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その日の午前、先輩案件の方で、かなり分かりやすい成果が出た。
在庫ズレの主因が、一つに絞れたのだ。
出荷確定時ではなく、“出荷準備開始”の時点で手打ち更新する人間と、実際の発送完了時に更新する人間が混在していた。
つまり、同じ在庫を、別のタイミングで二重に減らしていた。
「……マジか」
恒一はオンライン通話の画面越しに呟く。
先輩が頭を抱えている。
「これかよ」
「これですね」
「いや、ありそうとは思ってたけど」
「ルールが文章じゃなくて口伝になってる時点で、かなり危なかったです」
「うわ……」
通話の向こうで、先輩が苦い顔をした。
「で、どうする?」
「即効性だけなら三つです」
恒一は淡々と言う。
「更新タイミングを“発送完了時のみ”に一本化」
「うん」
「例外ケースは別シートへ逃がす」
「うん」
「それから、一週間だけ更新担当を固定」
「……」
「人を固定しないと、ルール変更の効果測定ができないです」
先輩は数秒考えてから、頷いた。
「やるわ」
「たぶん、それでかなり減ります」
「なんか、思ってたよりちゃんとしてるな」
「二回目ですね、その評価」
「いい意味だよ」
「分かってます」
そう返しながら、恒一は少しだけ内心で熱くなる。
ちゃんとしている。
その言葉が、今は前より少しだけ素直に入る。
会社にいた頃なら、皮肉に聞こえたかもしれない。
今は違う。
ちゃんと、役に立っているからだ。
通話を切ったあと、ルイゼが言った。
『成果が具体化しましたね』
「うん」
『抽象的な整理屋から、一段具体的な改善役になった』
「言い方がちょっと好きじゃないけど、そうかもな」
『好き嫌いは自由です』
「最近ほんと遠慮なくなったな」
『接触期間が延びたので』
そこはまあ、否定できない。
◇
午後は、会計事務所案件。
牧野から送られてきた現行の締切一覧と確認フローは、予想通りかなりひどかった。
悪い意味で、地道にひどい。
顧客別管理表。
業務別チェック表。
個人のメモ。
チャットのピン止め。
メールのフラグ。
紙の付箋。
全部が少しずつ正しい。
だからこそ、全部混ぜると死ぬ。
「……これ、現場で気合い回ししてたんですね」
恒一が言うと、牧野が乾いた笑いを漏らした。
「はい。気合いと記憶力で」
「最悪ですね」
「最悪です」
言い切れる相手は助かる。
恒一は画面共有しながら、二つの一覧案を見せた。
一つは、締切基準の一覧。
何日までに何を出すか。
誰が持つか。
今どの段階か。
もう一つは、確認待ち一覧。
顧客返答待ち。
内部確認待ち。
差し戻し。
保留。
「全部を一枚にしない」
恒一は言う。
「これが一番大きいです」
「……」
「締切を追う表と、止まってるものを見る表は、役割が違う」
「確かに……」
「今はそれを一緒にしてるから、“どれが急ぎで、どれが止まってるだけか”が潰れてる」
「それです」
牧野がはっきり言う。
「今、頭の中でしか区別してない」
「それを表に出します」
「……」
牧野は少し黙ったあと、深く息を吐いた。
「相馬さん」
「はい」
「これ、入ってもらう前より、だいぶ希望あります」
「……」
「いや、まだ全然めちゃくちゃなんですけど」
「それはそうですね」
「でも、“何がめちゃくちゃか”が見えたのが大きいです」
何がめちゃくちゃかが見える。
それは、かなり大きな評価だ。
現場を助ける時、一番最初に必要なのはそこだから。
通話後、恒一はしばらく椅子にもたれて天井を見た。
「……二件とも、今のところ効いてるな」
『はい』
「怖い」
『妥当です』
「いやそこは慰めろよ」
『慰めより整理が良いのでしょう?』
「……そうだけど」
ぐうの音も出ない。
『では整理します』
ルイゼが続ける。
『正しい点。あなたの整理は、今のところ現場に刺さっている』
「うん」
『不確実な点。これが三件、四件と増えた時にも維持できるか』
「そうだな」
『不明な点。あなたの強みが“整理そのもの”か、“今の顧客層との相性”か』
「……ああ」
それは大事だった。
今刺さっているのは事実。
だが、それが普遍的な技術なのか、たまたま今の二件にハマっただけなのかは、まだ分からない。
「……もっと案件欲しいな」
『はい』
「でも増えすぎるのも怖い」
『はい』
「めんどくせぇな」
『人間らしいですね』
「そこだけは褒めてないだろ」
『少しは』




