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午前中。
顧問先案件の診断メモをまとめている最中、恒一のスマホに知らない番号から着信が入った。
画面を見る。
市外局番。
携帯ではない。
会社っぽい。
無視するか、一瞬迷う。
『判定』
ルイゼの声。
『出ない方が安全寄りです』
「だよな」
『ただし、何も知らないままにするコストもあります』
「……」
嫌な二択だ。
恒一は一呼吸置いて、録音アプリだけ起動し、通話に出た。
「……はい、相馬です」
『突然すみません。株式会社シグマ・フレイムの高槻と申します』
聞き覚えのない社名。
だが、声は妙に整っていた。
営業の声だ。
滑らかすぎるくらい滑らか。
『業務改善や整理支援を個人でされていると伺いまして、一度ご挨拶できればと思いまして』
「紹介元を伺っても?」
恒一は即座に返す。
相手は一拍だけ間を置いた。
『共通の知人経由です』
「その方のお名前を伺えますか」
『先方の意向もあり、この場では差し控えたいのですが』
「では、現時点では難しいです」
『……』
『警戒されていますか』
「紹介元が不明な時点で、業務相談としては前提が足りません」
『なるほど』
声色は変わらない。
だが、ほんの一瞬だけ“予定と違う”空気が混じった。
『では別の聞き方をします』
高槻と名乗った男が言う。
『以前、レグナント・ソリューションズにお勤めだったそうですね』
「……」
『業務フロー改善や運用整理にかなり深く関わっていた、と』
「一般的な事務改善の範囲です」
『現在は、退職後すぐに複数案件を回されている』
「何の確認ですか」
『興味です』
興味。
嘘だろ、と思う。
あるいは、半分は本当かもしれない。
でも、その“興味”の濃度が普通ではない。
「その興味の中身を、先に定義してください」
恒一は言った。
「採用ですか。業務委託ですか。調査ですか」
『率直ですね』
「必要な切り分けです」
『……そうですね』
今度は相手が少し黙る。
『では、本日はご挨拶までにします』
高槻は言った。
『もし気が変われば、メールでも』
通話が切れた。
恒一はスマホを机に置いたまま、しばらく動かなかった。
「……最悪だな」
『はい』
ルイゼの声は低い。
「正しい点」
「向こうは俺の前職と、今の動きをある程度知っている」
『はい』
「不確実な点」
「本当に技術系企業の人間か」
『はい』
「不明な点」
「誰経由で、どこまで掴んでるか」
『はい』
そして、もう一つ。
「普通の採用営業なら、あそこまで前職の運用改善への関わり方を聞く必要、薄いよな」
『そうですね』
「やっぱ、変だ」
この段階で、それはもうかなり確定に近かった。
◇
昼過ぎ。
顧問先の社長から、診断メモへの反応が返ってきた。
見た
耳の痛いことがだいたい書いてある
でもその通りだわ
次、何からやるべきか三段階で出してほしい
仕事は仕事で進む。
妙に、ちゃんと。
このタイミングで。
恒一は苦笑した。
世界がざわつこうが、追手が近づこうが、工場の納期は詰まり、事務は疲弊し、社長は整理を必要とする。
現実はそういうものだ。
「……これ、逆に救いかもな」
恒一が呟く。
『何がですか』
ルイゼが訊く。
「世界がどうなっても、目の前で困ってる人の詰まりは残るってこと」
『……』
「だから、今やることがゼロにはならない」
『それは、はい』
「たぶん救いだ」
ルイゼは少しだけ黙る。
それから、静かに言った。
『あなたは、そういうところが良い』
「……」
「急にそういうのやめろ」
『事実です』
「今のタイミングで言うなって」
『今のタイミングだからです』
心臓に悪い。
かなり。
でも、今の言葉が少し効いたのも事実だった。
恒一はメモを見直し、顧問先向けに三段階の初期着手案を作り始めた。
第一段階
•納期・着手・発注の一覧を一枚に集約
•営業・現場・事務の更新責任を明記
第二段階
•遅延の発生箇所を毎日一回だけ共有
•“誰が止めているか”を見える化
第三段階
•例外案件の逃がし先を別枠化
•通常案件と混ぜない
書いていると、頭が少し落ち着く。
世界は世界。
仕事は仕事。
両方ある。
両方とも現実だ。




