不安を拡散するからだ。
「もう一段、整理しましょう」
恒一は言った。
「何を?」
「今変わることと、まだ変わらないことです」
「……」
「今の時点で、御社の受注、発注、納期管理の責任は消えてない」
「うん」
「でも、従業員の不安は本物です」
「うん」
「だから、“不安があることは否定しない”“ただし業務上の優先は維持する”の二本立てで言うべきです」
「……なるほど」
社長は数秒黙ってから、低く唸った。
「そういうの、やっぱうまいな」
「今の段階だと、それしかないです」
「分かった。短く文章にして送ってくれる?」
「送ります」
通話が切れたあと、恒一はメモ帳を引き寄せた。
仕事は、世界が揺れても止まらない。
だから逆に、こういう時の整理役が要る。
「……」
『あなたは今、かなり自然に“世界の不安”を業務へ落とし込んでいますね』
ルイゼが言う。
「褒めてる?」
『かなり』
「……変な気分だな」
『でも事実です』
「そうかもな」
少し前なら、宇宙のニュースが騒がしくなった時点で、自分の仕事どころではなくなっていたかもしれない。
今は違う。
怖いままでも、目の前の混乱を分けられる。
それは、たぶん、自分が少し変わった証拠だった。
◇
昼過ぎ。
牧野からメッセージが来る。
所長が今日かなりピリついてます
役所系の知り合いと連絡取ってるみたいです
「役所系」
恒一は小さく呟く。
『線が上がっていますね』
ルイゼの声。
「うん」
「もう“天文好きの知り合い”とかじゃない」
『はい』
「役所系に確認する段階」
『はい』
恒一は少し考えてから、牧野にだけ返す。
事務所内で不安が広がるなら、
“今分かってること/分かってないこと/業務上変わらないこと”を一度分けた方がいいです
すぐ返事。
ほんとに何でも整理にするんですね
たぶん今は、その方が役に立ちます
その返事を書いてから、恒一は少しだけ笑った。
何でも整理にする。
昔の自分が聞いたら、かなり地味で格好悪いと思ったかもしれない。
でも今は、その地味さが命綱に近い気もした。




