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帰宅後。
恒一は靴を脱ぐのも雑にしながら、すぐメモ帳を開いた。
駅前接触
•民間安全保障研究所を名乗る
•紹介元不明
•「立ち上がりが不自然」と明言
•「誰から何を得たか」と質問
•分類・確認の匂いが強い
書きながら、手が少し震える。
怖い。
かなり。
ここまで来ると、もう“気味が悪い”だけでは済まない。
現実の接触だ。
しかも、疑いの中心が、自分の立ち上がり方そのものに向いている。
「……」
恒一はしばらく黙ったあと、低く言った。
「なあ」
『はい』
「これ、もう俺が黙って仕事してればやり過ごせる段階、過ぎてないか」
『……』
『かなり、はい』
ルイゼの返答も重い。
「地球側がこっちへ寄ってきてる」
『はい』
「しかも、“宇宙船がいるかも”とは別ラインで」
『はい』
「俺個人の不自然さとして」
『……はい』
それは最悪の重なり方だった。
世界は空を見上げている。
その一方で、地上では、自分のような“少し妙な個人”も拾われ始めている。
偶然か。
必然か。
まだ分からない。
でも、もう個人の再起だけを守っていればいい段階ではない。
それだけは、はっきりした。
駅前での接触から二日後。
世界は、また一段、冗談をやめた。
朝のニュース番組が、ついに“図”を出したのだ。
地球。
月軌道より内側。
複数観測点から逆算された、未確認大型構造物の推定位置。
専門家は慎重。
司会は浮つき気味。
コメンテーターは「現段階で脅威と決めつけるのは早い」と言いながら、目だけはかなり本気だった。
画面下のテロップ。
「既知の人工衛星群とは一致せず」
「推定規模、既存人工物を大きく上回る可能性」
「……」
恒一は、朝のコーヒーを持ったまま動けなかった。
非自然構造。
未確認構造物。
その次に来るのは、たぶん、もっと具体的な言葉だ。
『輪郭が出ましたね』
ルイゼの声は低かった。
「うん」
「もう、“何か変な点がある”じゃない」
『はい』
「“既知の人工物では説明しにくい大型構造物”だ」
『はい』
恒一はテレビを消した。
消しても、頭の中のざらつきは消えない。
「整理する」
『はい』
「正しい点」
「地球側の観測精度は、もうかなり上がってる」
『はい』
「不確実な点」
「ここから“宇宙船”って言葉に進むかどうか」
『はい』
「不明な点」
「政府内で、どのラインまで詳細共有されてるか」
『……』
『かなり上まで行っている可能性はあります』
官僚。
防衛。
研究機関。
安全保障。
そのどこかで、徹夜に近い顔をした人間が増えているのだろうと思った。
陰謀論者より先に、官僚が眠れなくなる。
たぶん、こういう時はそうだ。




