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翌日。
三件目のネットショップ案件のヒアリング結果を整理している最中、恒一は少しずつ“型”が効いているのを実感していた。
見るべき項目が決まっている。
質問の順がある。
初回で切る範囲がある。
結果、前より疲労が少ない。
ゼロではない。
でも、明らかに少ない。
「……型って偉大だな」
『はい』
ルイゼの声。
『文明は、個人の負荷を減らすために型を作ります』
「たまには名言っぽいな」
『たまにではありません』
「自分で言うなよ」
仕事は進む。
少しずつ。
だが確実に。
そして、その進みと反比例するように、別のざらつきも増えていた。
例の不審メールの差出人から、再度連絡が来たのだ。
先日の件、もしご関心あれば短時間で構いません。
共通の知人経由で、業務整理の腕が良いと伺いました。
共通の知人。
今度はそう来た。
だが、誰かは書かない。
「……雑に釣ってるのか、わざとか」
『両方ありえます』
ルイゼが言う。
「どうする」
『現時点の判定。返信はまだ早い』
「理由」
『“共通の知人”を名乗るなら、それを聞けばよい』
「……ああ」
単純だ。
単純だが効く。
「じゃあ、それだけ返すか」
『はい。感情を乗せずに』
「分かった」
恒一は短く返した。
ご連絡ありがとうございます。
共通の知人の方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか。
紹介経路を確認の上で検討したいです。
送信。
これでいい。
少なくとも、今はこちらから余計な情報は出していない。
『良い返答です』
ルイゼが言う。
「褒めるな」
『本当に良いので』
「……なら受け取っとく」
少しして、返信は来なかった。
その沈黙自体が、一つの情報だ。
名乗れない。
あるいは、すぐには整えられない。
どちらにせよ、急がなくてよさそうだった。
◇
夜。
三件目の案件で作った受注整理テンプレが、先方から予想以上に好評だった。
これだと問い合わせ返す時に迷わない
かなり助かる
追加でFAQっぽくできる?
「……」
恒一は画面を見ながら、少しだけ笑う。
「また継続化の芽だな」
『はい』
「調子に乗るなよ、俺」
『良い自己監視です』
「そこは褒めるんだな」
『必要なので』
案件の継続化。
型の再利用。
紹介の連鎖。
数字はまだ小さい。
でも、流れとしては明らかに上向いていた。
その一方で、恒一の中には、別の違和感も育っていた。
ルイゼのことだ。
最近、彼女の感情の輪郭が、前より近い。
疲労も、安堵も、ちょっとした苛立ちも、前より分かる。
なのに。
目的だけは、相変わらず欠損したままだ。
触れようとすると白く焼ける。
情報が抜け落ちる。
そこだけ、壁がある。
近づいているはずなのに、核心だけない。
その不自然さが、少しずつ重くなっていた。
「……なあ」
『はい』
「前から思ってるけど」
『はい』
「やっぱ、お前の目的だけ抜けるの、気持ち悪いな」
『……』
「感情は前より分かる」
「生活の断片も見える」
「艦内の空気も少し伝わる」
「でも目的だけ白飛びする」
『……』
「それ、普通に考えて、おかしいだろ」
沈黙。
かなり長い沈黙だった。
ルイゼは、言葉を探している。
たぶんそうだ。
『妥当な疑問です』
やがて彼女は言った。
「そこ判定すんなよ……」
『逃げではありません』
「じゃあ続けろ」
『正しい点。私たちの接触は深まっている』
「うん」
『不自然な点。そこだけが恒常的に欠損している』
「うん」
『理由はあります』
「……」
『ですが、まだ全面的には開示できません』
やっぱり、そこに戻る。
恒一の胸の奥が少し冷えた。
「それってさ」
「はい」
「“開示できない”のと、“俺にだけ隠してる”のは、どっちだ」
『……両方、です』
「……」
それは、かなり正直な答えだった。
正直だからこそ、きつい。
「……そっか」
『ごめんなさい』
「……」
ルイゼが、はっきりと謝った。
それは予想外だった。
『隠したいから隠しているわけではない』
「うん」
『でも、結果として、あなただけに負担をかけている部分もある』
「……」
『それは理解しています』
理解している。
たぶん本当だ。
でも、それで十分かと言われたら、そうでもない。
恒一は目を閉じた。
信頼している。
かなり。
でも、その信頼の中に、ずっと小さい棘がある。
今の会話で、その棘がはっきり見えた気がした。
「……今日はそれ以上聞かない」
『ありがとう』
「ただ」
『はい』
「そのうち、ちゃんと聞く」
『……はい』
そこで話は終わった。
終わったが、終わり切ってはいなかった。
部屋の中の空気が、少しだけ変わる。
親密さと、疑念。
両方が同時にある空気。
それが今の二人の距離だった。




