45
会計事務所の所長と会う日が決まった。
木曜の午後。
事務所近くの静かな喫茶店。
まずは相談ベース。
日時が決まった瞬間、恒一の胸は妙な感じで騒いだ。
緊張。
期待。
少しの高揚。
それが何に似ているか考えて、すぐにやめた。
たぶん、恋に少し似ている。
手応えが返ってきた時の感じが。
だから厄介だ。
「……」
『今、かなり変なことを考えましたね』
ルイゼの声。
「読むな」
『輪郭です』
「信用ならねぇなその言い訳」
『今のは、成功の快感と人間関係の高揚を少し混同していました』
「やめろ」
『かなり』
「やめろって言ってるだろ!」
でも、図星だった。
成功の手触りは、危ない。
人を前のめりにさせる。
もっと欲しくなる。
認められたくなる。
それは仕事にも、関係にも、少し似ている。
「……だから気をつける」
恒一が言う。
『何をですか』
「調子に乗るのもそうだけど、仕事の反応に酔うのも」
『良い整理です』
「珍しくすぐ褒めるな」
『重要なので』
喫茶店で話すためのメモを作る。
自己紹介。
今やっていること。
できること。
できないこと。
今は案件を増やしすぎないよう調整していること。
“できないこと”を先に書いている自分に、少しだけ驚く。
前の会社なら、できないを言う余裕はなかった。
今は違う。
無理なものは無理だと先に言った方が、あとで壊れないと分かり始めている。
『学習していますね』
ルイゼが言う。
「お前の影響もある」
『半分くらいは認めます』
「また半分か」
『全部だとあなたが調子に乗るので』
「それはそうかもな……」
◇
その日の夜、恒一は久しぶりに少し長めにルイゼと繋いでいた。
案件の話。
不審メールの話。
会計事務所の所長の話。
そういう現実的な話を一通り終えたあと、妙に沈黙が続く。
嫌な沈黙ではない。
でも、少し熱を帯びた沈黙だった。
「……なあ」
『はい』
「最近、お前の方から切らないよな」
『接続を?』
「うん」
『そうですね』
あっさり認める。
「なんで」
『理由を言うと、少し恥ずかしいです』
「……」
珍しい。
この艦長が、“恥ずかしい”を自分から言うのはかなり珍しい。
「聞きたい」
『……』
「そこは黙るのかよ」
『あなたと話していると、艦内の圧から少し距離が取れることがあります』
「……」
『あと、地球側の雑多な感覚は、私にとって予測しきれないので、思考が一方向に固まりにくい』
「……つまり?」
『休憩に近いです』
「……」
『満足ですか』
「いや」
「それだけじゃないだろ」
『……』
長い沈黙。
その沈黙の中で、少しだけ向こう側の感情が揺れる。
躊躇。
照れ。
それから、ごく薄い、でも確かな好意に近い温度。
「……」
『それ以上は、今は言いません』
ルイゼが言う。
「ずるいな」
『知っています』
「最近ほんとそういうとこあるよな」
『あなた経由で地球的な会話を学習していますので』
「悪い影響だな」
『半分くらいは』
恒一は天井を見ながら、小さく笑った。
ずるい。
でも、それで少しだけ救われてもいる。
そこが厄介だ。
「俺の方も言うか」
『何をですか』
「お前と話してると、普通に落ち着く」
『はい』
「あと、ちょっと楽しい」
『はい』
「……あと」
『あと?』
「その先は、今は言わない」
『……』
向こう側で、ふっと笑う気配。
『ずるいですね』
「知ってる」
たぶん、今のは引き分けだった。




