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深夜。
仕事は一応切り上げた。
でも眠れなかった。
ベッドの上。
スマホの画面を消す。
つける。
消す。
またつける。
ニュースはまだ小さく続いている。
観測。
未確認構造物。
解析。
慎重。
共有。
そこへ、ルイゼの方から珍しく先に接続が寄ってきた。
『眠れていませんね』
「お前もだろ」
『はい』
少しだけ、互いに笑う。
その笑いのあと、また静かになる。
「……なあ」
『はい』
「地球が本気で認識したら、お前らどうするつもりなんだ」
『現時点の案は複数あります』
「聞かせろ」
『全面接触は避けたい』
「うん」
『限定的な接触、観測回避、条件付き情報開示、そのあたりです』
「……」
『ただし、追跡側の位置次第で、選べる手も変わります』
つまり。
まだ、完全な作戦はない。
あるいは、あっても流動的だ。
「……それで地球を候補地にしてたの、だいぶ無茶じゃないか」
『はい』
「否定しないんだな」
『無茶でなければ、ここまで来ていません』
それは、たぶん真理だった。
恒一は枕に顔を半分埋めながら、低く言う。
「俺、今でも、お前のこと嫌いにはなれてない」
『……』
「そこが最悪だと思ってる」
『……』
「でも、その感情で全部流すつもりもない」
『はい』
「だから、今後も聞く」
『はい』
「逃げるなよ」
『……努力ではなく、必要なところは答えます』
「……よし」
前より少しだけ、言質に近いものを取った気がした。
それだけでも、今は意味がある。
「お前は?」
恒一が訊く。
『何がですか』
「今の俺を、どう見てる」
『……』
長い沈黙。
それから、ルイゼは静かに言った。
『あなたは、思っていたよりずっと、怒ったままでも整理できる人です』
「褒めてる?」
『かなり』
「……変な褒め方だな」
『ですが、重要です』
「……まあ、そうか」
その言葉は、少しだけ気持ちを軽くした。
怒る。
疑う。
でも整理する。
たぶん、それが今の自分に必要な形なのだろう。
その週の終わり。
ニュースは、ついに政治欄へ足をかけた。
政府、近地球空間の未確認構造物報告受け関係省庁で情報共有 官房長官「安全保障上も注視」
“安全保障上も注視”。
そこまで出た。
恒一はスマホを見たまま、しばらく動かなかった。
科学の話ではなくなる。
観測の話だけではなくなる。
安全保障という単語が出た瞬間、人はまず“脅威かどうか”を考える。
受け入れるかどうかの前に。
理解するかどうかの前に。
まず、脅威判定が先に来る。
「……最悪の段階に入ったな」
恒一が呟く。
『はい』
ルイゼの返事は短い。
「正しい点」
「地球側はもう“珍しい天文現象”では扱っていない」
『はい』
「不確実な点」
「本当に脅威認定へ振るか、それとも観測維持で止めるか」
『はい』
「不明な点」
「どの国が、どのくらい前のめりか」
『はい』
そこが怖かった。
国家は一つではない。
反応も一つではない。
慎重な国もあれば、先に押さえに行きたい国もある。
企業も、研究機関も、軍も、全部温度が違う。
ルイゼが静かに言う。
『だから私は、あなたにもう一つ伝えておきます』
「何だ」
『地球側が一枚岩でないことは、私たちも既に前提に置いています』
「……」
『あなたから得た情報も、そこに含まれます』
やっぱりそこへ戻る。
恒一は眉を寄せた。
「つまり」
『政府一つへ接触すれば済む話ではない、ということです』
「……」
『どこに接触しても、それが別のどこかへの警戒や競争を生む可能性がある』
それは、嫌になるほど現実的だった。
地球は一つの主体ではない。
それを、自分は生活の断片として渡してきた。
仕事観。
企業体質。
国家感覚。
情報の分断。
全部。
「……」
恒一は静かに息を吐く。
自分は、思っていた以上に、判断材料を与えていたのだ。
ただの文化紹介じゃない。
ただの雑談でもない。
それを今さら痛感しても遅い。
でも、遅いからといって無視もできない。




