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接続を切ったあと、恒一は床に寝転がって、天井を見た。
暗い。
静かだ。
でも、前みたいなただの閉塞ではない。
世界は動き始めた。
空に名前がついた。
ルイゼたちは避難船だった。
自分はその判断材料の一端だった。
追手は地球近傍まで来ているかもしれない。
どれも、ひどい話だ。
なのに、明日も自分は顧問先案件の診断を進めるのだろう。
問い合わせテンプレを直し、一覧を整え、就寝前整理シートを微修正するのだろう。
そのスケール差が、少しおかしかった。
「……」
スマホが震える。
ニュース通知。
また宇宙の話題だ。
各国研究機関が情報共有へ 未確認構造物報告受け
恒一は画面を見つめた。
もう個人の成功や、個人的な感情だけでは済まない。
その段階は、完全に終わったのだと思う。
世界が本気でざわつき始めるのに、そう時間はかからなかった。
未確認構造物。
近地球空間。
複数観測点。
情報共有。
その単語だけで、十分だった。
翌々日の朝には、テレビの情報番組が半分面白がり、半分真面目な顔でその話を扱い始めていた。
コメンテーターは慎重。
司会は少し浮ついている。
街頭インタビューでは、若い男が「宇宙人なら見てみたいっすね」と笑い、中年の女が「変なことにならなきゃいいけど」と眉をひそめていた。
どっちも正しい。
どっちも浅い。
でも、たぶん、そういう段階だ。
「……始まったな」
恒一は、朝食代わりのコンビニおにぎりを持ったまま呟いた。
『はい』
ルイゼの声は短い。
「専門家は慎重」
『当然です』
「メディアは拡大気味」
『当然です』
「SNSはもう半分祭り」
『それも当然です』
この艦長、本当に人間社会を嫌なほど冷静に見るようになってきた。
恒一はニュースアプリをスクロールする。
国内天文台のコメント。
大学研究者の短い見解。
“既知の人工物である可能性を排除できない”
“データの精査が必要”
“現時点で断定は避けるべき”
慎重。
徹底的に慎重。
でも、慎重であることそれ自体が、逆に本気度を匂わせていた。
『判定しますか』
ルイゼが言う。
「してくれ」
『正しい点。公的な観測コミュニティは、もはや“何もない”とは思っていない』
「うん」
『不確実な点。公開情報の裏で、どこまで軍・政府ラインが進んでいるか』
「……」
『不明な点。地球側の初動が、対話準備になるか、防衛反応になるか』
その最後が重かった。
対話。
防衛。
どちらに転ぶかで、全部が変わる。
「……俺が渡してた情報ってさ」
恒一は画面を見ながら言う。
「国家の反応速度とか、通信事情とか、軍事水準とかも含んでたんだよな」
『はい』
「改めて言われると、最悪だな」
『はい』
ルイゼはそこを濁さない。
そこが今はきつい。
でも同時に、ありがたくもあった。
少なくとも、もう誤魔化そうとはしていないからだ。
「……」
恒一はおにぎりを置き、メモ帳を開いた。
地球側の初動想定
•観測機関の慎重発表
•政府内の非公開情報共有
•研究機関・防衛ラインの並行検討
•メディアとSNSの先行過熱
•一般市民の半信半疑
書いて、少しだけ息を吐く。
整理すると、逆に気持ち悪いくらい現実味が出た。




