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その日の午後。
顧問先案件の社長から、少し緊張したメッセージが来た。
今日、現場が宇宙のニュースの話ばっかりで少し浮ついてる
こういう時の共有の仕方ってある?
恒一は画面を見て、少しだけ乾いた笑いが出た。
「……ここでもそれか」
『現実ですね』
ルイゼが言う。
世界の話が、工場の現場にまで降りてくる。
当然だ。
人は不安になると話したがる。
話すことで不安を均そうとする。
そして、現場は余計に散る。
恒一は少し考え、社長へ返す。
事実・未確定・業務上当面変わらないこと、を分けて一度だけ共有した方がいいです
何も言わないと噂が回ります
逆に断定しすぎると混乱します
少しして返信。
それで行く
文章、たたき台もらえる?
「……」
恒一は目を閉じた。
やっぱりそうなる。
世界が揺れる時ですら、やることは整理なのだ。
そして、自分はそこへ呼ばれる。
『良いことでもあります』
ルイゼが言う。
「どこが」
『あなたが、状況の重さに飲まれきらず、今も誰かの混乱を減らせること』
「……」
『それは、かなり価値がある』
恒一は返事をせず、顧問先向けの短い共有文を作り始めた。
現時点で分かっていること
•未確認構造物の報告が複数観測で共有されている
•詳細は解析中で、確定情報は少ない
まだ分かっていないこと
•正体
•危険性
•私たちの業務に直接影響があるかどうか
当面変わらないこと
•今日の受注
•今日の納期
•今日の発注確認
書いていて、自分でも少し苦くなる。
まるで、世界の不安に対して仕事のリストをぶつけているみたいだ。
でも、たぶん、そういうものが必要な時もある。
◇
夕方。
ついに、恒一本人へ、もっと直接的な接触が来た。
メールではない。
電話でもない。
自宅近くの駅前で、声をかけられたのだ。
「相馬さん、ですよね」
振り向く。
三十代後半くらいの男。
スーツ。
地味な顔。
名刺入れをすぐ出せる手つき。
だが、営業にしては近づき方が少し硬い。
「……どちら様ですか」
恒一は足を止めすぎないようにしながら訊く。
男はすぐ名刺を出した。
民間の安全保障研究所と書いてある。
聞いたことのない名前だ。
「少しだけ、お時間よろしいですか」
「よくないです」
「そう言わずに」
「紹介元は」
「共通の知人が」
「名前を」
「ここでは」
同じだ。
恒一の中で、一気に温度が下がる。
「失礼します」
そのまま歩こうとすると、男は追いすがらず、横に並ぶ距離だけを保った。
「警戒されるのは当然です」
「なら離れてください」
「一点だけ」
「嫌です」
「最近、あなたの周辺で、“整理が異様に早い”と評判になっています」
「……」
「前職の環境から考えると、立ち上がりが少し不自然です」
そこまで言うか、と恒一は思う。
直球すぎる。
でも、だからこそ逆に、今の段階では脅しに近い。
「褒めてるんですか」
「確認したいだけです」
「何を」
「あなたが、誰から何を得て、今の速度になっているのか」
心臓が一気に跳ねる。
表情には出さない。
たぶん、出ていない。
でも、内側はかなり揺れた。
「意味が分かりません」
「本当に?」
「本当にです」
「……」
男はそこで少しだけ笑った。
愛想の笑いではない。
観測者の笑いだ。
「今日はこれで」
男は言う。
「ただ、また連絡するかもしれません」
「しないでください」
「必要があれば」
必要。
その言い方だけが妙に引っかかった。
男は去る。
追わない。
だが、背中に薄く針を残すみたいな去り方だった。
恒一は駅前の雑踏の中でしばらく動けなかった。
『大丈夫ですか』
ルイゼの声が、珍しくかなり近い。
「……最悪」
『はい』
「もう、“静かな探り”の段階じゃないな」
『はい』
「正しい点」
「向こうは、俺の立ち上がりの不自然さを見ている」
『はい』
「不確実な点」
「どこまで本気で“誰から何を得たか”を疑ってるか」
『はい』
「不明な点」
「この男が、何のラインか」
『はい』
ルイゼは少しだけ間を置いて、低く言った。
『あなたの周辺に、地球側の“切り分ける側”が近づき始めています』
「切り分ける側」
『異常を、異常として分類しようとする人間です』
その表現は、妙にしっくり来た。
あの男は、営業ではない。
採用でもない。
投資でもない。
少なくとも主ではない。
分類しに来た。
相馬恒一が、ただの立ち上がりの速い個人事業主なのか、それ以外なのか。
その線引きに来た。




